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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第一章 始まりの灯火
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第四話 標の光(7)

 意識を取り戻していたカームは、いまだ傷から溢れる血をどうにかしなければと思い、ひとつ案を思い浮かべた。

 だが、それは想像を絶する行為だ。

 父であるルカから聞いた戦争時の体験談のひとつ。

 思い浮かべただけで、気分が悪くなる。

 だが、目の前で闇に呑まれていく少年をどうにかしなければならない。

 そのためならば、これくらい!

 カームはエレメントを傷口に集めた。

 傷に沿うように赤いオーラが湧き上がる。

 震える唇で深呼吸。

 覚悟を決める。

 そして――震える指を鳴らした。

「――っ! くっ、ぁぁぁあああっ!」

 叫ぶ口を閉じようとするが、叫ばずにはいられなかった。

 オーラがそのまま炎となり、傷を焼いたのだ。

 出血が止まり、赤い霧が昇る。

 それが蒸発した血なのではないかと思ってしまうと、気分が悪くなった。

 すでに意識が朦朧とし、このまま意識を手放せたらどれだけ楽だろうかと思ったが、すぐに気持ちを切り替えた。

 何のためにこんな行為に及んだのだと体を鞭打ち、奮い立たせる。

 意識を刈り取ろうとする痛みと闘いながら、なんとか四つん這いになる。

 ソラが三人目を倒し、その矛先を失い、叫んだ。

(あんなの、少年らしくない)

 あの子は誰よりも優しくて、頑張り屋で、笑った表情が可愛くて、そんな少年を――

「穢、すな……」

 何とか立ち上がるも、傷の痛みで、胸を伸ばすことができない。

 背中を丸めたまま、何とか顔を上げる。髪が顔に張り付き、乱れる。

「ソラ……ソラ……」

 左手で傷を庇いながら、一歩、また一歩近づき、右手を伸ばす。

「闇に呑まれては……駄目よ……」

 ソラが、カームを見やり、手を伸ばしてくる。

 だが、その手はカームの手を掴むためではなく、攻撃の意思だった。

 ソラの手から黒混じりの緑色のオーラが沸き立つと同時に、カームの全身に傷が走った。

 ソラの動作で何かが来ると思ったカームはとっさに顔や首、胸を両腕で守ったが、その分、二の腕や足に何十という数の裂傷が走り、血で真っ赤に染まった。

 膝が折れる。

 だが、踏み留まる。

 倒れたら終わりだ。

 そして、それはカームだけでなく、ソラ自身の終わりを告げることにもなる。

(そんなのは、嫌っ!)

 それは無意識の行動だった。

 腕や脚の裂傷が、じゅっと音を立てる。

 一瞬で傷が焼かれ、塞がったのだ。

 カームはもはや半分無意識で動いていた。

 ただ、ソラを助けたいという一心だけが、カームを動かす全てとなっていた。

 ソラを覆う闇が、後ずさる。

 その視線の先に立つカームから、おびただしい量の赤いオーラが溢れ出ていたのだ。

「ソラ」

 カームが手を伸ばす。

 その手が発火した。

 手を呑み込んだ炎が腕へと伸び、そしてカームの体を、脚を、そして顔さえも包み込んでいく。

「ソラ」

 それでもカームは歩みを止めない。

 膨大な熱量を誇るひとつの炎となったカームが、ソラへと近づく。

 もはや言葉さえ失ったソラが、それでもその炎を恐れるように後ずさる。

 炎の中から、カームの顔だけがかろうじて浮かび上がる。

 その表情は憂い、そして慈しみに満ちていた。

「ソラ、怖がらないで」

 カームが一歩前へ、そしてソラが一歩後ろへ引こうとし――その足が止まった。

 闇が驚き、足下を見やる。


 ――ソラ、光を恐れないで。


 それは、ソラにとって二度と聞けないはずの声だった。

 ソラを諭し、導いてくれた地の最高位【破断はだん】を冠する母親のひとり。

 それがまるで死して尚、愛する我が息子を助けるかのように、ソラの足を土で掴んでいたのだった。

 足を固められたソラが、迫ってくる炎を恐れる。

 何度も首を振り、風の刃をがむしゃらにぶつける。

 だが、炎と化したカームに、風の刃はすり抜けるだけで効果はなく、炎に対して有効的な水も、レヴィとミュールの戦いで四散してしまい、まとまった水量が確保できなかった。

 地に関しては、まるで制御から外れたようにまったく応じない。

「ソラ、私はここにいる。キミと共にいる。いつまでも、だから――」

 帰ってきて。

 その想いだけを込め、カームはそっと、優しくソラを――闇を、抱きしめた。

「――――――!」

 声にならない声が、ソラを包む闇から発せられた。

 だがその声すらも炎に包まれた。


            ※


 ソラを呑み込んだ炎が高く高く燃え上がり、空を覆う闇へと燃え広がっていく。

 カームとソラを包む炎がやがてひとつとなり、火力を増す。

 オレンジ色の炎は、競技場すら呑み込む勢いで、それから発せられる熱は周囲のものすら溶かしてしまうほどだったが、その炎からはまったく熱が感じられなかったのだ。

 ミュールすらも水の壁を張るという考えにすら至らせないほどに、その炎は神々しかった。

 神聖、といってもいい。二人を焼いているはずの炎が、ミュールにはまるで闇を浄化しているように感じられた。

 何よりも、その炎から発せられる光には見覚えがあり、懐かしさに胸が痛んだ。


            ※


 闇のなかに差し込む小さな光。

 それに手を伸ばす。

 まるで標のようで、その光をそっと掴む。

 その光は温かかった。

 胸元に寄せ、手をゆっくり広げると、全身を光が照らし、自分の姿が見えた。

 一糸纏わぬソラを照らす小さな光。

 いや、これは火だ。

 小さな火が、光となり、ソラを照らしているのだ。

 ――ソラ。

 その火が大きく輝き、人の形を成す。

 ――カームさん。

 光によって白く照らされるソラの裸体。

 それに対し、自ら光を放つカームもまた一糸纏わぬ姿となっていた。

 言葉はいらない。

 目の前にいる――それだけで、こんなにも心が安らぎ、温かくなる。

 お互いに手を伸ばし、抱き合う。

 溶けるような感覚。

 それに身を委ね、二人の光はやがてひとつとなり、そして――


            ※

 

 まるで一滴の雫から広がる波紋のように闇が消え、闇に覆われる前に晴れ渡っていた青空が現れた。

 嘘のような晴天に、さっきまでの出来事が嘘のように感じられた。

 誰もが呆然としているなか、競技場で二人を見つけ、安堵する。

「ソラ!」

「カーム!」

 ミュールに続いてフィリスが競技場へ降り、倒れている二人に駆け寄る。

 遅れてエラとレイも追いかける。

「えっ!」

「ちょっ!」

 先に着いたミュールとフィリスが驚く。

 思わずと言った様子でフィリスが顔を手で覆い隠す。

「ソラは!」

 レイより一足先についたエラが急に立ち止まる。

「どうした!」

 その小さな後頭部にぶつかりそうになったレイが立ち止まり、横から覗き見ようとし、

「見ちゃだめぇぇぇえええっ!」

 振り向きざまに全力で放たれたエラの平手で吹っ飛び、意識を失った。

「よくやったわ、エラ」

 フィリスが親指を立ててみせる。

「私は何も見ていなかったわ」

 アカデミーの最高責任者も見て見ぬふりをする。

「それにしても」

 ミュールの視線の先に、二人の男女が抱き合うようにして横になっている。

「なんて破廉恥な」

 その言葉に、顔を真っ赤にする三人。

「でも」

 とフィリスがふと表情が綻ばせる。

「とても穏やかな顔だこと」

 まるで、温かい日差しの中で昼寝をしているかのような表情で、ソラとカームが裸で抱き合うようにして眠っていたのだった。

 一糸纏わぬその姿を隠すように、カームの赤毛が二人を包みこんでいた。

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