エピローグ 約束(3)
その女性は、通りを歩く男性だけでなく、女性の視線さえも釘づけにしていた。
カフェのオープンテラスでひとり紅茶を嗜む所作は、まるで一枚の絵画のようであり、ひと目を惹いて離さなかった。
その女性は、亜麻色の髪をハーフアップにしており、アップしている部分はきれいな編み込みを施していた。
服装も、ゆったりとしたワンピースで、その所作に加え、優雅さをも引き立てている。
その女性は、傍目から見ても、待ち合わせをしている様子だった。
席にひとり座る女性の、その向かい側に座るのは、どんな相手なのだろうか。
道行く人、隣の席で談話をする人、カフェの店員さえも気になって仕方のない様子で、その女性と空いた席をチラ見する。
すると、女性が何かに気づいたように顔を上げ、手を挙げて見せた。
女性に視線を送っていた誰もが、その手を挙げた方を反射的に見やる。
その先にいたのは――
※
「おーい、フィリス殿~!」
見つけるなり手を挙げて見せると、風子が手をぶんぶんと振って見せる。
二年を過ぎてもまったく変わらない風子に、フィリスはくすりと笑った。
「久しぶりね、風子」
「うむ。二年と半年ぶりなのだな」
フィリスの向かい側に座る風子。
「何か頼む?」
「では、茶を一杯いただくのだ」
フィリスは頷き、店員を呼び止めると、風子の分と自分の分のおかわりを頼んだ。
その際、店員がちらりと風子を見やったが、やはり珍しいのだろうか。
「なんだか、落ち着かないのだ」
「あなたのその姿が珍しんでしょ?」
「これがか?」
そう言って風子が自分を見下ろす。
風子は変わらず、道着に袴という日ノ本でならばおなじみの姿をしていた。
そして、その左脇には愛刀の『疾風』を佩いている。
「ここは火の国だから、あなたのような服装は珍しく見えるのよ」
「アルコイリスではそうでもなかったが?」
「アルコイリスは独立都市。国も何もない。だから、あなたのような服装でも、珍しいかもしれないけど、受け入れられていたのよ」
「そうなのか……」
「ええ。現に、あなたの姿を見て、一部の服飾店では、日ノ本の伝統の服を販売し始めたところもあるのよ」
「ほぉ、それは興味深い」
「立ち寄ったときにでも行ってみるといいわ」
「うむ。クリス殿たちも今年で卒業だ。一度は顔を見に行かなければな」
「エラのことだから、バカンスの時期とも重なっているし、案外ここに来ているかもしれないわよ」
「ありえないと否定できないのが、エラなのだ」
二人して頷き、笑い合う。
「それにしても、フィリス殿は、なんと言うか……とても大人っぽくなったのだな」
「そう?」
改めて言われると、フィリスも照れてしまう。
そうあるべきだと自覚して大人っぽく仕上げてみたが、あの風子にそう言わしめることができたのだから、他の人から見てもそう見えるのだろう。
「うむ。今は何をしているのだ?」
「今は地元で、教職の仕事に就いているわ」
「なるほど、フィリス殿らしい。なら目標は――」
と風子がどこか意味深な笑みを浮かべる。
「ええ、そうよ」
そんな風子に合わせるように、フィリスもまた口角を釣り上げるような笑みを浮かべ、運ばれてきたおかわりの紅茶を口に含むと、
「私の目標は、イリダータ・アカデミーのがくちょ――」
「あーーーっ!」
唐突に背中に響いた叫び声にも近い――いや、叫び声に、フィリスは口に含んでいた紅茶を思わず噴き出しかけた。
それを気合と根性で飲み込み、事なきを得る。
「な、なに!?」
思わず振り返るフィリスの視線の先にいたのは、三人の少女だった。
※
「ね、ねぇねぇ、あの人ってもしかして、あのフィリス・アークエット先輩じゃない?」
「ちょっと! 指なんてさして失礼じゃない!」
大声を上げるなり、カフェのオープンテラスに座っていた亜麻色の髪の女性の背中に指をさすマリアを、アリシアが叱咤する。
それを、セシルは見ているだけだった。
「だって~」
「だってじゃないわよ!」
二人がやりとりしている間に、指をさされた女性が肩越しに振り返る。
その顔に、セシルは思わず胸が高鳴った。
すごくきれいな人で、同性であるにも関わらず、惹かれてしまったのだ。
振り返る所作すら様になっていて、今の場面をマリアとアリシアが見ていたのならば、どうなっていただろうか。
「あなたたち……」
「は、はい!」
声をかけられ、マリアとアリシアがまるで教員に声をかけられたかのように背筋を伸ばして女性へと正面を向けた。
「その制服……イリダータの生徒ね」
「はい、今年度から入学しました」
「おお、一年生か。懐かしいのだ」
アリシアの返答に、女性の向かい側に座るもうひとりの女性が声を上げた。
その女性は、珍しい恰好をしていた。
だが、アルコイリスではそれが日ノ本の伝統的な服装であると宣伝され、いくつかの店舗では販売もされ、実際に着て歩く住民もいた。
だが、目の前の女性は、そういった流行の影響を受けた女性というよりは、生粋の日ノ本人に見えた。
黒髪に、鳶色の瞳。
そして何よりも、左脇の刀。
その刀を見たセシルは、口を開いていた。
「あ、あの、もしかして、あなたは東雲風子さん……ですか?」
「む? 私のことを知っているのか?」
「え、嘘!? あの噂の、自然区に住み着いた刀使いの少女!?」
マリアが大げさなくらいにのけぞる。
「風子——あなた、噂になってるようね」
「心外なのだ」
くすくすと笑う女性に、風子が腕を組んで頬を膨らます。
「それにしても、どうしてあなたたちは私と風子のことを知っているの?」
その女性——フィリスの疑問に、マリアとアリシア、そしてセシルの三人は、お互いに顔を見合わせ、そして一同に口を開いた。
「エラ先輩から――」
「クリス先輩から――」
「聞かされ、ました」
そう言う三人に、今度はフィリスと風子が視線をかわし、
「ああ~」
と納得したような声を上げるのだった。
※
それから、一年組と四年組はそれぞれ祭りを楽しみ、宿屋で合流すると、入浴後に食事処で夕餉を楽しみ、そこでマリアの口から出た、フィリスと風子に出会ったという話に、跳び出す勢いで立ち上がったエラを、レイとクリスが必死に取り押さえるのだった。




