第四話 標の光(5)
ソラには見えていた。
あの刀の恐ろしさが――だから避けてと言った。
あれは防げるものではない。
受けてはならない。
風のエレメントによる風の刃。
それは、刀を触媒としてエレメントを極限まで鋭くし、あらゆるものを斬る絶対の刃とする。
その技は、東の果ての島国のある流派にのみ伝わるもので、だからこそ誰もが知らない。
ゆえに初見の者は防ごうとする。
エレメントの攻撃ならば、エレメントで防げると。
大戦時、エレメンタラーの間では、刀を帯びた者を見かけたら、見つかる前に逃げろと言われるほどだった。
その圧倒的な速度と攻撃力は、見つかったが最期、その者の命を終わらせるのだから。
今、目の前で倒れるカームのように――
「あ、ああ……」
隣で水龍を操るミュールが何かを叫んでいる。
後ろから肩を掴まれる。
レイとエラが、一緒に逃げようとソラの肩を引く。
だが、ソラはそれを振り払うように体を揺らし、そして跳んだ。
風のエレメントがソラの体を浮かし、一度の跳躍でカームに真横に着地、膝をつく。
「カーム……さん……」
仰向けに倒れた体。
地面には長い赤毛が広がっている。
カームの傷は、右肩から左脇にかけて袈裟懸けに斬られていた。
黒い制服で分かりにくいが、地面に血が広がるほどの出血量。
それでも、カームはかすかに息をしていた。
見た目の傷に反し、傷自体の深さは臓器に達していない。
それでも、この出血量ではいずれ死ぬ。
あの男はそういう風に斬ったのだ。
その命を弄ぶかのような行為に、ソラはキレた。
顔を上げ、刀を持つ男を睨み付ける。
「いい目です」
ジズが歓喜する。
「恐怖に憎しみ……それが力への糧となる。目の前の大切な者が死に行く恐怖! 守ることができなかった自身への憎しみ! そして、大切な者を奪った者への怒り!」
男はまるで演説するかのように仰々しく腕を動かし、声を張り上げる。
それがソラへの挑発であることは、傍から見れば一目瞭然だった。
だが、ソラはすでに聞く耳を持っておらず、しかし男の言う通りの感情を湧き上がらせていた。
(カームさんが死ぬ)
そんなのは嫌だ!
(ボクが守れていたら……)
傷つくことなんてなかった!
(お前が、お前が――)
カームさんをこんな目に!
「――っ、ぁぁぁぁぁぁああああああっ!」
ソラが慟哭する。
それに呼応するかのように、ソラの全身からオーラが爆発した。
そしてその色は、すべてを呑み込むような黒――闇の色だった。
※
「駄目よ、ソラ! 闇に呑まれては――」
ミュールの視線が、闇のオーラに呑まれていくソラに向けられる。
一瞬――その瞬く間の隙が九頭龍に伝わり、そしてレヴィの水龍の猛攻によって消滅させられてしまった。
「しまっ――」
「死ねぇぇぇえええっ!」
レヴィが叫ぶ。
そして一頭の水龍がミュールめがけて、まるで顎を開くかのように食いかかってきた。
「くっ!」
九頭龍ほどの規模を出すのは間に合わない。水の壁を――
そこまで思ったところで、まるでミュールの思考を先読みするかのように、水の壁が目の前に立ちのぼった。
「学長!」
横を見ると、フィリスだった。
彼女が水の壁を作り上げていたのだ。
「雑魚がっ! 弱すぎよ!」
レヴィの言葉通り、その壁はあまりに薄かった。
いや、イリダータの生徒だけで比べれば、十分に厚い。
だが、ミュールやレヴィのようなマスタークラスのさらに上に位置する者たちからすれば、それはやはり薄すぎた。
だが、それで十分だった。
水龍が壁にぶつかり、一秒にも満たない抵抗の後、突き破られていく。
フィリスが驚きに後ずさる。
その表情は恐怖ではなく、悔しさで溢れていた。
この状況でなお、自分の力不足、不甲斐なさを感じている。
惜しい。
こんな将来性のある水使いを、絶対に失わせてはいけない。
(ありがとう、フィリス)
一瞬の抵抗――それだけで、ミュールには十分だった。
フィリスが作り出した水の壁をそのまま利用し、その厚みを増させる。
突き破ろうとした水龍を押し出し、拮抗状態を保つ。
「あんたなんかに、やられる、もの、ですか!」
「こ、のおっ!」
水使いの最高位【水龍】と対等に渡り合う、闇の水使いの女。
防御に徹しながらも、ソラのことが気になって仕方がない。
フィリス以外の二人の一年の生徒も、逃げだそうとはせず、ソラの方を見つめている。
(ソラ、闇に呑まれては駄目! お願い、誰でもいい、ソラ……あの子を……)
――守って!
その心の叫びに、ふっと懐かしい風が吹いた気がした。




