表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第十章 闇の少年と虹の少女
567/573

エピローグ 約束(1)

「エラせんぱーい!」

 後輩のマリア・ローザがぶんぶんと頭の上で手を振っているのを見つけたエラは、くすりと笑みを浮かべながら控えめに手を振って返した。

 風が吹き、頬を撫でる髪を手で押さえ、耳にかける。

 この三年で伸ばし続けた髪は腰まで達し、ゆるくウェーブのかかった淡い金髪が背中を撫でる。

 あれから三年。

 エラ・グリーンは最上級生である四年生になった。

 そして、エラに向かって手を振っている子が、卒業試験でのパートナーとなった後輩。

 くせっ気の強いセミロングの赤毛。

 常に元気いっぱいで溌剌とした性格に、先輩であるはずのエラはよく振り回されていた。

 マリアは火の国出身で、火使いでもある。

 よって、風使いであるエラがパートナーとして選ばれたのだ。

 パートナーの組み合わせを決めるのは、学長と教員で、その選考の基準のひとつが、校舎裏の人工池近くで行われる実演と言う名の実力を全生徒と教員に披露する発表会だ。

 当然、エラはレイとクリスの三人で、四年生になってようやく優先的に選べるようになった、校舎内にあるカフェテラスの展望スペースで紅茶を嗜みながらその実力を見定めていた。

 一体、あの中から誰が自分のパートナーになるのだろうかと、ドキドキしたものだ。

 そして、フィリスやカームもまた、こうして自分たちを見ていたのかと、しみじみと思った。

 フィリスから与えられたものを、今度は自分が与える。

 それが楽しみでもあり、同時に緊張もした。

 自分の卒業がその子に懸かっているという事実が圧し掛かってきた途端、それがパートナーとなる子に対しての責任と、自分の教えで自身とパートナーの子の未来が決まってしまうのだと自覚してしまったのだ。

 そんなエラの前で、学長――ルカ・ロードナイトによって呼ばれたのが、マリアだった。

 彼女のことはよく覚えている。

 第一印象は、あぶなっかしい子だった。

 何せ、自信満々な態度で、盛大に炎を巻き上げてしまい、あわや大火傷するところだったのだ。

 幸いにも、その直後に人工池から飛んできた水の塊がマリアにぶつかり、鎮火したからよかったものの、大惨事となりかねない事態となっていた。

 本人は笑ってごまかしていたが、隣で見ていたクリスなどは今にも怒鳴り込みそうなほどに肩をわななかせていた。

 クリスは、エレメントの扱いに対し極端なほどに慎重で、マリアのような暴発などといった事態を嫌う。

 だから、マリアのパートナーにはクリスが選ばれるのではないかと思っていた。

 だが現実は違い、あのマリアのパートナーになったのはエラだった。

 あれから三ヶ月。

 短いながらもとても濃密な月日を過ごした気がする。

 最初は色々と大変だったが、紆余曲折を経て、今は関係も落ち着いている。

「マリア、遅れてごめんね」

「いえいえ、汽車のチケットも買っておきましたから」

「ありがとう」

 エラが笑むと、マリアは嬉しそうに笑って返した。

「そういえば、アリシアとセシルは?」

 辺りを見渡すエラに、マリアが答える。

「アリシアとセシルなら、汽車で移動中に食べる昼食を買いに行ってます」

「そう」

「それにしても、時間に厳しいエラ先輩が遅れるなんて、珍しいですね」

「ああ、それはあれが原因よ」

 そう言って振り返ると、集合場所にしていた駅舎前の高所から、見知った頭を見つけた。

「いやぁ、悪い悪い。寝坊しちまって」

 頭に手を当て、悪びれているようでまったく反省していないレイに、エラは腰に手を当て、呆れたように溜息を吐いた。

「まったく……今日がどれだけ大事な日か分かってるでしょ!」

「いや、だから、俺も今日の日が待ち遠しくて、興奮して眠れなかったんだ」

「でも寝坊したんでしょ?」

「そう。空が白み始めた頃、やっと眠気がやってきてな。で、気づいたら――」

「……もういいわ」

 はぁ、とこれ見よがしに溜息を吐いて見せると、そのやりとりを見ていたマリアが苦笑した。

「今日もあいかわらずですねぇ」

「おっ。マリア、おはよう」

「レイ先輩、おはようございます。もう昼前ですが」

 遠回しに嫌味を言うマリアだが、レイは笑って返した。

「お前もあいかわらず、先輩に遠慮がないな」

「エラ先輩とクリス先輩のことは尊敬していますが、レイ先輩は……」

 とわざとらしく視線を逸らすマリアに、

「まぁ、俺も自分が尊敬させるような性格じゃないって思ってるからいいんだけどな」

「そんなこと言わないの!」

 そんなレイとマリアのやりとりに、エラはたまらず口を挟んだ。

「レイ―—あなたが自分をどう思おうがそれは構わないわ。でも、それを人に向かって言葉にするのはやめなさい。自分を貶めるってことは、そのあなたに教えを乞うているセシルも貶めることになるのよ」

 噛みつく勢いでレイに迫るエラに、マリアは内心で驚いていた。

 成績優秀で品行方正、まさに火の打ちどころのないエラ・グリーンが、叫ぶどころか怒鳴ったのだ。

 叱るという意味で、マリアも何度かエラの大きな声は聞いたことがある。

 それでも、それはマリアを思ってのこと。

 だが、そのエラが――怒った。

 それは、マリアにとっても初めてのことだった。

 しかも相手は、エラの恋人でもあるレイなのだ。

「そうだな……本当に悪かった」

 さすがのレイも、茶化したりはせず、真剣な表情で受け取っていた。

「分かってくれればいいのよ」

 そう言って、エラが表情を和らげる。

 そこに、エラを呼ぶ声が聞こえた。

「エラ!」

 その声に振り返ったエラの表情が笑顔になる。

「クリス!」

 そして、エラは駆け寄るようにしてクリスの下へ向かって行った。

 二人残されたレイとマリア。

「レイ先輩って、エラ先輩の恋人なんですよね」

「ああ」

 間を空けることなく即答するレイ。

「よくエラ先輩と付き合っていられますね」

 そう言うと、レイが顔を向けてきた。

「あっ、いえ、悪い意味じゃないんですよ。ただ、どうしてレイ先輩みたいな人が、エラ先輩のような方と付き合えているのかが不思議で……」

「言葉の節々に棘を感じるが……まぁ、なんだ……あれがいいんだな」

「あれ?」

 訝しむマリアに、レイが口角を釣り上げるような笑みを浮かべ、

「あのバカ正直に向き合ってくれることだ。一年の頃から、言いたいこと言い合ってたからな。今じゃ、あの罵倒にも近い小言が癖になっちまってる」

「……え、レイ先輩って……」

 後ずさるマリアに、

「こらこら引くな。お前だって実際、体感してるだろ?」

「ええ……まぁ、遺憾ながら……」

 これまでのことを思い出すマリア。

 確かに、エラのはっきりとした物言いが、マリアを少し変えたことは事実だ。

「あいつがパートナーで、お前は本当に幸運だな。学長の見る目も確かだ」

 うんうん、とひとり勝手に納得するレイ。

 そこに、エラがクリスを伴い戻って来た。

「遅れてごめんね」

「いやいや、俺もついさっき来たところだ」

「マリアさんに言ったんだけど……まぁ、いっか」

「クリス先輩、こんにちは」

「こんにちは、マリアさん」

 手を挙げて応えるレイの横を通り過ぎ、マリアと談話するクリス。

「毎回わかってやってるその根性だけは認めるわ」

「これが俺――レイ・バーネットなのさ」

 ふっ、とやり切った感を見せるレイに、エラがくすりと笑う。

「先輩方!」

 そこに、急ぎ足で、しかし両手で抱えた荷物を落とさないよう慎重に走りながら、亜麻色の長い髪をなびかせる少女が現れた。

「アリシアさん、セシルさんも」

 そのアリシアと呼ばれた少女の後ろに、まるで視界に入らないように立つ少女がいた。

 クリスに呼ばれてようやく顔を見せた少女。

 さらっとしたショートヘアーに、ほんのり褐色の肌。

「って、セシルはまた私の背中に隠れて……」

 振り返ったアリシアが横に移動すると、セシルの全身が露になり、

「ひゃう!」

 とセシルは身を丸めるようにして縮こまった。

「まったく……」

 呆れながらも、怒ったりするわけではないアリシア。

 二人はマリアのクラスメイトであり、レイとクリスのパートナーでもある。

 アリシア・ヴィレッラは、クリスのパートナーだ。

 水の国出身で水使い。

 黒髪のストレートロングヘアーにきりっとした鋭い目つきで、性格も冷静沈着。

 成績も優秀で、水使いとしても申し分ない――まさに火の打ちどころのない子だ。

 彼女はなんでもそつなくこなせた。

 だが、自国で自然と身に付けた水のエレメントと違い、パートナーとなったクリスから地のエレメントの扱い方を受けて初めて、できないことを知った。

 アリシアは、パートナーであるクリスをきっかけに、クリスの親友でもあるエラとレイのパートナーとなっているマリアとセシルとも知り合っていた。

 そのマリアから励まされ、地使いであるセシルからも助言を受け、どうにかして地のエレメントの初歩を習得することができたのだ。

 今では、自分にもできないことがあるということを受け入れ、日々邁進している。

 そして、もうひとりがレイのパートナー。

 セシル・アルメナは、地の国出身の地使いで、その褐色の肌は、地の国でも独自の文化を築いている民族の一族だった。

 商業を生業としている民族で、アルメナ一族は、ラクダを用いて砂漠地帯での物資運搬をする商人の護衛を生業としていた。

 だがセシルは、その生粋の人見知りと砂漠の砂の扱いに疎く、このままでは大人になった際、一族の仕事ができないと杞憂した両親によって、ここ――イリダータで人間関係とエレメントについて学ぶようにと送り込まれたのだ。

 砂の扱いについてならばクリスの右に出る者はいないため、その話を聞いたとき、なぜ学長はクリスをパートナーにしなかったのかと皆で疑問に思っていたが、パートナーとなったレイは早々に気づいていた。

 そもそも、その人見知りの性格を直さない限り、エレメントの扱いに関する教えを乞うことなどできない、と。

 だから、人との繋がりや、人見知りの性格を少しでも緩和できるようにと、レイが選ばれたのだ。

 レイはそのクリスの親友でもあるため、レイのパートナーにしていれば、自然とクリスから学べることもあると踏んだのだろう。

 出会った当初は物陰に隠れては逃げるようにしていたセシルも、今ではマリアとアリシアとも友達となり、特にアリシアには懐いているようで、自分を隠す対象を物陰からアリシアの背中へと変えるほどになっていた。

 セシル曰く、アリシアは背が高いから隠れやすい、とのこと。

 アリシアは、マリアとセシルよりも二つ年上――十八であるため、三人の中では一番のお姉さんという立場になっている。

 実際、アリシアは背が高く、体格もスレンダーだ。

 その立ち振る舞いを見ていると、かつてのエラたちの先輩でもあったカームとフィリスを思い出させる。

 だが、そんなアリシアのまわりにいるのがマリアとセシルであるため、彼女の表情は、カームやフィリスに比べ、脆く崩れやすい。

 二人に気を許せるようになったと思えば、それはそれで意外な一面でいいものだと思う。

 そんな三人と共に、バカンスを利用しての鉄道での小旅行。

 それが、六人が集まった目的であり、そして行く先は、

「さぁ、それじゃあ行きましょうか。城塞都市アルディエンテへ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ