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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第三話 闇の声(2)

 寮部屋の浴室でシャワーを浴びていたクリスは、そのまま動かず、もう何十分も頭から冷水を浴び続けていた。

 こうでもしていなければ、ひとりで寮部屋にいることが耐えられなかった。

 午後の実技の騒動で話し合いをしている間は、自然と眠気もおさまっていたが、一段落してエラとも別れ、寮に戻った途端、まるで襲いかかってくるように睡魔が訪れたのだ。

 クリスに風のエレメントを教えてくれている四年生にも、エラの方から体調不良だと伝えてもらっている。

 そうして他の一年生よりも一足先に寮に戻ったクリスだったが、それが間違いだったと気づいたときには、すでに遅かった。

 部屋どころか寮全体に人が少なく、そのために人が出す騒音もないため、一種のつくられたような静けさに、クリスは変な気分に苛まれた。

 このままベッドに倒れ込んで眠れば、それはどんなに楽だろうか。

 だけど、そのあとには、あの悪夢が待っているのだ。

 だからクリスは、ベッドに倒れそうになった体を方向転換させ、制服も脱がずにそのまま浴室に入ってシャワーを頭から浴びた。

 冷水のまま浴び、倒れるように膝を付く。

 そうして、体を凍えさせると同時にシャワーの刺激で眠らないようにしていると、

「クリス! 何やってるの!」

 ドアの開く音と同時に、エラの驚く声がした。


「まったく……眠りたくないのは分かるけど、これはやり過ぎよ」

 浴室の三面鏡を前に、椅子に座るクリスの後ろに立って濡れた髪をタオルで拭いてくれるエラがぼやく。

 フィリスとの訓練が終わり、寮室に戻ってきたエラは、浴室から聞こえるシャワーの音に、不審感を抱き、ドアを開けたら、そこには制服姿のままのクリスがシャワーを頭から浴び続けており、エラを驚かせた。

 その場で事情を話したクリスに、エラは制服を脱いで裸になると、浴室に入って半ば強制的にクリスの制服も脱がせ、二人でシャワーを浴びながら、体を洗い合った。

「クリスの肌って、少し焼けてるのね」

「うん。地の国は基本的に暑いから。エラの肌は真っ白ね」

「これは、努力の賜よ。焼かないように気を使ってるんだから」

「そういえば、カーマイン先輩もすごく肌が白いよね。それにとっても綺麗で。やっぱり、火の国みたいに寒い環境だと、肌も白くなるのかな?」

「カーマイン先輩の場合は、ちょっと特殊かな」

 カームの話に、エラが苦笑いで誤魔化す。

 シャワーを浴び、髪や体を洗いあいながら、他愛のない会話をした。

 それだけで、クリスは楽になれた。

 浴室を出て、エラに髪を拭いてもらっている間も、彼女の優しやに顔が綻んでしまう。

 クリスにとって、同室がエラであったことは、イリダータに来て最も幸運なことに違いない。

「う~ん、こういうときって、火のエレメントが使えると、すぐに乾かせるかしら?」

 エラの呟きに、

「えっ~と、ね……失敗したときの代償が大きすぎると思うから、絶対にやらない方がいいと思うよ」

 自分の髪が炎で燃えているところを想像するだけで恐ろしくなる。

「でも、エラは風のエレメントが使えるから、火のエレメントが使えるようになったら、温風で髪を乾かせるんじゃないかな?」

「そうね。それくらいエレメントを扱えるようになれれば、言うことなしね」

 顔を上げるクリスに、エラが顔を見下ろし、視線を合わせて笑い合った。


 テーブルに置いた太いローソクに火を灯し、夜を過ごす。

 眠りたくないというクリスに付き添うように、エラは二段ベッドの上にあがり、クリスと横並びに三角座りでひとつのブランケットに二人でくるまり、肩を寄せ合っていた。

「ねぇ、クリスの故郷ってどんなところなの?」

 静寂の中、エラの声が、すぐ耳元で聞こえる。

「地の国の中でも、砂漠地帯の方だったと思う。周りは、大きな岩や砂丘だらけで、日中はずっと太陽が出てて死ぬほど暑くて、夜は凍えるほどに寒いの」

「なんていうか、すごく大変そうだね」

「そうでもなかったかな」

 クリスが笑って見せると、エラも笑みを返してくれた。

「でもね、夜の空がとっても綺麗なの」

「へぇ」

「周りに明かりが一切なくてね。野宿したときに砂丘の一番高いところで寝そべって夜空を見上げると、視界全部に星が見えたの」

「うわぁ、それ、見てみたいかも」

 そのエラの言葉に、クリスは食いついた。

「……ねぇ、エラ」

「ん?」

「もし……もしもだよ。いつか時間ができたときに、エラがよかったら、一緒に星を見に行かない?」

「いいよ」

 あまりの即答っぷりに、クリスは一瞬、耳を疑った。

 だけど、エラはじっとこっちを見て、返事を待っているようだった。

「本当に?」

「なに? クリスの方から聞いてきたんじゃない。それに、私も見たい。それで、案内してくれるんでしょ?」

「うん……うん。絶対に行こうね」

 エラの肩に顔を埋める勢いでさらに身を寄せるクリスに、エラもまた頭をクリスの方へと寄せる。

「約束よ」

 ブランケットから、エラが片手を出し、小指を立てて見せた。

 首を傾げるクリスに、エラが説明する。

「これは、風の国の東の果てにある島国独自の風習で――」

 エラに、「クリスも小指を立てて」と言われ、その通りにし、

「こうやって、小指と小指とを絡ませるの」

 エラの小指が伸び、クリスの小指を絡め取る。

 二人で見つめ合い、その間に、約束の証である絡み合った小指が目に映る。

「ありがとう、エラ」

「ちなみに、約束を破ったら、確か……針千本を相手に呑ませるらしいわよ」

 それは怖いよ、とクリスが言い、二人して笑い合う。

 そうして夜が更け、ロウソクも燃え尽きた頃には、寝息が聞こえていた。

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