第一章アフター 初めてのお買い物(5)
「だ~れだっ!」
背後から唐突に声がすると同時に、目の前が真っ暗になった。
「えっ、えっ!?」
戸惑うソラだったが、頭の上に感じる柔らかい感触に、ミュールと同じものを感じた。
後ろから抱きつかれ、手で目を覆い隠されていると理解したソラは、すぐに声の主に気づいた。
「もしかして、フィリスさん?」
「正解よ、ソラ」
目が解放され、振り返ったソラの前には、いたずらに成功して喜ぶフィリスがいた。
「どうしたんですか、こんなところで?」
「あのね、ソラ。それはこっちの台詞なのよ。あなたみたいな男の子がこんな店にいるなんて、お姉さんの方が驚いたわよ」
両手を腰に当て、大げさに嘆息してみせるフィリス。
「ボクは、ミュールの付き添いで来たんです」
言い訳もせず、かといって恥ずかしがる様子もない。
どうやら目の前の少年は、本当にただ付き添いで来たようだ。
「知ってるわよ。さっき、学長と二人でいるところを見てたから」
「そうだったんですか。ところで、フィリスさんも買い物ですか?」
「ええ、買い物は買い物だけど、私も付き添いなのよ」
「でも……」
ソラが、フィリスの後ろを見渡す。
「今、試着中よ。これがなかなか決まらなくて、困ってるのよ」
はっきりと態度に、言いかえれば大げさに困ったような表情をするフィリス。
「大変ですね」
「ええ、本当に。あっ、そうだ、ソラ」
何かを思いついたかのように、フィリスがパンッと手を鳴らす。
「あなたが選んでくれないかしら?」
「え……ええーっ! ボクがですか?」
「そうよ」
「でも、誰かも知らないのに、ボクなんかが――」
「それなら問題ないわ。だって、キミもよく知ってる相手、だ、か、ら」
そう言って、フィリスにおでこを指先でツンと突かれたソラは、特に痛くもなかったが、おでこを撫でながら「はぁ」と曖昧に頷くのだった。
※
(いつまでかかってるのかしら?)
試着室の中で、一体どれだけの時間が経っただろうか。
次を探すと言ったきり戻ってこないフィリスに、しかしカームは律儀に待っていた。
きっと、こっちが文句を言い続けていたから、見つからないのだろう。
(それにしても……)
鏡越しに、改めて見る自分の姿。
火傷をきっかけに、他人に肌を見せることは絶対にしなくなった。
そして、自分でも自分の肌を見ることに嫌悪するようになった。
そうするうちに段々と殻にこもるようになり、他者とも壁を作るようになった。
そうしてイリダータで三年間、孤高を――いや、孤独を貫いた。
だけど、一人だけは違った。
フィリスだけは、いつも傍にいてくれた。
寮が相部屋だからだけではない。
授業中はいつも隣に座り、実技でも何かと構ってきた。
朝、昼、夜――隣の席が空いていればすかさず座り込み、食事を共にした。
どうして自分なんかに付きまとうのかと思ったが、それを聞くことはなかった。
なぜなら、当時の自分は、他人に興味を持たなかった。
いや、持とうとしなかった。
それを聞くと言うことは、つまり興味を持つと言うこと。
だから、聞かなかったのだ。
それが、いつの間にかフィリスとの距離が縮まっていた。
きっかけは間違いなくソラで、そして少年による、この肉体の再生。
人に肌を晒すことの抵抗感が薄まり、こうして鏡越しに自分を見ることすらできるようになった。
ソラには感謝している。
だけど、それと同じくらい、その運命の日まで、ずっと傍にいてくれたフィリスにもまた、感謝の念を抱いている。
「カーム、待たせたわね」
その声に、カームはハッと我に返り、振り返った。
「これなんてどうかしら? とっておきよ」
カーテンの端から、フィリスの手だけが差し込まれ、その手が持つ下着を受け取った。
「試着したら、見せてくれないかしら?」
「いま試着しているのは見なくていいの?」
そのために着たままで待っていたのだが……。
「いいからいいから、そっちの方が絶対に似合うから、私が保証するわ」
下着から手を離したフィリスが、その手でグッと握り拳をつくり、そのままカーテンの向こうへと引いていく。
何だかフィリスの様子がおかしい気がしたが、気のせいだと思い、カームは振り返り、あらためてその下着を見た。
それは、フィリスがいままで選んだ路線から外れているものだった。
フィリスは、なにかと色が原色に近く、派手なのが自分に似合うと思っていたのか、その傾向が強かった。
だが、いまカームが手にしているのは、真っ白で、それでいて、生地がきらめいて見えた。
縁にレースがあしらわれているが、それは派手というよりも、むしろ上品さを漂わせるデザインになっている。
ひと目見て、琴線に触れるものがあった。
カーム自身の好みが、まさにこれなのだ。
自分の好みなのに、自分で探したとしても見つけられなかったかもしれないとも思う。
真っ白な色も、どこか他の派手な色に埋もれてしまいそうだが、こうして見ていると、どんな色よりも存在感を放っている。
カームは試着していた下着を脱ぐと、手に持っていた下着に着替えた。
「フィリス……試着してみたから、見てくれる?」
カーテン越しに声をかけるが、返事がない。
「フィリス?」
カームは眉を寄せながらも、カーテンを開いた。
「――なっ!」
カームの表情が驚愕に満ちる。
そこに立っていたのは、フィリスではなく、
「カ、カーム、さん……」
自分を前に、目を見開く少年――ソラだった。




