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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第二話 目覚める力(3)

 十四年前。

 真新しいログハウスのなかで、三人の女性が集っていた。

「お~よしよし」

「うわぁ、ほっぺ柔らか~い」

「ほんと、かわいい」

 浴衣姿で濡れ羽色の長髪でポニーテールの女性が、細いながらも筋肉質な両腕で、赤子を抱いていた。

 その隣に立つ亜麻色で緩いウェーブのかかった長髪をした女性が、細く白い人差し指で、赤子の赤みがかったほっぺたを突っついている。

 その二人と向かい合うように、右手に杖をついた金髪の女性が、赤子を覗き込むようにして見入っていた。

 三人が三人とも、その赤子にすっかり骨抜きにされ、これからの毎日を楽しみにしていた。 

 知る者が見れば、その三人を見て驚愕しただろう。

 なにせ、一年前に終結した闇との大戦での四英雄――そのうちの三人が集っているのだから。


 その赤子――ソラを楓お手製のベビーベッドに寝かせ、テーブルを囲んで座る三人。

「それにしても、まだ信じられないな。ノアが逝っちまったなんて」

 腕を組む楓が、ぽつりと呟く。

「せっかく、ソラが産まれたってのに……」

「でも、それがノアの最期の願いだった。死んででも産みたいって言われたら、ね」

 切なさを含んだミュールの声音に、「分かってるよ」と楓がぶっきらぼうに返す。

「ノアと約束した。ソラを三人で育てる。【深淵しんえん】には渡さない」

 ひとり決意の表情を見せるアビー。

「そのためなら、左足も犠牲にしていい」

「アビー……」

 まるで自分を軽視するようなアビーを、楓はじっと見つめ、ミュールは心配そうに見つめていた。

「歩けなくなってでも、か?」

 楓が、鋭い視線でアビーを見据える。

その鋭い眼光は、楓と長い時間を共にしたミュールやアビーでなければ、腰が抜けて尻餅をついていただろう。

 普段はどこか飄々とした態度の楓だが、その実は、大戦で最も多くのエレメンタラーの命を奪った存在として恐れられている。

 今では四英雄と呼ばれるようになったため、その印象も薄れているが、大戦時にはルカと並んで、姿を見たら絶対に逃げろ、とまで言われるほどだった。

 だが、その斬るような視線さえも、アビーの意志を傷つけることはできなかった。

「ええ、なんなら……この先、短い命だって差し出すわ」

 そう言って、アビーが胸の部分を鷲掴みにする。

 闇の使徒との死闘で、アビーはベヒモスと戦い、そして勝利した。

 だが、無事では済まなかった。

 その死闘で、アビーは右足をやられていた。

 骨を粉々に砕かれ、完治不可能と診断され、傷は癒えても歪になった足はそのまま、歩くことができなくなってしまったのだ。

 それからアビーは、右手に杖を装着し、それなしでは歩けなくなってしまった。

 そして、アビーの体は先天的に弱く、そして闇の使徒との死闘、そして【深淵】を消滅させるために光使いとなったノアと共に極限まで放出した莫大な量のオーラによって、アビーは命を削ってしまったのだ。

 実際、戦争が終わり、別れた時と今のアビーは、見た目もそうだが、雰囲気が儚くなっていた。

 全身も痩せ細り、ここに来てからもあまり食事をとらなくなってしまっている。

 ソラをあやすときも、慈愛に満ち、まるでどこか達観しているようにも感じられた。

 つまり、アビーはもう覚悟を決めているのだ。

「この子は、私が絶対に正しい道へ進ませる。ノアの子よ……その素質が受け継がれているなら、【深淵しんえん】は確実にこの子を奪おうとする。だけど、そんなことはさせない。例え嫌われようと、私はこの子を――ソラを、絶対に闇には堕とさない。堕とさせはしない」

「決意は固い……か」

 どこか諦めたように、力なく呟く楓。

 楓だって分かっているのだ。

 アビーの事情も、その強情さも。

「だったら、いっそのこと、ソラにすべてのエレメントをマスターさせるってのはどうよ?」

 まるで悪戯を思いついたような表情を浮かべる楓。

「どういうこと?」

 ミュールが問う。

「ノアは四大をマスターして【虹使い】になった。その光のエレメントで、【深淵しんえん】を消せたんだ。完全じゃなかったが……その残滓がソラに残っているなら、ソラ自身を【虹使い】にすればいい。そしてその光で、今度こそ【深淵しんえん】を消す」

「一理あるわね。ノアの素質を受け継いでるなら、ソラも空使いとして、四大すべてのエレメントに対する適応力があるはず」

「この場所も、エレメントを教えるにはうってつけの場所。やらない理由はない」

 ミュールに続いて、アビーもまた同意する。

「決まりだな」

 にっ、と楓が口角を釣り上げる。

「でも、ルカがいないわよ。火のエレメントはどうするつもり?」

 ミュールの冷静な指摘に、答えたのは楓だった。

「じゃあ火は後回しだな。とりあえず、水と風、地をマスターさせて、それから考えるさ」

「まったく……計画性がないっていうか、何ていうか……」

 呆れるミュールに、アビーが笑む。

「でも、それでこそ楓、だわ」

「そうだろ」

「言っておくけど、アビーは褒めてないわよ」

 ニッと口角を釣り上げて笑う楓に、ミュールがさらに呆れる。

「一応聞いておくが、二人とも未練はないな?」

 楓の質問はつまり、故郷に対するものということだ。

「ないわ」

「私も、元々この場所に骨を埋める気だった」

 ミュールとアビーが即答する。

「そうか。まぁ、私も一族のことを妹に任せてある。可愛い姪っ子と会えないのはちょっとだけ寂しいけど、今の私には息子がいる」

「ええ、そうね。私たちの息子」

「三人で、必ず【虹使い】にする」

 誰もいない秘境で、最強のエレメンタラーたちが誓い合う。

 だけど、ミュールの目には、アビーがどこか危うく見えた。

 アビーは、誰よりもエレメントの力に対する危機感が強い。

 それは、地のエレメントの特性ゆえ。

 もっとも制御が難しく、暴走させやすい地のエレメント。

 適性のない者はなかなか上達することができず、逆に先天的に才能に恵まれていると、その力に呑まれ、エレメントを制御できず、暴走させてしまうのだ。

 アビーは誰よりもその危険性を理解しており、だからこそソラに対しても、その傾向が見られるならば、宣言通りにするのだろう。

 かつてのアビーも己の才能に悩まされたという。

 アビーは誰よりも力を持つ者に対するエレメントの制御に重きをおいている。

 力の呑まれれば、その力そのものに取り込まれ、闇に堕ちる。

 誰よりも心が優しく、その見た目と相まって聖母のような印象を与えるアビー。

 そんな彼女は、エレメントを正しく使わせるためならば、誰よりも心を鬼にするだろう。

 彼女自身が言ったとおり、例え本人から嫌われ、恨まれようとも。


            ※


 保健室のベッドで眠るクリスを、ミュールはベッド脇からじっと見つめていた。

 クリス・ロックハート。

 カームやフィルス、それにソラと違って、特出した能力もない、どちらかといえばエラやレイのような平均的な地のエレメンタラー。

 幼い頃に両親を亡くし、孤児院で育つ。

 そこの院長のすすめで、ここ――イリダータ・アカデミーに入学してきたのだ。

 その理由は、感情の起伏によって、エレメントが暴発するというものらしい。

 入学してきたクリスの印象は、大人しく、目立たない子だった。

 だが、その理由を知っていたミュールには、クリスが大人しく振るまい、目立たないようにしていることが分かった。

 それは、人と関係をもつことで、怒りや悲しみ、憎しみや恨みといった負の感情を抱かないようにするための、彼女なりの処世術なのだろう。

 それでも寮で相部屋となっているエラとは打ち解けたようだった。

 だが、入学してから二ヶ月経っても、クリスはエラとしか接してこなかったのだ。

 ソラですら、今日までその存在をなんとなくで知っていただけで、名前までは覚えていなかったと言っていた。

 ソラは申し訳なさそうに話していたが、それはクリス自身が己の存在を徹底して希薄にしていたからで、ソラに非はない。

 それでも申し訳なく思っているソラが、らしいといえばらしいのだが。

 だが、今回のこの暴走は、ただごとではない。

 なにせ、あのアビーをもってして可能とする地割れを、一年生で目立たず、決してエレメントの力も強くないクリスがやってのけたのだ。

 そして、ソラとの話で、ミュールは確信した。

 ミュールがこの騒動に気づいたのは、気配を感じたからだ。

 それは、一ヶ月前の闘技場での、あの【深淵しんえん】の目覚め。

 その時に感じた闇の気配と同じものを、ミュールは感じ取っていたのだ。

 そして学長室から外を覗けば、そこでクリスが力を暴走させていた。

 ソラのおかげで被害を最小限に留められたが、あのまま地割れが進んでいれば、校舎が崩れ、学長室にいたミュールもただでは済まなかっただろう。

 クリスから感じた、闇の気配。

 ベッドで眠るクリスを見つめながら、ミュールは思う。

 この子は一体……何者なのだろう。

 こんなとき、相談できる相手がいないということが、ミュールに思いのほか重くのしかかる。

 アビーでもいてくれれば、同じ地使いとして心強いのだが。

 だが、無いものねだりをしても仕方がなく、むしろ自分は学長であり、頼られる存在なのだ。

 同じようにソラたちもクリスを心配してる。

 だから、自分は心配かけないように毅然とした態度でいなければならない。

 それがイリダータ・アカデミーの学長を務めるミュール・ミラーの矜持なのだ。

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