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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第四話 戦嵐豪雨(5)

「ソラ、起きて!」

 抱きしめたまま、カームが必死に呼びかける。

 だが、ソラが目を開ける様子はない。

 焦りに、ソラとミュールを交互に見やる。

 まさかの自体が起きてしまった。

 ミュールが風子に敗れ、そして今まさに目の前で斬られようとしている。

 何もできない自分が歯がゆく、一縷いちるの可能性に縋るように、カームは何度も何度もソラの体を揺すり、呼びかけた。

「お願いよ、ソラ。目を覚まして! 学長が――あなたの母親が、殺されてしまうわ」

 抱きしめる体が、カームの赤のオーラによって火照っていく。

「……ぅ」

 かすかに、声が聞こえた。

 この暴風雨のなか、気のせいではないかと思うほどの、蚊の鳴くような声。

 体を離し、正面からソラを見据える。

「ソラ、私の声が聞こえる? 聞こえているなら、すぐに目を覚まして!」

 肩を掴んで前後に揺らし、目を開けさせようとする。

 すると、ソラの閉じられた瞼が動き出したのだ。

 閉じられた瞼の向こうで、目がせわしなく動き回っていた。

 それは目覚めの兆候かもしれないが、如何せん時間がない。

 風子は、まるで何かに抑えられているかのように、振り下ろした腕を止めてたいたのだ。

 気になって仕方がないが、ソラを起こさなければ、本当に間に合わなくなる。

「ソラ、早く目を覚まして! ソラ! ソラッ!」

 暴風雨にも負けないように、カームは何度も何度も叫ぶのだった。


            ※


 誰かが呼んでいるような気がする。

『ソラ』

 気が付くと、目の前に楓がいた。

 だから、夢なんだと思った。

『その通り。いま目の前にいるのは、お前の夢のなかの私だ』

「どうして、楓がボクの夢のなかに?」

『ああ? そんなの決まってるだろ。お前を起こすためだよ』

「起こす?」

『ああ、聞こえてないのか? さっきからお前を呼ぶ声が……』

 そう言われて耳を澄ますと、


 ――ソラ、起きて!


「本当だ」

「――じゃねーよ。まったく」

 楓が呆れながらため息を吐く。

『いいから、さっさと起きろ』

「でも、せっかく夢の中で会えたんだから、もっと一緒にいたいよ」

『ふ・ざ・け・る・な! 夢の中でなら、いつだって会える。だけど、現実で失ったら、一生後悔することになるんだぞ』


 ――お願いよ、ソラ。目を覚まして! 


「この声……カームさんっ!」

『やっと分かったか、バカ息子』


 ――学長が――あなたの母親が、殺されてしまうわ。


「――ッ! ミュールが――!」

『やっと思い出したか。ほら、さっさと目を覚まして助けに行け』

「うん。分かった。ありがとね、楓」

『あ?』

「夢の中でも楓に会えたこと、すごく嬉しかった」

『私もだよ』

 そう言ってお互いに笑みを浮かべる。

「行ってくる!」

『おう、全速で行ってこい!』

 踵を返し、走るソラ。

 その背中を、楓が全身全霊を込めて叩くのだった。


            ※


 それは目にも止まらぬ――いや、目にも映らぬ速さだった。

 拮抗は数秒。

 抑えが取れたかのように、再び刀が振り下ろされる。

 風子が振り下ろした『音無(おとなし)』がミュールを斬る寸前、

 

 ――キィィィィィィン。


 差し込まれた『千鳥(ちどり)』が、『音無(おとなし)』を止めていた。

「なにっ!」

 ぶつかり合う刀と刀とが響き合い、間近で顔を合わせるソラと風子が睨み合う。

「よくも――!」

 ソラが刀を水平に、振り下ろされた刀を止めながら、食いしばる歯の間から呻く。

 あと数センチでも下ろされていたならば、その刀はミュールの頭部を割っていた。

 まさに刹那の攻防であり、だからこそ、ソラは悔しい思いでいっぱいだった。

 気を失っていたこともそうだが、本気で風子がミュールに刀を振り下ろしたこと。

 それが、悔しくて堪らなかった。

 夢の中で楓が叩き起こしてくれなければ、ソラは一生後悔することになっていただろう。

「よくも、ミュールを――!」

 ソラはそれらの思いを込めた怒声を上げ、風子の刀を押し返した。

「――ッ!」

 風子が飛び退り、ソラを警戒する。

「ソラ……」

 ミュールの声に、ソラは肩越しに振り返った。

「ごめん、ミュール。ボクのせいで……」

「いいのよ。こうして守ってくれたわ……」

 気が抜けたように、ミュールの体から力が抜けていく。

「あとは……お願い……」

 ミュールが気を失い、倒れる。

「ミュール!」

 ソラは即座に膝をつき、ミュールの頭を抱えると、倒れるのを防いだ。

「ミュールをお願いします!」

 風子を近づけさせないよう睨みながら、後方へ声を飛ばす。

 泥水を走る音が複数聞こえ、フィリスとクリス、そしてカームがミュールを囲う。

「カームは頭の方を、クリスは足をお願い」

 フィリスが指示を飛ばす。

「ソラ、あとは任せて」

 抱えていたミュールをカームに託す。

 カームはミュールの背中から抱き、クリスが脚の下に手を入れるのを確認すると、同時にミュールを持ち上げた。

 意識のないミュールの手がぶら下がり、水を吸った服から雫が落ちる。

「傷は、ここね」

 カームとクリスが控室の方へ移動する傍らで、フィリスがミュールの傷に手を当て、手のひらから青のオーラを発生させる。

 ミュールを含めた四人が闘技場からいなくなるのを確認したソラは、そこで改めて風子と対峙した。

「風子さん……」

「ソラ……」

 相対する風子は、あまりにも変わり果てていた。

 その右手に握られた刀は、決闘のときのモノとは違い、闇を纏っていた。

「その刀……」

「これか? この刀は凄いぞ。手に持った瞬間に感じた。力が溢れてくる」

 風子の表情が、歓喜に満ちる。

「その刀を手放す気はありませんか?」

「それは、私にこの力を捨てろと言うことか?」

「そうです。風子さんには、風子さんの刀があります」

「あんなの……ただの練習用の――」

「違います」

 風子の言葉を遮って、ソラは否定した。

「風子さんが使っていた刀は、風子さんのための刀なんです。長さも、重心も、刃の反り具合も、すべてが風子さんに合わせて造られたものなんです」

「どうしてキミが、そんなこと分かる!」

 激昂する風子に対し、ソラは穏やかな表情をし、

「だって、風子さんが抜刀したときの風切り音が、良い音だったから」

「――ッ!」

 その言葉に、風子の脳裏に楓の声が甦る。


 ――良い音だった。

 

 風子は、もの思いに耽ってしまっていたことに気づき、頭を振った。

「だから何だというのだ! キミだって、『千鳥(ちどり)』を使っているじゃないか!」

「これは、託されたものだから。だけど、風子さんのそれは違う! 風子さんは本当に、自分の意思でそれを使っているんですか?」

「な、なにを――」

「風子さんはその刀を理解しているんですか?」

「そんなこと、関係……」

「いえ、大切なことです。だって、刀使いにとって刀は、ただの道具なんかじゃない。パートナーなんです」

「パートナー?」

「そうです。刀は斬るために造られたもので、だからこそ扱いにおいて慎重にならないといけない。だから、刀を抜くときは、使い手もまた、覚悟しなくちゃいけないんです」

「覚悟……」

「相手を斬る覚悟。命を奪う覚悟。刀に斬らせる覚悟。刀に命を奪わせる覚悟」

「そんなもの、背負い必要などない!」

 まるで子供が駄々をこねるように、風子は叫んだ。

「刀は道具だ! 斬れるか――ただそれだけでいい。必要なのは力だ! 力がなければ意味がない。私が、私でいられない! 力こそが全てなのだ!」

「それなら……」

 ソラが、刀を納刀する。

 そして――

「もう一度、決闘をしましょう」

 抜刀する構えをとった。

「その代わり、今度は『死合』です」

「……いいだろう。受けて立つ」

 そう言って風子が受けたと同時。

「――ッ!」

 一変――ソラの気配が完全に変わった。

「ボクも覚悟を決めました。だから、風子さんも覚悟してください」

 風子は刀を肩に背負うような型を取ると、両手で柄を握った。

「斬る覚悟を、か?」

「いえ」

 皮肉を込めた風子に、ソラは極めて冷静に否定し、

「斬られる覚悟を、です」

 そう言って、ソラの全身から緑のオーラを溢れ出すのだった。

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