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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
短編 虹色の日々Ⅰ
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第一章アフター 初めてのお買い物(1)

 イリダータ・アカデミーの最上級生である四年生になってから一ヶ月が経った休息日前日の夜。

(う~ん)

 カーマイン・ロードナイトは悩んでいた。

 悩んでいる理由は二つある。

 寮部屋にある姿見を前に映る自分の姿は、お風呂上がりともあり、就寝用のネグリジェ姿だった。

 肩紐タイプで、首筋から鎖骨、肩が剥き出しになっている。

 その姿は自分自身なのに、その姿に慣れない自分がいまだにいる。

 一週間前まで、カームは他人に素肌を――特に、いま意識している首筋から肩にかけての部分を見せることは絶対にしなかった。

 それが例え、自分で見る、鏡越しの自分だったとしても。

 幼い頃、カームは火のエレメントを暴発させ、体に大火傷を負った。

 それは胸部を中心に、首筋から鎖骨、そして腕にまで至り、下は下腹部あたりまで。

 死の淵を彷徨い、それでもカームは生き延びた。

 醜く爛れた火傷の痕を残しながら。

 身体的な外傷は治った。

 だが、心的な外傷は、ずっとカームの心に残り続けていた。

 それが、胸だ。

 大人になれば膨らむ乳房が、火傷によって引き攣った皮膚によって、その役割を完全に奪っていた。

 そう、一週間前までは――

 鏡越しに、自分の胸にそっと手を当てる。

 ネグリジェ越しに、二つの膨らみ。

 指先で触れると、柔らかく沈んでいく感触。

 自分の体の一部なのに、自分のものではないような、妙な感覚。

 嬉しかった。

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……。

 だが……浮かれてばかりもいられなくなったのだ。

「あ~、いいお湯だったわ」

 そうしているうちに、洗面所から同室のフィリス・アークエットが出てきた。

 ネグリジェ姿のフィリスの胸部を思わず見てしまったカームは、悟られまいとすぐに視線を逸らした。

 だが、その一瞬の視線を、フィリスは見逃すことなく、意味深な笑みを浮かべてきた。

「あらぁ? カーマイン・ロードナイトともあろう者が、人様の胸を覗き見るなんて」

「べ、別に見てないわよ。自意識過剰なんじゃない?」

 ふんっ、と視線を逸らしてみせるが、フィリスは立ち止まったままこっちを見ていた。

 その、まるで全部分かっているとでも言いたげな視線に、カームは折れた。

「フィ、フィリス……お願いがあるのだけれど……」

 そう言うと、フィリスは荷が下りたように息を吐き、ほんのり笑んで見せた。

「やっと言ってくれたわね。まぁ、この一週間のあなたを見ていて、何となく察しはついていたわ」

「う……」

 どうやら見通されていたようだ。挙動不審であったのは自覚していたが、フィリスにだけは隠し通せなかったようだ。

 だが、それが結果的に頼みやすい状況をつくってくれたのだが……。

「お願いしておいて図々しいかもしれないけど、このことは――」

「誰にも言わないわよ」

「ありが――」

「ランチ、奢ってくれたら、ねっ」

「……」

 意地悪な笑みを浮かべるフィリスに、言葉を失うカームであったが、ここは背に腹はかえられず、素直に従うしかない。

「わ、分かったわ」

「じゃあ、明日の午前中にね。なんだか今日はイイ気分だから、このまま寝るわね。おやすみ~」

 そう言って手を振りながら、フィリスが二段ベッドの上へのぼっていく。

 明日は、憂鬱な一日になりそうだ。

 これ以上気分が悪くならないよう、カームも早々にベッドに入るのだった。


            ※


 同時刻。

 イリダータ・アカデミーを出てアルコイリスを訪れたソラは、そのまままっすぐにミラー邸へ向かい、そこでミュールと共に過ごしていた。

 テーブルを挟んで、二人でつくった夕食を前に話を弾ませる。

「ねぇ、ソラ。明日、買い物に付き合ってくれない?」

「買い物? うん、いいよ」

 逡巡なく、満面の笑みで応えるソラ。

「どこに行くの?」

「う~ん、今回は着るものを買いに行きましょうか。ソラの私服も揃えたいし、私も少し買いたいものがあるし」

「ミュールが買いたいものって?」

「実はね……最近、少しきつくなってきたかなって思うようになったの」

「え?」

 そう言って、ミュールが照れたように両手をその大きな胸に押し当てる。

「それでね、ソラに選んでほしいなぁ~って思って」

 テーブルに身を乗り出すようにずいっと顔を近づけてニコッと微笑むミュール。

 テーブルにのせられた乳房が、その大きさを強調する。

「ボクでよかったら」

「ええ。明日が楽しみね」

 楽しそうに微笑むミュール。

 普段はイリダータの学長として、生徒や教師の前で堂々としていなければならない。

 だけど、こうしてソラの前にいるミュールは、学長としてではなく、育ての親として、そして母親として接してくれている。

 その笑顔も自然で、明日はめいっぱいミュールに楽しんでもらいたいと思い、ソラは張り切るのだった。

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