エピローグ 約束(6)
アルカンシェル杯、決勝トーナメント、決勝戦。
その決勝の試合の場に、カームは立っていた。
ここまで来ることができた。
あと一戦。
これに勝つことができれば、優勝して、アルカンシェルの称号を手に入れることができる。
そして、その最後の壁となる相手が、カームに前に立っていた。
「……」
「……」
お互いに言葉はなく、ただ視線を交わすのみ。
審判を務める男性が、大きな声で選手の名を呼ぶ。
最初のカームの名前が呼ばれると、
「カーマインせんぱ――い!」
「カーマインさま――!」
試合のたびに聞き慣れた声が耳に届く。
予選トーナメントのときには、その声に思わず笑みを浮かべてしまっていたが、今はそんな余裕などない。
交わした視線を外すことができず、カームは固唾を呑んだ。
審判が次に相手の名を呼ぶ。
その名前は、クゥ。
改めて、その人物——少女を見やる。
見た目での年齢は、十歳前後。
クリスのように身長が低いというわけではなく、実年齢に相応の見た目なのだ。
だが、その雰囲気は、とてもではないが十歳の少女とは思えない。
立っているだけで感じる――その威圧感。
まっすぐに下ろした黒髪。
意識があるのかないのか分からないような、ぼんやりと開かれた目。
簡素な黒のワンピースに身を包み、全体的に暗い雰囲気を醸し出している。
見た目で判断してはいけない。
大陸最高峰のエレメンタラーの戦いの場——その決勝に残った相手なのだ。
ここに至るまで、自分のことで精いっぱいで、少女がどんな戦い方をするのか、観ることができなかった。
だが、初見で相手にすることは、本来の戦闘では当たり前のこと。
戦争では、次に同じ相手と当たることはない。
なぜなら、戦争での戦闘とはつまり、生死を賭けた戦いだからだ。
だから次はない。
だからこそ、全力で技を発揮し、相手の力を分析し、そして生き残る。
その経験を、カームは何度も体験してきた。
誰にも負けない自信がある。
だから、現にここまで勝ち上がることができた。
それなのに、目の前の少女は、そんな経験などしたことがないような、まるで漂白されたような、意思を感じさせない――そんな器だけの空っぽの容器のように見えるのだ。
その印象が、どこか既視感をカームに与えた。
審判が試合の開始を告げる。
観客席が湧き上がり、声援が飛び交う。
だが、その中心にいるカームと少女は、すぐには動かなかった。
「あなた……どこの出身なの?」
それどころか、カームは会話を始めた。
そんなカームの投げかけた言葉に、少女がかすかに反応を示す。
「……分からない」
「分からない?」
カームが眉を寄せると、少女が頷いて見せる。
「気がついたら、森の中にいた。雪に覆われていて、寒かった。ずっと歩き続けて、森を出て、何もないところをずっと歩いて、小さな集落に辿り着いて、そこで助けられた」
「気がついたときよりも前のことは?」
少女が今度は首を振る。
「何も覚えてない。自分が誰なのか、名前も……」
「じゃあ、クゥって名前は?」
「それは……この大会に参加するために名前を書く必要があるといわれて、でも名前なんてないから、何も書かずに出したら、受付の女の人に名前を書くように言われて、記憶がなくて名前も思い出せないことを話したら、仮でその名前を書いてくれた。だから、今の私は、クゥでいい」
「はぁ……」
随分と大胆なことをする受付もいたものだ。
おそらく『クゥ』は、名前の書かれていない空白の『空』からとったのだろう。
安直だが、どこか運命めいたものを感じさせる。
よりにもよって、『空』とは――。
「まぁ、いいわ。ここまで来たということは、それ相応の実力の持ち主であることは間違いないわよね。この決勝で勝った方が、アルカンシェルの称号を得ることができる」
カームは高らかに宣言し、そして全身から赤のオーラを湧き上がらせると、
「ファイヤーバード!」
その名を呼ぶと同時、カームの背後に、燃え上がる巨鳥が生まれた。
その大きさ、そして演出に、観客の声が大きくなる。
「悪いけど、最初から全力で行かせてもらうわ……はぁっ!」
右手を掲げ、そこから少女に向かって手を伸ばすと、火ノ鳥が火の粉を撒き散らしながら羽ばたき、そして急降下するようにして地面すれすれを飛び、少女へと肉薄した。
火のエレメントによる攻撃は、相手に火傷を負わせるとても危険なものだ。
だから、火使いを相手にするならば、熱の遮断を身に付ける必要がある。
それは火使いならば、火を扱うよりも先に学び、習得しなければならないことだが、他のエレメンタラーだとそう容易なことではない。
だから通常、各国が開催する大会では、同じエレメント同士での戦いが基本となるのだ。
だが、これはアルカンシェル杯。
すべてのエレメンタラーの頂点を決める戦い。
だから、同じエレメントの使い手同士がぶつかつこともあれば、違うエレメントの使い手がぶつかることもある。
その場合、相手にすると厄介なのが、火使いなのだ。
だからカームも、ここに来るまでの間は、火のエレメントは使わなかった。
そうでなくても勝てると判断できたからだ。
だが、この少女は違う。
全力で挑まなければ、負ける。
カームが最も自分らしく力を発揮できる形——その火ノ鳥を全力で放つ。
少女は動かない。
それどころか、動じることすらない。
ただ立っているだけ。
そのまま火ノ鳥が接近し、少女に正面からぶつかる。
カームはごくりと喉を鳴らした。
どうなる?
そして、
「――ッ!」
少女の目の前で、火ノ鳥が喰われた。
それは、見間違いでなければ、まるで少女を庇うように、唐突に少女の前に現れた黒い霧が火ノ鳥を丸呑みするかのように覆い尽くし、そして共々消えたのだった。




