第一章アフター 初めてのお買い物(6)
「ソ、ソラッ!?」
驚きのあまり、カームは思考が回らなかった。
「カ、カームさん……」
ソラも驚いた様子で、声がたじろいでいる。
その視線が、自分の顔――というよりも下の方へ向けられていることに気づいたカームは、
「――ッ!」
咄嗟にカーテンを引っ張り、体を隠した。
「なっ、ど、どうして、キミがここにいるのよ!」
「え、えっと、ミュールの付き添いで、そしたら、フィリスさんに見つかって、それで、あの……」
ソラにしてははっきりしない物言いに、それよりもフィリスは? とカームは店内を見渡した。
だが、さっきまでいたはずのフィリスはいなかった。
その代わりに、目の前に立つ少年。
「ソラ……もしかして、フィリスに何かされたの?」
「された、と言いますか、何と言いますか……」
「はっきりしなさい! 男の子でしょ!」
その言葉に感化されたのか、ソラが直立不動になり、そして告白したのだ。
「実は、フィリスさんが、カームさんに似合う下着がなかなか見つからなくて困っていると言っていて、それで、ボクにもひとつ選んでみてほしいって頼まれたんです」
「えっ、じゃあ……」
顔を引いて、自分が試着している下着を見下ろす。
どうにも今までのフィリスの路線から外れていると思ったが、
「まさか、この下着は、キミが選んだの?」
「は、はい……僭越ながら。あの、それで、どう……ですか?」
上目遣いで訊いてくるソラ。
「……どう?」
思わず訊き返してしまった。
「はい……ボクとしては、カームさんを思い浮かべながら選んだもので、それが一番カームさんに似合っていると思ったんです」
「そ、そうなの?」
そんなことを言われて、嬉しくないはずがない。
だけど、それよりも何よりも恥ずかしいのだ。
「はい。カームさんの、まっすぐで、ひたむきで、誰よりも強くて、でも同じくらい誰よりも優しい、そんなイメージで選びました」
「――ッ!」
全身が熱くなり、顔が火照る。
駄目だ。嬉しすぎて、立っていられない。
ソラがこんなにも自分のことを理解してくれていることが嬉しくて堪らなかった。
しかも、自分が良いと思ったこの下着も、ソラが選んでくれていたのだ。
「あの、カームさん? やっぱり、気に入りませんでしたか?」
カームの挙動を違う方向に受け取ったのか、ソラの声音が下がる。
「そ、そんなことはないわ。キミが選んでくれたものなのでしょ? すごく、すごく気に入ったわ」
「本当ですか!」
まるで曇天から太陽が顔を出すように、ソラの表情がパッと輝き出す。
「ありがとう、ソラ」
手を伸ばし、ソラの頭を撫でる。
「喜んでもらえて何よりです」
「良かったわね、ソラ」
視界の端から、今回の首謀者であろうフィリスが悪びれた様子もなく現れ、ソラの肩を叩いていた。
「はい、カームさんが喜んでくれて、ボクも自分のことのように嬉しいです」
ソラとフィリスが向かい合いながらわいわいと喜び合う。
「フィリス」
名前を呼び、じっと睨み付ける。
「わ、悪いとは思っているのよ。でも、やっぱり、こういったのは純真な心を持った男の子にこそ選んでもらったほうがいいと思ったわけで、決して面白がってやったわけじゃ――」
「ありがとう」
「え?」
不意を突かれたようにきょとんとするフィリスに、カームはいたずらに成功したように口元に笑みを浮かべると、カーテンの奥へと戻った。
「カーム……今、私にありがとうって言ったわよね?」
自分の耳が信じられないのか、ソラに問うフィリス。
「はい。しっかりと聞こえてました」
それが嘘ではないと言うように、ソラは満面の笑みで答えたのだった。
※
「どこに行ってたの? ソラ」
会計を終えたミュールが振り返ると、そこにソラはおらず、店の中を探そうと思っていたところで、ソラがひょっこり現れたのだ。
ミュールも、会計だけですぐに終わると思っていたが、大きめのサイズともあり、少し手直しをしてもらっていたのだ。
「ちょっと、お店の中を見て回ってただけだよ」
そう言って、ミュールの横に並び立つソラ。
「ソラ……何かいいことでもあったの?」
「え……?!」
驚いたような表情を見せるソラ。
相変わらず分かりやすい子だ。
「顔に書いてあるわよ。少しも隠す気もないんだから」
そう言って、ソラの頬を指で突く。
柔らかい頬をぷにぷにと突いていると、ソラはそれがくすぐったく感じたのか、笑っていた。
「それで、本当に何かあったの?」
指をひっこめ、改めて訊ねる。
「ボクね、ミュールに言われたとおりにできたよ」
その言葉に、首を捻ってみせるミュールに、
「恥ずかしがらずに、すごく似合ってますって言えたよ」
「……」
その言葉を理解すること数秒の思考の後、
「――ッ! ソラ、一体だれの下着姿を見たって言うの!」
荷物を持っていない方の手で、ソラの肩を掴み、詰め寄った。
「秘密にしてって言われてるから、ごめんね」
目の前で両手を合わせて謝るソラに、ミュールは衝撃を受けた。
あのソラに隠し事をされるなんて……だが、逆に言えば、ソラが自分にさえも打ち明けられない秘密を共有するに足る人物……そして、このソラの表情。
この短時間でソラを満たすことのできる人物。
それは、ソラが信頼している相手に他ならない。
そして、ここはランジェリーショップだ。
ソラと同学年の子では、少し若い。
もっと、上――最上級生だろうか。
そこで思い浮かぶ、ソラと関係性を持つ存在。
二人――いや、このタイミングでこの店に来るということは……。
(なるほど)
ひとり納得したミュールは、この件はいったん忘れることにした。
今日はただ、ソラと一緒に楽しみたい。
明日からは、またイリダータの学長としての威厳を保たなければならないのだ。
「ソラ、ランチに行きましょうか」
「うん」
ランジェリーショップを出た二人は、お互いに示し合わせるわけでもなく、自然と手を繋ぎ、大通りを歩いて行くのだった。
後日、学長室にカームが呼び出されたのだが、それはまた別の話。




