第四話 戦嵐豪雨(5)
「ソラ、起きて!」
抱きしめたまま、カームが必死に呼びかける。
だが、ソラが目を開ける様子はない。
焦りに、ソラとミュールを交互に見やる。
まさかの自体が起きてしまった。
ミュールが風子に敗れ、そして今まさに目の前で斬られようとしている。
何もできない自分が歯がゆく、一縷の可能性に縋るように、カームは何度も何度もソラの体を揺すり、呼びかけた。
「お願いよ、ソラ。目を覚まして! 学長が――あなたの母親が、殺されてしまうわ」
抱きしめる体が、カームの赤のオーラによって火照っていく。
「……ぅ」
かすかに、声が聞こえた。
この暴風雨のなか、気のせいではないかと思うほどの、蚊の鳴くような声。
体を離し、正面からソラを見据える。
「ソラ、私の声が聞こえる? 聞こえているなら、すぐに目を覚まして!」
肩を掴んで前後に揺らし、目を開けさせようとする。
すると、ソラの閉じられた瞼が動き出したのだ。
閉じられた瞼の向こうで、目がせわしなく動き回っていた。
それは目覚めの兆候かもしれないが、如何せん時間がない。
風子は、まるで何かに抑えられているかのように、振り下ろした腕を止めてたいたのだ。
気になって仕方がないが、ソラを起こさなければ、本当に間に合わなくなる。
「ソラ、早く目を覚まして! ソラ! ソラッ!」
暴風雨にも負けないように、カームは何度も何度も叫ぶのだった。
※
誰かが呼んでいるような気がする。
『ソラ』
気が付くと、目の前に楓がいた。
だから、夢なんだと思った。
『その通り。いま目の前にいるのは、お前の夢のなかの私だ』
「どうして、楓がボクの夢のなかに?」
『ああ? そんなの決まってるだろ。お前を起こすためだよ』
「起こす?」
『ああ、聞こえてないのか? さっきからお前を呼ぶ声が……』
そう言われて耳を澄ますと、
――ソラ、起きて!
「本当だ」
「――じゃねーよ。まったく」
楓が呆れながらため息を吐く。
『いいから、さっさと起きろ』
「でも、せっかく夢の中で会えたんだから、もっと一緒にいたいよ」
『ふ・ざ・け・る・な! 夢の中でなら、いつだって会える。だけど、現実で失ったら、一生後悔することになるんだぞ』
――お願いよ、ソラ。目を覚まして!
「この声……カームさんっ!」
『やっと分かったか、バカ息子』
――学長が――あなたの母親が、殺されてしまうわ。
「――ッ! ミュールが――!」
『やっと思い出したか。ほら、さっさと目を覚まして助けに行け』
「うん。分かった。ありがとね、楓」
『あ?』
「夢の中でも楓に会えたこと、すごく嬉しかった」
『私もだよ』
そう言ってお互いに笑みを浮かべる。
「行ってくる!」
『おう、全速で行ってこい!』
踵を返し、走るソラ。
その背中を、楓が全身全霊を込めて叩くのだった。
※
それは目にも止まらぬ――いや、目にも映らぬ速さだった。
拮抗は数秒。
抑えが取れたかのように、再び刀が振り下ろされる。
風子が振り下ろした『音無』がミュールを斬る寸前、
――キィィィィィィン。
差し込まれた『千鳥』が、『音無』を止めていた。
「なにっ!」
ぶつかり合う刀と刀とが響き合い、間近で顔を合わせるソラと風子が睨み合う。
「よくも――!」
ソラが刀を水平に、振り下ろされた刀を止めながら、食いしばる歯の間から呻く。
あと数センチでも下ろされていたならば、その刀はミュールの頭部を割っていた。
まさに刹那の攻防であり、だからこそ、ソラは悔しい思いでいっぱいだった。
気を失っていたこともそうだが、本気で風子がミュールに刀を振り下ろしたこと。
それが、悔しくて堪らなかった。
夢の中で楓が叩き起こしてくれなければ、ソラは一生後悔することになっていただろう。
「よくも、ミュールを――!」
ソラはそれらの思いを込めた怒声を上げ、風子の刀を押し返した。
「――ッ!」
風子が飛び退り、ソラを警戒する。
「ソラ……」
ミュールの声に、ソラは肩越しに振り返った。
「ごめん、ミュール。ボクのせいで……」
「いいのよ。こうして守ってくれたわ……」
気が抜けたように、ミュールの体から力が抜けていく。
「あとは……お願い……」
ミュールが気を失い、倒れる。
「ミュール!」
ソラは即座に膝をつき、ミュールの頭を抱えると、倒れるのを防いだ。
「ミュールをお願いします!」
風子を近づけさせないよう睨みながら、後方へ声を飛ばす。
泥水を走る音が複数聞こえ、フィリスとクリス、そしてカームがミュールを囲う。
「カームは頭の方を、クリスは足をお願い」
フィリスが指示を飛ばす。
「ソラ、あとは任せて」
抱えていたミュールをカームに託す。
カームはミュールの背中から抱き、クリスが脚の下に手を入れるのを確認すると、同時にミュールを持ち上げた。
意識のないミュールの手がぶら下がり、水を吸った服から雫が落ちる。
「傷は、ここね」
カームとクリスが控室の方へ移動する傍らで、フィリスがミュールの傷に手を当て、手のひらから青のオーラを発生させる。
ミュールを含めた四人が闘技場からいなくなるのを確認したソラは、そこで改めて風子と対峙した。
「風子さん……」
「ソラ……」
相対する風子は、あまりにも変わり果てていた。
その右手に握られた刀は、決闘のときのモノとは違い、闇を纏っていた。
「その刀……」
「これか? この刀は凄いぞ。手に持った瞬間に感じた。力が溢れてくる」
風子の表情が、歓喜に満ちる。
「その刀を手放す気はありませんか?」
「それは、私にこの力を捨てろと言うことか?」
「そうです。風子さんには、風子さんの刀があります」
「あんなの……ただの練習用の――」
「違います」
風子の言葉を遮って、ソラは否定した。
「風子さんが使っていた刀は、風子さんのための刀なんです。長さも、重心も、刃の反り具合も、すべてが風子さんに合わせて造られたものなんです」
「どうしてキミが、そんなこと分かる!」
激昂する風子に対し、ソラは穏やかな表情をし、
「だって、風子さんが抜刀したときの風切り音が、良い音だったから」
「――ッ!」
その言葉に、風子の脳裏に楓の声が甦る。
――良い音だった。
風子は、もの思いに耽ってしまっていたことに気づき、頭を振った。
「だから何だというのだ! キミだって、『千鳥』を使っているじゃないか!」
「これは、託されたものだから。だけど、風子さんのそれは違う! 風子さんは本当に、自分の意思でそれを使っているんですか?」
「な、なにを――」
「風子さんはその刀を理解しているんですか?」
「そんなこと、関係……」
「いえ、大切なことです。だって、刀使いにとって刀は、ただの道具なんかじゃない。パートナーなんです」
「パートナー?」
「そうです。刀は斬るために造られたもので、だからこそ扱いにおいて慎重にならないといけない。だから、刀を抜くときは、使い手もまた、覚悟しなくちゃいけないんです」
「覚悟……」
「相手を斬る覚悟。命を奪う覚悟。刀に斬らせる覚悟。刀に命を奪わせる覚悟」
「そんなもの、背負い必要などない!」
まるで子供が駄々をこねるように、風子は叫んだ。
「刀は道具だ! 斬れるか――ただそれだけでいい。必要なのは力だ! 力がなければ意味がない。私が、私でいられない! 力こそが全てなのだ!」
「それなら……」
ソラが、刀を納刀する。
そして――
「もう一度、決闘をしましょう」
抜刀する構えをとった。
「その代わり、今度は『死合』です」
「……いいだろう。受けて立つ」
そう言って風子が受けたと同時。
「――ッ!」
一変――ソラの気配が完全に変わった。
「ボクも覚悟を決めました。だから、風子さんも覚悟してください」
風子は刀を肩に背負うような型を取ると、両手で柄を握った。
「斬る覚悟を、か?」
「いえ」
皮肉を込めた風子に、ソラは極めて冷静に否定し、
「斬られる覚悟を、です」
そう言って、ソラの全身から緑のオーラを溢れ出すのだった。




