第一章アフター 初めてのお買い物(3)
店に入ると、そこはとてもカラフルな世界だった。
思わず立ち止まって見てしまう。
「品質もそうだけど、品揃えもアルコイリス一よ」
隣に立つフィリスが自慢げに言う。
左から右へ視線を流すカームの視界に入るのは、すべて女性用下着なのだが、とにかくカームが思ってたのと違っていた。
「な、なんか、派手じゃない?」
「そう? むしろ種類が豊富で迷っちゃいそうだけど……」
そう言って、フィリスが目の前にあるものを手に取って振り返る。
「ほら、これなんてあなたにピッタリな色じゃない?」
フィリスが手に取って見せたのは、オレンジ色のブラとショーツのセットだった。
「なっ! そんな派手な色、つけられるはずないじゃない!」
思わず一歩引いてしまう。
「これで派手って……カーム、下着はその人を表すものなの。大事なのは、トータルコーディネートよ」
「とぉたるこぉでぃねぇと?」
聞いたことのない言葉をオウム返しに呟くカーム。
「つまり、その人らしい、その人らしさを引き立てるってことよ」
力説するフィリスに、もう一歩下がってしまう。
「そ、そうなの?」
「そうよ。カームは見た目が大人っぽいんだから、下着もこういう大人っぽい雰囲気の方が、絶対に似合うわよ」
正直、カームには何を選んでいいのか分からない。
だから、これが似合うと言われれば、そういうものなのかと受け取るしかないのだ。
それに、今回は自分からフィリスに頼み込んだのだ。
その相手の意見を聞かないというのは失礼にあたる。
「わ、分かったわ。今回はあなたに任せていいかしら?」
「勿論よ! 任せてちょうだい。絶対にあなたに似合うのを見つけてあげるわ」
そう言って、フィリスは踵を返し、「どれがいいかしら」「これもいいわね」「これも捨てがいた」「あ~迷っちゃう」「素材が良いと何でも似合っちゃいそうで困るわ~」と、当の本人を置いて店の奥へと入ってってしまった。
(頼む相手……間違えたかしら?)
そんなことを思いながら、フィリスの後をついていくのだった。
※
「ここが私の行きつけのお店よ」
立ち止まるミュールの隣で、その店を見上げるソラ。
そこには、ガラス越しに女性の下着が展示されていた。
「ここがそうなんだぁ。大っきなお店だね」
「ええ。品質、品揃え共にアルコイリス一なのよ」
「ここでミュールの下着を買うんだよね」
満面の笑みで訪ねてくるソラに、ふとミュールは思ったことを口にした。
「ええ……ところでソラは、こういった店に入るのは恥ずかしくないの?」
「ん? 下着が売ってる店なんだよね? それって恥ずかしいことなの?」
(うっ……)
まるでランジェリーショップに入ること自体が下心のあることだということを前提で話していた自分の方が恥ずかしくなってしまう。
しかし、ここまでソラが純真だったとは……。
あの二人は一体、どれだけこの子を純粋に育てのか、逆に気になってしまった。
まぁ、あの秘境の地にいれば、それも当然か。
「ミュール?」
考えごとに耽ってしまったのか、ソラが横から覗き込むように見上げてきた。
「な、なんでもないわよ。さぁ、入りましょうか」
「うん」
二人並んで店に入ると、そこに並ぶ品は相変わらず豊富で、色とりどりだった。
「わぁ~、いろんな色や形があるね、ミュール」
「ソラは、私にどんなのが似合うと思う?」
「ボク? う~ん」
ぴんと立てた人差し指を唇に当て、唸りながら次々と下着を眺めていくソラ。
ミュール同伴で、しかもソラが童顔で身長も低いことから、周りの客には、親子に見えているかもしれない。
中には、微笑ましくソラを行動を見守る婦人もいる。
まぁ、何と言っても自慢の息子だ。
つい見入ってしまうのも仕方がない。
そんなソラが、自分のことを思いながら、自分のために選んでくれているのだ。
これが嬉しくないわけがない。
当初の目的を忘れていないわけではないが、これはこれで自分にとって大事なことだ。
一般世間で息子に下着を選ばせそれを嬉々として着衣する母親というものがどういった印象を与えるかは知らないが、ミュール自身が嬉しいのだから、それでいい。
別に、ここに知り合いがいるわけでもなく、言いふらす気もない。
自分とソラだけの秘密だ。
「これなんてどうかな?」
そう言って、ソラが両手で上下がセットになった下着を持ってきてくれる。
「ありがとう、ソラ。それじゃあ、店員さんにお願いして、サイズが合うものを探してもらうから、ちょっと待っててね」
「うん」
ミュールは店員にソラの選んだものを渡すと、自分のサイズを告げ、それに合った大きさのものを受け取った。
「お待たせ、ソラ。じゃあ、試着してみるから、感想を聞かせてね」
「ボクの感想?」
「そうよ。こういった店で買う下着は、好きな人に見てもらうためのデザインでもあるのよ」
「そうなんだぁ。あっ、だから、ひらひらが付いてたり、隠す面積が小さかったり、やけに透けて見えるようなものもあるんだね」
「ええ、だからソラも、もし他の女性から意見を聞かれたら、恥ずかしくてもちゃんと答えてあげるのよ」
「うん。分かったよ、ミュール」
元気の良い返事を受け、ミュールは試着室に入り、カーテンを閉めた。
その前で、ソラは忠犬の如く待つのであった。




