第五話 灯火(14)
「フィリスお姉さまああああああ!」
「カァァァムーーー!」
卒業式を終え、ガウンも脱いでいつもの制服姿になったカームとフィリスに、二人の影が飛び込む勢いで駆け寄ってきた。
フィリスの目の前で立ち止まるエラの横で、そのままカームに向かって飛び込むフラン。
「ちょ、ちょっと! フラン!?」
「カァァァム~~~!」
そのまま体勢を崩したカームは尻餅をついてしまうも、胸の中でカームの名を泣き叫ぶフランに、怒る気も失せたような、仕方ないような笑みを浮かべていた。
「お姉さま……」
そんな二人には目もくれず、エラはフィリスへとまっすぐな視線を向けていた。
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう、エラ」
微笑むフィリスにエラは、
「お姉さま……私、お姉さまが首席で卒業されると信じていました」
「それは、あなたのおかげよ」
そう言って、フィリスがエラの頭を撫でる。
「あなたは誰よりも飲み込みが速くて、とても優秀で、だからこそ一番に試験を突破することができたの」
「いえ、それもこれも、すべてフィリスお姉さまの教えが良かったからです。だから、だから……私も、四年生になって、一年生に教えるときがきたら、お姉さまに教えていただいたことを胸に、きっと一番なってみせます」
「あなたが教えるなら、その子は幸運ね。一番を目指すことは悪いことじゃないわ。でも、固執してはダメよ」
「え?」
「一番になるのは誰のため? 自分のため? 何よりも考えなければならないのは、相手のため。私が一番になれたのは、何度でも言うわ。私のパートナーが、あなただったからよ」
「お姉さま……」
「三年後、あなたの晴れ姿が見られるのを楽しみにしているわね」
「……は、はい!」
言うべきこと、伝えたいことを言い終えたように、二人の間に静寂が流れる。
「いやです……」
エラの口から出た言葉に、フィリスだけでなく、後ろで見守っていたクリスとレイもまた反応する。
「お別れなんて……嫌です。せっかく、出会えたのに……たった一年だけなんて……もっと、もっとお姉さまに教えてもらいたいです。もっと……お姉さまと一緒に……いたいです……」
涙を零し、フィリスの胸に顔を埋め、制服にしがみつくエラ。
そのエラの背中に、フィリスがそっと手を添える。
「私にも、尊敬できる立派な先輩がいたわ。今の私がいるのは、その人たちのおかげでもある」
フィリスはそう言いながら、背中に添えていた手をエラの肩へと移し、そっと引き離した。
「でも、その人たちが卒業して、自分が先輩という立場になって、そして出会えたのよ。エラ・グリーン――あなたに」
「お姉……さま……」
「だから、あなたにもきっと現れるわ。あなたを導いてくれる、素敵な後輩が」
微笑むフィリスに、エラは何度も洟をすすっていた。
「だから、後輩にそんな姿は見せられないわよ。ほら、笑って」
フィリスの両手がエラの頬を包み込み、親指で涙を拭う。
「お姉さま……」
エラは瞼をぎゅっと閉じ、それからゆっくりと開くと、目に涙を浮かべながらも、それ以上は流すまいと耐え、そして笑顔を浮かべるのだった。
「これを、あなたに託すわ」
そう言って、フィリスは首元の青い石がはめられたループタイを緩め、それを襟元から外すと、エラの手を掴み、その手のひらにのせた。
「――ッ! いいん……ですか?」
「ええ。私もね、寂しいと思っているのよ。あなたとの別れが……だから、時々でいいの。これを見て、私と言う先輩がいたことを思い出してくれたら……嬉しいわ」
「絶対に、忘れません!」
エラは両手で青のループタイをぎゅっと掴み、それを胸に当てた。
「レイ。エラのこと、頼んだわよ」
「はい」
フィリスとレイが視線を合わせ、頷き合う。
「クリスも、二人のことをお願いね」
「任せて下さい。フィリスさんも、お元気で」
クリスが歩み寄り、どちらともなく手を伸ばし、抱擁を交わす。
「風子も」
「うむ」
クリスの隣に立つ風子とも抱擁を交わす。
「いつになるか分からないけど、落ち着いたら、またあなたの実家を訪ねさせてもらうわね」
「うむ。みな楽しみにしているのだ」
間近で顔を合わせ、微笑み合う。
「いい加減に離れて、フラン!」
ようやくフランを引き離せたカームが、そのままフランを押さえながら立ち上がる。
「だって、卒業しちゃうのよ!? 寂しいじゃない!」
「だからって、いい大人がそんな涙を流して、恥ずかしいじゃない」
呆れて溜息を漏らすカームの後方に人影が近づく。
「カーム」
その声に、カームは振り返った。
その際にすっぽ抜けたフランが、「あうっ」と地面に倒れ込む。
「お父様……」
振り返った先に立つのは、ルカだった。
卒業式で着ていたガウンと角帽も脱ぎ、いつもの恰好に戻っている。
「学長としてではなく、ひとりの父として、今はお前の前にいる」
その意味をカームが理解しようとするよりも先に、
「卒業おめでとう、カーム」
「――ッ!」
そのひと言を言いたいがために、あえてそう言ったのだと理解したカームは、急激に込み上げてくる熱いものに視界が滲み、
「ありがとう、お父様」
微笑みながら涙を流すのだった。
「カーム」
立ち上がったフランが、そっとカームの肩に手を置き、
「あなたは、私たち家族にとっての誇りよ。自慢の娘で、自慢の妹」
そっと抱き寄せるフランに、カームはその胸に顔を埋め、抱きついた。
そのカームの耳元で、
「ノアも、きっと喜んでいるわ」
その言葉に、カームは何度も頷いた。
「カーム」
ルカの呼ぶ声に、カームはフランから離れ、涙を拭った。
「聞いていなかったが、卒業後の進路は決めているのか?」
父としての言葉に、カームは強く頷いた。
「はい。約束がありますから。それに向けて、やるべきことをやります」
「約束?」
フランが首を傾げる。
「ええ。そのために、私はこの大陸で誰より有名になる。名実ともに、最強の座を目指す」
「あなた……まさか……」
悟ったフィリスが、驚きの表情を浮かべる。
「そうよ。私は――」
カームが顔を上げる。
その視線の先に映るのは、雲ひとつない――空。




