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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第二話 目覚める力(7)

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 全身から汗が噴き出し、制服が張り付く。

 だが、それが不快だとは思わない。

 これは、特訓の証であり、成果でもあるのだから。

「カームさん、立って」

 今、四つん這いになって地面に手をつき、息をするだけで精一杯のカームの目の前に、ソラが立っている。

 顔を上げることすらままならず、そんなソラの足を見ることしかできない。

 もし、この場面を他の生徒が目撃したのならば、おそらく正気を疑うだろう。

 あの、イリダータでも歴代最強と謳われている最上級生にあたる四年生のカーマイン・ロードナイトが、一年生にしてループタイをしていない謎の多い下級生を前に、膝を地面につき、そして手をも土で汚しているのだ。

 もちろん、二人の特訓はいつも人目のつかないところで行っているため、だからこそカームもこうしていられるのだ。

「相手は待ってくれませんよ」

「くっ――」

 顔を上げようとした瞬間、ソラの足から黄のオーラが昇るのが見えた途端、腹部に衝撃が走った。

 まるで殴られたような感覚に、後ろに吹き飛ばされて背中から地面に落ちたカームは、腹部を押さえながら、痛みに耐えていた。

 痛みならば、幼い頃から火使いになるための特訓で慣れていたつもりだったが、この肉体に直接ダメージを与える類いの痛みは、また別物だった。

 四つん這いになっていた自分の真下から突き出てきた土柱に鳩尾をやられたせいで、息がまともにできない。

「まだですよ」

 そんなソラの言葉に、カームは背中に気配を感じ、横に転がった。

 その直後、寸前まで倒れていた地面から、さっきと同じような土柱が容赦なく突き出してくる。

「逃げるだけじゃ、いつまで経っても勝てませんよ」

 ソラの容赦ない言葉に、カームは転がりながら、二本め、三本めと次々と襲いかかってくる土柱を避け、転がる勢いから膝立ちになり、地面に手を押し当てた。

 ソラの足から広がるオーラが、大地を支配している。

 その支配権を自分の足下に及ばせないようにするため、カームはありったけの地のエレメントを放出した。

 だが、まだ微弱な黄のオーラを出せる程度にしか扱えないカームは、自分を中心に一メートル四方の支配権しか取り返せず、そこからは押し合いになっていた。

 一方のソラは、自分から十メートルは離れている。

 地のエレメントによる大地の支配権が円状に広がっているとすれば、それは単純に距離以上の支配域となり、より多くのエレメントが必要となる。

「まだです、カームさん」

「く、うぅ」

「そんなものですか!」

「こ、のぉ!」

 わざとらしく挑発するソラに、カームはそれに乗るように、自らを鼓舞させた。

 技術も経験もない。

 ただの根性論だ。

 負けてたまるものか。

 これ以上、押されてなるものか。

 むしろ、押し返してやる。

 そんな気持ちをエレメントにのせ、少しずつ、少しずつ己のエレメントを高めていく。

 一日では目に見えないほどにしか成長しないオーラが、いつか誰よりも大きなオーラとなることを夢見るように、絶対に、日々の特訓を怠らない。

 こうして人が変わったように、上級生であろうと女性であろうと厳しく接するソラに、少しでも応えられるように。

「全然、駄目です!」

 ソラが右足を上げ、地面を力強く踏む。

 その瞬間、まるでその震動が広がるように、巨大な力が地面に伝播し、そしてそれがカームの支配域をいとも簡単に消し去り、

「きゃあっ!」

 カーム自身をも弾き飛ばすと、地面に仰向けになったまま倒れ込んだ。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 もう黄昏時となった時刻。

 見上げる空が、オレンジ色から夜色へと変わっていく。

「カームさん、大丈夫ですか?」

 駆け寄るソラが、心配げに覗き込んでくる。

「平気……でもないかしら。もう、空っぽだわ」

 エレメントを使い切り、それでも尚、使うように言われ、余力すら残すことができず、本当に空っぽになってしまった体は、まるで自分のものではないかのように重く感じた。

「今日は、ここまでですね」

 そのソラの言葉に、カームは安堵にも近い息を吐いた。

 正直、ソラの特訓がここまでするものとは思わなかった。

 今日は、特に特別厳しい。

 なんでも、これはソラがかつて通った道で、あのアビゲイル・ワイゼンスキーに徹底的に叩き込まれたことらしい。

 曰く、自分が限界だと思った地点は、まだ余力を残した状態で、本当の意味での限界ではない。

 そして、上にいくためには、自分で決めた限界を超えなければならないのだと。

 そうすることで、より強く、より多くのエレメントを扱うことができるようになり、自身の限界の上限が伸びていくのだ。

 そうすれば、いつもならば限界に近いところで使っていた技が、簡単に使えるようにもなる、と。

 言われてみればそうだと思い、やってみたのだが、これが難しいのだ。

 自分で決めた限界は、つまり安全圏であり、それ以上は自身の体を壊しかねない。

 そうやって体が無意識に休ませようとしているのだ。

 それを無理やりに突破してさらにエレメントを使うため、無意識に働いていたリミッターが悪さをし、体が思うように動かなくなるのだ。

 さらに、その限界の先は、未知の領域であり、エレメントの使い方にもどこか差違を感じてしまい、なかなか制御がうまくいかなかった。

「キミは、こんなことを毎日やっていたのね」

「アビーは、特に厳しかったですから」

「そうなの?」

 仰向けになっているカームの横で、ソラが座り込む。

「アビーは、普段は誰よりも優しくて、小さい頃のボクはいつも甘えていました。だけど、エレメントの扱い方については、人が変わったように、誰よりも厳しくて……でも、それは愛情の裏返しで……」

 そう言って、ソラが懐かしそうに地面を見下ろし、そっと地表の砂を指でなぞった。


            ※


 八年前。

「立ちなさい、ソラ」

 膝を付き、あまりの疲労に喘ぐソラの眼前の地面に、杖が突き刺さる。

「も、もう……できないよ」

 呼吸もままならず、視界が朦朧とするなかで、立つことなどできなるはずがなかった。

「立ちなさい、ソラ」

 頭上から容赦のない言葉が降り注ぐ。

 顔をなんとか上げると、目の前に立つアビーが、まるで別人のような冷たい目で見下ろしていた。

 雪に覆われた山脈の向こうに太陽が沈んでいく。

 アビーが地のエレメントの扱い方を教えてくれると言ってくれたあの夜。

 次の日が楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 それなのに、次の日を迎えた朝。

 すでに外で待っていたアビーは、まるで人が変わったかのようにソラに厳しく接し、徹底的に地のエレメントに対する扱い方を叩き込んだ。

 今まで一度も見たことのないアビーの表情、言動、行動に、ソラはまるで赤の他人を前にするかのように萎縮し、ただひたすらに言われたことをこなしていた。

 全身汗だくになり、そのせいで体中が土まみれになってしまっていた。

 口の中はずっとじゃりつき、目に入った砂の粒子に視界がぼやけ、涙が滲む。

 もう、このまま倒れてしまいたい。

 そうして目が覚めれば、きっと元のアビーに戻ってくれている。

 それなのに、今日一日で叩き込まれたアビーの指導に体が反応し、ふらつく体に鞭打ち、何とか立ち上がる。

 その間にアビーは距離を空けていた。

「構えて」

 静かな、だが有無言わさぬ声音。

 ソラは両手を前に、手のひらを広げて見せる。

「行くわよ」

 そう言って、アビーは両手に取り付けられた二本の杖を一瞬だけ浮かし、そして地面に突き刺すようにして叩きつけた。

 その瞬間、アビーの足下から地面が盛り上がり、破裂した。

 それはまるで、地中を『何か』が這いながら暴れ狂っているようで、それが段々とソラへと近づいてくる。

 ソラは教え込まれた地のエレメントの防御方法のひとつである土壁を作り出し、そこからさらに硬度を増すためにエレメントを土壁に送り込んだ。

 それを示すように、ソラの両腕から黄色のオーラが発生する。

 土壁の向こうで、破裂音が近づいてくる。

 そして、土壁の向こうで地面が弾けた瞬間、それと一緒にソラの作り出した土壁が簡単に破壊され、高速で飛来した砂がソラの全身を叩きつけた。

「うあっ!」

 その衝撃に体が浮き、吹き飛ばされる。

 半ば意識を持っていかれていたソラは、受け身すら取れず、背中を地面に叩きつけると同時に、意識を失った。


 視界がぼやける。

 意識がはっきりせず、自分でも起きているのか眠っているのか分からない。

 だけど、うっすらと開かれた瞼の隙間から見える視界の先に、アビーがいた。

 座っているのか、両手から杖が外され、代わりに手ぬぐいが握られていた。

 木桶に溜めた水に手ぬぐいをつけ、軽く絞り、ソラの体を拭いていく。

 うっすらと開かれた視界の先で、ただその光景を見ていた。

 頬を拭うアビーの手が止まり、枕元に手ぬぐいが置かれると、空いた手でソラの頬に触れる。

 ちくりと痛みが走る。

 おそらく全身に浴びた砂粒による擦過傷だろう。

「ごめんね」

 いつもの、アビーの声。

 その声を聞いただけで、ソラの胸が安堵で満たされ、まどろみながら眠るように瞼を閉じた。


 静かな夜だった。

 ソラは目を覚ますと、体を起こした。

「いっ、痛ぅ……」

 そのまま体を丸め、全身から響き渡る痛みにじっと耐える。

 その間、今日の出来事が走馬燈のように甦り、涙が滲む。

 やおら痛みが引き、心も落ち着くと、立ち上がって寝室を出た。

 家の中は真っ暗で静かだった。

 アビーと楓はどこにいるのだろう。

 不安に胸が潰されそうになる。

 当たり前のように傍にいてくれたアビーと楓が、二人ともいない。

 その孤独に、不安が募り、胸が苦しくなる。

 そのとき、遠くに声が聞こえた。

 アビーと楓の声だ。

 どうやら外にいただけのようだ。

 裏口から外に出ようとし――ドアに触れた手を、しかしソラは押すことができなかった。

 なぜなら――

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