第一章アフター 初めてのお買い物(7)
大通りから一本奥の路地裏に入った場所にある、カフェテラスが併設されたパスタ専門店で、カームとフィリスは向かい合って座っていた。
外に並べられたテーブルに座っていると、食事時だというのに、どこか開放感がある。
ここは、小さな広場を囲うようにしてこぢんまりとした店が並んでおり、広場の中央にそびえ立つ巨木から生い茂る青葉がつくる木陰が心地いい。
注文を済ませ、その間に出された珈琲を嗜む二人。
「今日は本当にありがとう」
「いいわよ。ランチ驕りでチャラになるわけだし」
そう言って、フィリスが珈琲を口に含ませる。
「今回のことだけじゃない。今日までずっと、あなたには感謝してる」
そんなカームの言葉に、フィリスはカップを口につけたまま固まってしまった。
「一体どうしたのよ。あのカーマイン・ロードナイトともあろう者が、そんな素直になるなんて」
「だからこそ、なのよ」
カップをテーブルに置いたフィリスは、カームの表情が今まで見たどの表情とも一致しないことを知った。
つまり、初めて見るということだ。
「今までの私なら、絶対に言えなかった。だけど、今は違う。私は、自分が自分でも驚くほどに、変わったと思っている。それは、この火傷の痕がなくなって、その影響で、人を遠ざける理由がなくなったから」
カームが、視線を自身の胸へと向け、そこに手のひらを触れさせる。
「それは、ソラのおかげね」
「ええ。でもね――」
カームは顔を上げ、
「ソラと出会う前の腐っていた私の傍にいてくれたのは、あなたなのよ」
「――ッ!」
フィリスが驚いたように目を見開く。
カームがここまで心を吐露することなど、今までなかった。
いや、皆無と言っていい。
それほどまでに、カームという存在は、他者を、そして自身さえも拒絶していた。
「あなたが傍にいてくれたから、私は堕ちるところまで堕ちずに済んだ。ずっと、聞きたいと思っていたことがあったの。今までは、聞きたくても聞けなかった。だって、私は、誰にも心を開けない、孤独な存在だったから」
「カーム……」
「でも、今なら聞ける。いえ、聞きたいの。だから、教えて、フィリス」
「なにを?」
「どうして、私なんかに構ってくれたの?」
真摯に見つめるカームに、フィリスは視線を逸らすことなく、三年前のことを思い出し、そして――口を開いた。
「初めてあなたを見たとき、正直、悔しかった。私は、自意識過剰に思われるかもしれないけど、自分で自分のことをそれなりにいい女だと思っていたわ」
見た目も含めてね、とちょっとだけ自虐して笑んでみせると、カームも口元に笑みを浮かべて返してきた。
「でも、あなたは、それ以上の存在だった。誰も近づけない、そして自分からも絶対に近づかない。それでいて、経歴も申し分ない。まさに非の打ち所のない存在。それが、私には悔しくて悔しくて、堪らなかった」
手に持ったカップをくるくると回しながら、フィリスは続けた。
「でも、ある日、私は知ってしまった。あなたの火傷のことを。それを知って、私、最初に何を思ったと思う?」
カームを見据えると、当の本人は分かるはずもなく、眉を寄せるだけ。
「やった、って思ったの」
その言葉に、しかしカームは表情を変えなかった。
代わりに、フィリスが自嘲して見せた。
「周りからは完璧に見えている存在が、実は傷を負っていた。それが、私には堪らなく嬉しかった。あなたは、完璧な存在だった。私がどれだけあがいても、努力しても、絶対に並び立つことができない存在――そう思ってた。だけど、違った。あなたのその完璧さは、私なんかでは想像もつかないような努力と執念の賜だと知った。だから、私はあなたの傍にいて、今以上に努力して、いつか並び立ちたいと思うようになったの。完璧な人間なんていない。だけど、完璧であろうとする人間はいる。私も、そんな存在に、あなたと肩を並べ合える存在になりたい――なれるんだって、思えるようになりたかったから」
語り終えると、いつの間にか珈琲も冷めてしまっていた。
カームもまた、カップを持つものの、口にはつけずにいた。
「まぁ、要するに自分のためよ。あなたのためじゃない」
「そう……」
それだけ言って、カームは冷めた珈琲を口に含んだ。
「あなたのこと、少しだけ理解できた」
「本当に?」
「ええ、やっぱり、私のライバルに成り得るのは、あなただけということを」
フッと笑むカームに、フィリスもまた、笑みを返した。
そんな二人の間に、注文したパスタが運ばれる。
「じゃあ、カーム。どっちが先に食べ終われるか勝負しましょ!」
「ちょっと、せっかくのランチなんだから、味わって食べなさいよ」
フォークで豪快にパスタを巻くフィリスに、カームは苦笑するのだった。




