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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第二話 目覚める力(4)

 ソラとカームは、二人っきりで学長室の応接スペースにあるソファーに並んで座っていた。

 あの後、駆けつけたミュールの指示により、気絶したクリスがエラとレイによって保健室まで運ばれたのだ。

 実技の授業はそのまま終わり、一年のクラスメイトは解散させられた。

 そんな中、ミュールとソラが何やら深刻な表情で話しているのを見ていたカームは、どこか蚊帳の外にいる気分で、少し――いや、はっきりと悔しいと感じた。

 事態に即応したソラと違い、カームは何もできなかった。

 ただ見ているだけで、ソラの桁違いな力量を目の当たりにさせられただけ。

 だが、もし自分がソラと同じ風のエレメントを使えたとして、あんな風に行動できただろうか?

 ソラは自分を省みず、他者に手を伸ばす。

 それは、今まで自己を中心として生きてきたカームには、真似できないことだった。

 誰かのために、何かをする。

 それは、考えるよりも、勇気のいることなのだ。

 ソラならば、命を懸けなければならない状況でも、相手のために尽力するだろう。

 一ヶ月前の自分にしてくれたように……。

「カームさん」

 ソラが戻ってくる。

「ソラ、無事だった?」

「はい。ボクは大丈夫です。それよりも、クリスの方が心配で……」

 ほら、思った通りだ。

 自分のことよりも、相手のことを心配する。

 それは美点のようにも見えるが、カームには危なげに感じて仕方がない。

 いつか本当に、命を投げ出すのではないか、と。


 ミュールの指示で学長室で待つように言われたソラとカーム。

 ミュールはクリスの様子を確認してから来るため、遅れてると聞いている。

 その間に、カームは気になっていたことを口に出した。

「ソラ――君は一体、クリスに何をしたの?」

 傍目に見て、ソラが地割れの進行を抑えていたのは分かった。

 だが、そこから唐突にクリスが見えない何かにぶつかったように後ろへ吹き飛ばされたのだ。

「特別なことは何も……。ただ、エレメントをぶつけただけです」

「エレメントをぶつける?」

 一瞬、言っている意味が分からなかった。

「これは地使い特有と言いますか……地使いが大地を操るとき、まず最初にすることは、自身のエレメントを大地に浸透させ、その領域を広げることなんです」

 ソラが顔を伏せて床を見下ろすと、釣られてカームも見下ろした。

「地表に広げれば、より遠くの大地を操ることができて、より深く浸透させれば、より大きな質量の大地を操ることができるんです」

「それは、地使いの基本、よね……」

 今さらなことを改めて言われ、カームは眉を寄せた。

 土柱をせり上げる場合、地表の広さは柱の太さに起因し、浸透の深さはせり上げる長さに起因する。

 四英雄のひとり――アビゲイル・ワイゼンスキーの大地を割るという力が彼女特有なのは、地表の広さよりも、浸透の深さが異常なほどに深いからだ。

 地表は目に見えている分、広げやすいが、浸透は目に見えない大地へとエレメントを送り、自分の支配下に置かなければならない。

 大地はただの土ではない。

 そこには多種多様な種類の土や鉱石が含まれており、それをすべて把握しなければならないのだ。

 固い地層と柔らかい地層では、エレメントでの操り方も変わる。

 アビーの特出しているのは、その大地を把握する力なのだ。

 だから、あらゆる土地で最高のパフォーマンスを発揮することができる。

 地使いは、自分が得意とする質の大地でなければ、最大限の力を発揮できない。

 もちろん、まったく扱えなくなることはないが、それでも思うように操れないというのは、思った以上にストレスを与え、それが戦争時ならば、死に直結する。

 だが、これは地使いの基本で、火使いにおける遮断と同じ。

「四大戦争は、国同士の争いで、基本的に同じエレメンタラー同士は戦いません。仲間ですから」

「ええ、そうね」

「カームさんは、集団同士での戦いにおける地使いの基本を知っていますか?」

「集団同士で? いえ、考えたこともないわ」

 正直に答えるカーム。

 そもそも、ここ――イリダータ・アカデミーにいる生徒たちのほとんど――いっそのこと全生徒といっても過言ではないが、戦争に参加したことがない。

 戦争とは、まるで創作と同じで、読み聞かされてきたものであり、実際に体験したことのある者などいない。

 イリダータでは、エレメントでの対戦を行う大会も開かれているが、それも一対一でルールも決められている。

 一方の戦争は、国同士であり、集団対集団で、秩序もなければ倫理も道徳も通用しない。

 なぜなら、目的が倒すことではなく、殺すことだからだ。

「ボク自身、アビーからよく特訓を受けていたので、応用させることができたんです」

「もったいぶるわね。それで、どういうことなの?」

 なんだか焦らされているみたいで、カームは先を促した。

「地使いは、集団での戦闘において、絶対に密集しないんです。なぜなら、お互いに近い場所にいると、二人の大地に浸透させたエレメント同士が干渉してしまうからなんです」

「なるほどね。言われてみれば、そうよね」

 エレメントを大地へ広げることは、領土を広げることと同義であり、お互いの領土がぶつかり合えば、奪い合いとなる。

 二人の地使いが、同じ大地の土を操ることはできないのだ。

「地使いエレメントがぶつかり合うと、同じ属性なので、反発し合うんです」

「なるほど。それを利用したのね」

「はい。地割れを抑えたのも、同じ要領です。地割れをどうにかようとするのではなく、地割れを促すエレメントの浸透を妨げて、それで結果的に地割れが止まったんです」

「それは、たしかに地使い特有ね」

「はい。火や水、風と違って、地使いは、大地そのものを支配して動かすというよりも、促してお願いする感じなんです」

「お願いする?」

 また特有な考え方に、カームは首を傾げた。

「地の国では、エレメントは一方的に利用して使うものではなく、一時的に力を貸してもらっている、という考えなんです。アビーは、『共生』って言ってました」

「……共生」

「はい、共に生かし、生かされている関係。大地を操ることができるから、それによって生活が豊かになる。その恩恵を、地の国の人たちは大地の恵みとして感謝するんです」

「火の国とは大違いね」

 カーム自身、火の国のすべてを知っているわけではない。

 火の国出身というだけで、実際にはほとんどルカの家と敷地内から出たことがない。

 町外れにひっそりと佇む館だったため、町での交流もほとんどなかった。

 それでも、火の国には、自分たちが操ることができる火に対し、そういった心を持っていない。

 カーム自身も、自らが生み出す炎に、わざわざ感謝をしたりはしない。

「この場合は、地の国が独特なんだと思います。亡くなった人たちは必ず土葬と言って土に埋められて、肉体と一緒に地のエレメントを大地に還すんだそうです」

「なんだか、焦臭きなくさいというか、実感が湧かないわね」

「ボクも最初はそう思ってました。でも、今は信じています」

「どうして?」

「ここに――」

 そう言って、ソラは自身の胸――正確には心臓に当たる部分に手を当て、

「アビーがいて、見守ってくれているって、そう感じるんです」

 その言葉に、カームは目を見開き、それからふっと表情を和らげ、

「そう」

 とひと言だけ告げた。

「待たせたわね」

 ドアが開く音と同時に、ミュールが学長室に入ってきた。

「ミュール、クリスの具合は、どう?」

「今は眠ってる。コーデイ先生も問題ないと言っていたわ」

「よかった」

 ソラが胸を撫で下ろす。

「それで、学長。私とソラをここに呼んだ理由は一体……?」

 ローテーブルを挟んだ向かい側のソファーにミュールが腰を下ろす。

「クリス・ロックハートの、今回の力の暴走。カーマイン――あなたは原因が何か、分かる?」

 試すような視線に、カームは自信を持って答えたかったが、これだという答えが分からず、「いえ」と被りを振った。

「じゃあ、ソラ――あなたは?」

 ミュールの視線が、カームからソラへ移動する。

 ソラにも分かるはずはない――カームはそう思っていた。

「クリスのエレメントとぶつかり合ったとき、感じたんだ」

「そう。それなら、間違いないわね。私もおそらくその余波を感じたのね」

「え? ソラ、一体どういうこと? あの暴走の原因が、キミには分かるの?」

 思わずソラを見やるカームに、頷きが返される。

「カームさん。ボクとミュールがクリスのエレメントから感じたのは一ヶ月前と同じ――闇です」

 ソラの口から紡がれた単語に、カームは言葉を失い、目を見開くだけだった。

 その時、ドアをノックする音がすると、続けて控えめにドアが開かれた。

 ドアの方へ視線を向けると、そこから顔を覗かせたのはコーデイだった。

「学長、クリスが目を覚ました」

「分かったわ」

 ミュールが立ち上がる。

 それに続いて、ソラとカームもまた立ち上がり、学長室を出るミュールに続くのだった。


            ※


 クリスは、真っ暗な空間にいた。

 自分が立っているのかどうかすら分からず、上下左右も曖昧で、感覚がおかしくなっていく。

 光が一切ないため、自分の姿すらも見えず、それ故に自身の存在すらも曖昧なものになっていく。

 本当に自分という肉体は存在しているのか。

 だとしたら、こうしていま考えている自分は、どこにいるのか?

 もしかして、この闇そのものが、自分なのか。

 分からない。

 なにも分からない。

 すべてが曖昧で、分からなくなる。


 ――そのまま身を委ねるがいい。


 また、声がした。

 だけど、この真っ暗な空間は自分そのもので、だとしたら、この声は?


 ――我もまた、汝の一部なり。


(あなたが……私……?)


 ――然り。我の声を恐れず、受け入れよ。その悪夢も、過去も、すべて我が引き受けよう。


(これを……あなたが……?)


 ――すべてを我に委ね、楽になるがよい。


(本当に、楽になれるの? この悪夢から、解放されるの?)


 ――それだけではない。すべてだ。すべてから解放される。何も考えず、ただこの深淵を漂うのみ。ここには苦痛も、憤怒も、悔恨も、何もない。


 クリスは、そっと手を伸ばした。

 正確には、そういうイメージをした。

 その先に、真っ暗な空間から、それよりも尚深い――闇をまとった手が現れた。

 この手を掴めば、楽になれる。

 この悪夢からも解放される。

 悩むこともなく、辛い思いをすることもない。

 この手を、掴めば――


『クリス!』


 その時、後ろから声がした。

 振り返ると、そこに、小さな光が見えた。


『クリス! クリスッ!』


 その声は、小さな光から聞こえた。

 自分を呼ぶ声がするたびに、光は少しずつ、少しずつ大きくなっていく。


『クリス!』


 そして、その光から、まるでそれ自身が光を放つかのように、真っ白な腕が伸びてきた。


 ――さあ、我の手を掴むのだ。


 反対側から、闇をまとった手が伸びる。


『クリスッ!』


 その声は、いつも近くにいてくれて、心配してくれて、声をかけてくれて、友達になってくれた、相部屋の女の子。

 その声にすがるように、光へと手を伸ばす。

 だが、背中から闇の手が迫る。

 本当に自分が手を伸ばしているのかすら分からない。

 だけど、あの光輝く手を掴むんだと、そう意識させ、手を伸ばし――

 そして、まるでその光に照らされるように、自分の姿が露わになった。


 ――くっ、邪魔なっ!


 闇の手が伸び、クリスの肩を掴もうとした瞬間――


『クリス!』

(エラッ!)


 クリスのその光輝く手を掴んだのだった。


            ※


 目を覚ますと、目の前にエラの泣きはらした顔が見えた。

「クリスッ! よかった、目を覚ましてくれて」

 そう言うなり、クリスの胸にエラが顔を埋めるようにして抱きつく。

「心配、したんだから」

 胸に顔を埋めながら言うエラに、クリスは一瞬、呆けてしまった。

「クリス、どうしたの? まだ調子がよくないの?」

 心配げに見上げてくるエラに、クリスは視線を下げ、

「クリス?」

 と聞いたことのない名前に首を傾げ、

「それは、私の名前?」

 その言葉に、エラは目を見開き、絶句したのだった。

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