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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第二章 大地の呼び声
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第一話 悪夢の始まり(3)

 懐かしい夢を見た。

 二段ベッドの下で寝ていたソラは、目を覚ますと上のベッドの裏側を見つめたまま、その夢をじっと噛みしめていた。

 現実ではもう会うことのできない、三人の母親のうちの一人。

「……アビー」

 その名を呟き、ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを切り替える。

「よしっ」

 ベッドから降り、窓の外を見やる。

 イリダータ・アカデミーに入学して二ヶ月が経った。

 入学当初は薄暗かった光景も、日の出が早くなって明るく感じるようになった。

 ソラは、静かに寝間着から運動着に着替えた。

 ソラの寝間着は、楓から渡されたもので、甚平と呼ばれるものだった。

 色は濃紺で、袖や裾が短いため、少しずつ温かくなっていく今の季節にはちょうど良い。

 ちなみに、興味本位でレイが着てみたいと言ったので着たのだが、平均より身長の高いレイが着ると、何とも言えない違和感があり、レイもどことなくそれを感じ取ったのか、特に何も言わずそそくさと脱いで返された。

 脱いだ甚平を畳んでから部屋を出ると、そのまま一階まで降りて外へと出た。

 早朝はまだ少し肌寒く、ひんやりとした空気に体が刺激される。

 そのままソラは軽く走りながら、いつもの練習の場へと向かった。

 やおら遠くに、まっすぐに伸びる赤毛の髪を背中に流した女性が立っているのが見えた。

 近づくにつれ、足音に気づいたのか、赤毛の女性が振り返る。

「お待たせしました」

「私もさっき来たところよ」

 そう言って、カーマイン・ロードナイトは微笑んだ。

 カームは今年で最上級生となる四年生で、イリダータ・アカデミーの歴代最強と言っても過言ではない火使いだ。

 マスタークラスの証でもある【パイロマスター】の資格も十分にあり、卒業すればすぐにでも自国で合格できるだろう。

 イリダータ・アカデミーには、四年生と一年生をペアにし、一年生が習得している自国のエレメントとは別のエレメントを、四年生が卒業するまでの間に習得させる、いわゆる卒業試験のひとつがある。

 ソラは、一年生でありながら、入学してすぐに行われた実演で、水、風、地という三つのエレメントにおいて、すでにマスタークラスの力を有しており、教師や同級生、そして見学していた上級生全員を驚かせたのだ。

 勿論、カームもその例に漏れなかった。

 そして、アカデミー最強の火使いであるカームと、火のエレメントだけを習得していなかったソラがペアとなることは必然――というよりは学長の思惑により、ソラは火のエレメントを習得するため、カームから教えを乞うことになったのだ。

 だが、ソラは心の内に闇――かつての大戦で大陸中を戦火を巻き込み、四英雄と呼ばれる大陸最強のエレメンタラーたちによって滅ぼされた闇の勢力である【深淵しんえん】の残滓が封じられており、これが原因で火のエレメントをまったく扱うことができなかったのだ。

 そして、一ヶ月前。

 ソラの中の【深淵しんえん】が目覚め、カームは闇の使徒と呼ばれる、闇の勢力における最大の脅威と対峙、手も足も出ず、瀕死の重傷を負い、死にかけたのだ。

 それを見たソラは負の感情に支配され、そしてそれを糧とする【深淵しんえん】に呑まれかけた。

 だが、それをカームが自らの炎によって浄化し、【深淵しんえん】は再び封じられた。

 そして、二人は誓ったのだ。

 カームは、四つのエレメントをすべてマスターした者にのみ与えられる、いまだ誰も到達したことのない極致――【虹使い】となることを誓い、ソラは、そのために水、風、地のエレメントをマスターするための手助けをすると言ってくれた。

 そして、【虹使い】になることで、闇を滅ぼすことのできる光を手に入れることができる。

 そうすれば、ソラの心の内に潜む【深淵しんえん】を完全に滅することができるのだ。

 だから、二人はこうして協力し合い、今日も今日とて朝練に励んでいた。

「今日は、地のエレメントを使ってみましょうか」

 ソラが笑顔で言うと、カームが少しだけ顔をむっとさせた。

「どうしたんですか? カームさん」

「どうにも苦手なのよね、地のエレメントって……」

「それでも、マスターするためには避けては通れませんよ」

「分かってる。分かってるから、そんな笑顔で言わないの」

 そう言って、カームがソラの両頬を挟むようにして掴んだ。

「か、かーむしゃん?」

 口をすぼめられ、うまく発音できないソラに、カームが可笑しそうに笑う。

「ふふっ、ごめんね」

「もぅ、カームさんってば……」

 ようやく口を解放されたソラは、その頬を膨らませるようにして怒るも、当の本人はまったく懲りておらず、しばらくクスクスと笑っていた。

「それにしても、地のエレメントって、触りは簡単なのに、その次が格段に難しくなるのよねぇ」

 急に話を戻され、ソラもそれに合わせた。

「そうですね。地はこうやって実際に触れることもできて、目にも見える状態で常に足下にありますから、表面の砂を動かす程度ならば、誰にでもできると思います」

 実演するように、カームが腕を前へと伸ばし、手のひらを下に向ける。

 その手の甲から黄色のオーラが微かに発生する。

 それと同時に、手のひらの真下に位置する地面の砂が動いた。

 風によるそれとは違う、明らかに意思をもった動き。

 カームが地のエレメントを使って砂を動かしているのだ。

「問題は次の段階よ」

 火のエレメントにおける基本中の基本といえば、熱に対する遮断方法だ。

 火は熱を発し、それはエレメンタラー自身を襲う。

 時々、誤解する人がいるようだが、エレメンタラーは、エレメントを操ることができるだけで、それに対する耐性があるわけではない。

 火使いも火傷をする。

 水使いも溺れる。

 風使いも吹き飛ばされる。

 地使いだって、砂に埋もれれば圧迫死、もしくは窒息死する。

 だから、火使いは熱を遮断する方法を学ぶ。

 手に火を灯すような見せ方をする人もいるが、あれも極限まで熱の遮断による薄い膜がつくられており、直に火に触れてはいないのだ。

 水使いも【ハイドロマスター】級となれば、水中で自由に泳ぎ、長時間の潜水ができるようになる。

 風使いも、極めれば空だって飛べるのだ。

 火使いの熱の遮断は、地使いにとっては地表の砂を動かすことと同義で、基本中の基本は、どのエレメントにおいても難しくはない。

 だが、次の段階に移行したとき、その難易度が桁違いに跳ね上がるのが、地のエレメントなのだ。

「じゃあ、ボクがやってみせますね」

「ええ、お願い」

 カームが一歩下がり、お互いの間を空ける。

 ソラは右手に黄色のオーラを発生させると、カームとは逆に、伸ばした腕を下げ気味に、手のひらを上にしていた。

 そして――

「ハッ!」

 ソラのひと声と同時に、右手が高々と挙げられ――それを追うように、地面から土の柱が伸びた。

 太さは胴体と同じくらいで、ソラと同じ高さまで伸びた土柱。

 これが地のエレメントの次の段階。

 つまり、地表ではなく、地中の土を操るのだ。

「あいかわらず恐ろしい子ね」

 目の前に佇立する土柱に、カームが溜息をつく。

「はいっ。じゃあカームさん、やってみてください」

「そして鬼畜だわ」

 笑顔で促すソラに、カームがぽつりと呟く。

 カームは、ソラと同じように伸ばした右手を下げ、手のひらを上に向ける。

 その右手から黄色のオーラが微かに発生するも、カームの表情がきつくなっていくばかりで、地面に変化は見られなかった。

「頑張ってください、カームさん」

 両手の拳をぎゅっと握って見せるソラ。

「言うのは簡単だけど、やってみろと言われてすぐにできたら苦労しないわよ」

「うーん、そうですねぇ。イメージ的には……こう砂場で、砂を両手で端から真ん中に集めて、そのまま両手で掬い上げて真上に向かって放り投げる! みたいな感じですかね?」

「なんで疑問系なのよ」

 右手に集中しながらも、ソラを睨むカーム。

「ボク、アビーから地のエレメントを教わったのが六歳のころからだったので、当時どうやって教えてもらっていたか、よく覚えていないんです」

 そう言って、ソラは苦笑して見せた。


「そ、そう……」

 苦笑するような、それでいて純粋な少年の笑顔。

 ソラは分かっていない。地の国出身で、先天的に地のエレメントに対する適性があるのならばともかく、まっさらな状態で地のエレメントを学び、六歳の子が三年でマスタークラスになるなど、どうやったらそんなことができるのか、不思議ではならない。

 だが、それを可能としているのが、ソラの空使いとしての才能と、アビーという地の国の最高位【破断はだん】を冠する最強の地使いによる教えなのだろう。

(ああ……)

 羨ましい。

 最高位に教えてもらえるなど、どれだけお金をつぎ込んでも惜しくはない。

 とは言っても、カーム自身、あの火使いの最高位【深紅】(ふかきくれない)を冠するルカ・ロードナイトの養子であり、幼い頃から英才教育を受けた身であるから羨ましいなど言えない立場なのだが、カームは火使いの適性が非常に低く、ルカには申し訳ないほどに時間を要した。

 挙げ句の果てに、幼い頃に大火傷を負ってしまったのだ。

 今は、火使いとして【パイロマスター】級となったが、それでも十年を要した。

 そうなるとやはり、ソラとカームの差は、個人の才能の差、なのだろう。

 新学期当初のカームは、その事実に嫉妬した。

 だが、それでもソラは努力を怠らなかった。

 ソラだから、三年でマスターできたのだ。

 カームがソラと同じ才能を持っていたとして、三年間も挫折することなく続けることができるだろうか。

 ソラの話では、アビーはエレメントを教えるとき、まるで人格が豹変したかのように厳しくなり、ソラを徹底的に鍛え上げたらしい。

 それを聞いて、養父のことを思い出す。

 厳しい指導に、カームは何度泣いただろう。

 何度逃げ出しただろう。

 何度部屋に閉じ籠もっただろう。

 何度やめると言っただろう。

 ソラは凄い――いや、強いのだ。

 心が――そして、意志が……。

 そんな少年を嫉妬の目で見るなど、おこがましい。

 こうやってペアとして教え、そして教わっていることのありがたさ。

 そして共に目指そうと言ってくれた、あの言葉。

 そして、約束。

 必ず、目の前の少年と並び立つ存在になってみせる。

 それが、カームの目標。

 人生と言ってもいい。

 四大をマスターした者に与えられる称号――【虹使い】。

 カームの目標であり、そして手段のひとつ。

 【虹使い】となったとき、カームは胸を張って一歩前に踏み出せる。

 そうして、少年の横に並び立つのだ。

 だから――

(こんなところで!)

 ――止まってはいられない!

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 ソラの助言を思い出し、それを心の中に描く。

 地中の中に両手をイメージし、それを集め、そして地上に向かって――放つ!

「カームさんっ!」

 ソラの張り上げた声と、それは同時だった。

 カームの真下の土が、まるで爆発したように舞い上がったのだ。

 それは、実際にカームがイメージした通りになったのだが――。

 全身に大量の土をかぶったカームは、何度も咳き込みながら、体に付いた土を手で払った。

「カームさん、怪我は?」

「大丈夫。土をかぶっただけだから」

「良かったです。威力が大したことなくて」

 ソラが、心底ホッとしたように胸を撫で下ろす。

「そんなに危険なことだった?」

 ソラの安堵のしように、カームは少しだけ冷や汗をかいた。

「あれ、大戦中によく使われていたらしいです。【ジオマスター】がやると、人の体もバラバラになるくらいの威力とかで……アビーにも、絶対に使用するなと言われました」

「そ、そう……」

 改めてみると、咄嗟に顔を庇った手が真っ赤になっていた。

 弾け飛んだ砂によるものだろう。

 少しでも威力が高かったら、皮膚が裂けていたかもしれない。

「地のエレメントは、制御がすごく難しんです。ボクがアビーから教えられていた時も、最初はただひたすらにエレメントの制御方法からでした」

 そう言って、ソラが自分の両手を見下ろす。

「万が一にでも扱いを間違って、暴走させてしまったら、取り返しのつかないことになるんです。それこそ、一生……後悔してしまうような……」

 ぎゅっ――とソラが広げていた手のひらを握り、拳をつくる。

「大丈夫よ」

 その拳を、カームはそっと包むように掴んだ。

「私には、キミがいる。キミの教えに従う。だから、私をしっかりと導いて頂戴」

 顔を上げるソラに、カームが視線を合わせる。

 凜とした表情から、ふっ、と柔らかな微笑みを浮かべる。

「分かりました」

 そう言って頷くソラ。

 それからすぐに朝練の時間が過ぎ、二人は別れ、それぞれの寮へ戻ったのだった。

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