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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
短編 虹色の日々Ⅰ
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第一章アフター 初めてのお買い物(4)

「これなんてどうかしら?」

「ま、また?」

 試着室のカーテンが開かれ、嬉々とした様子でフィリスがまた別の下着を見せつけてくる。

 ひとつ前に選ばれたブラをつけてみたカームは、鏡越しに見て唸るばかりで、なかなか決めることが出来なかった。

 そのせいか、フィリスも絶対に気に入るものを探し出してやると言わんばかりのやる気で次々と持ってくるのだ。

「それはどうなの?」

 下着を手に持ったまま、フィリスが顎で自分を指す。

「これも、ちょっとイメージと違う」

「なかなか手強いわね」

「わ、悪いとは思ってるわよ」

 カームが慌てた様子で言うと、フィリスは苦笑し、

「そこは気にしないの。下手に妥協して、もっと他のものも見てみれば良かった、なんて後悔されたら、こっちが申し訳ないわよ」

「そうだけど……」

「いいから、今度はこれを着てみなさい。その間に、また別の探してくるから」

「わ、分かったわ」

 ぐいっ、と押しつけられた下着を受け取り、カーテンを閉める。

 それをそのまま鏡越しに自分の体の前に重ねてみせる。

 やっぱり、どこか自分に合ってないと感じるのだった。


            ※


「どうかしら?」

「うわぁ、すごく綺麗だよ、ミュール」

 勢いよく開かれたカーテンの向こうで堂々と立つミュール。

 上半身だけを脱ぎ、ソラが選んだブラを付け、これでもかと言わんばかりに見せつけるようにして立つミュールに、ソラが感嘆の声を上げる。

「そ、そう? フフッ、ありがとう、ソラ」

 ブラの感想を聞いたのだけれど、とミュールは内心で思いながら苦笑した。 

「じゃあ、これにするわ」

 ミュールは上機嫌で試着したブラと、それとセットになっていたショーツを一緒にすると、

「会計を済ませてくるから、ちょっと待っててね」

「うん」

 そう言って、ミュールは会計を済ませるためにレジへ進んでいった。


            ※


 フィリスは、次はどれにしようかと悩みながらブラを手に取って眺めていると、その向こうに見えた見知った二人に、絶句した。

 まるで時が止まったかのような感じ。

 意識すらも抜け落ち、ただただ二人を視線で追うだけ。

 フィリスの視線の先にいるのは、我らがイリダータ・アカデミーの学長にして、四英雄のひとり――【水龍すいりゅう】の最高位を冠する最強の水使い――ミュール・ミラーその人だった。

(な、なんでここに学長が……いえ、それは別におかしなことじゃないわ。おかしいのは――)

 フィリスの視線が、試着室から出てくるミュールから、その前で向かい合うようにして立つ少年――ソラへ向けられる。

(なんでランジェリーショップに、よりにもよってソラがいるのよ!)

 男がいるだけでも混乱しかねないのに、それが顔見知りなのだ。

 しかも、そのソラがミュールと共にいる。

 その事実が、フィリスをさらに混乱の渦へと巻き込んでいった。

 ミュールとソラの関係は知っている。

 ソラは幼い頃に三人の母親に育てられた。

 その三人ともが四英雄であり、ミュールもそのひとりなのだ。

 二人は『学長と生徒』という関係よりも前に、『母親と息子』という関係性の方が強いため、校舎内でもソラは学長をミュールと呼んでいる。

 ミュールにしても、ソラを前にした時の表情は、他のどの生徒や教師にも見せない、母性を感じさせるような微笑みをよく浮かべている。

 そんな特別な関係であることを知る者は、極わずか。

 そのうちのひとりにフィリスも含まれている。

 だから、不思議ではないと思う一方で、休息日に二人がアルコイリスで買い物をするのもまったくこれっぽちも変ではない。

 だけど、よりにもよって――

(なんでここにソラを連れてくるんですか、学長!)

 全生徒の憧れの的といっても過言ではない、ミュール・ミラー。

 フィリスにしても、ミュールは憧れであり、目標なのだ。

 そんなミュールが、ソラをこの店に連れてくるなんて……。

 もしかしたら、自分が思っている以上に、学長はソラに対して甘いというか、溺愛しているのではないだろうか。

 耳に入る会話だって、ソラが選んでそれをミュールが着て――という展開以外のなにものでもない。

 別に、間違ってはいない。

 このランジェリーショップは、カームが懸念していたとおり、色も派手だし、装飾も多い。

 いわゆる機能的ではあるが、それと同時に異性に見られることを前提にデザインされているものが多いのだ。

 だが、それは女性からしても自信に繋がり、己の美に磨きもかかる。

 女性客の中には、確かに恋仲の男性を連れて来て選んでもらっている人もいる。

 それを見て、フィリスは嬉しいものなのだろうか? と思った。

 確かに見せることを前提で選ぶにしても、やっぱり自分が良いと思ったものを選びたいものだ。

 だが、こうして傍目から見るミュールを目の当たりにすると、そうでもないのかもしれない。

 少なくとも、我らが学長は、ソラに選んでもらった下着をえらく気に入っている様子だ。

(……もしかして)

 天啓――というものなのだろうか。

 閃いたのだ。

 ミュールが会計のため、ソラから離れていく。

 フィリスは手に持っていた下着をそっと戻すと、まるで忠犬のようにミュールを待つソラに、背後から近づくのだった。

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