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空使いとアルカンシェル  作者: 天瀬 智
第三章 疾風の来訪者
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第三話 長い夜の決闘(5)

 曇天の暗さとは違う、空そのものが暗くなっていく。

 厚い雲の向こうでは、日が沈んでいるのだろう。

 そして、風が強まり、ぽつぽつと降っていた雨が、唐突に本降りとなった。

 フィリスは、控室に移動するように提案すると、エラとレイが移動を開始する。

「カームさん」

 クリスの声に、二人の背中を見送っていたフィリスは振り返った。

 風に髪が顔にかかるのを押さえると、クリスがカームに呼びかけていた。

 だが、風の吹かれようとも、雨に打たれようとも、ソラから託された刀を抱き、じっと二人の決闘の行方を見守っているカームは動こうとはしなかった。

「カーム、控室に移動するわよ」

 クリスに代わってカームの横に立ち、その肩を掴む。

 それでも、カームは動かなかった。

「嵐が来てるの。ここにいたら危ないし、風邪をひいてしまうわ」

 カームは反応を示さず、フィリスは多少強引でも体を揺すろうか、と思った瞬間、肩に触れる手に熱を感じたのだ。

 よく見ると、カームの全身から仄かに赤いオーラが発生しており、それを体を温める熱としていたのだ。

 全身がずぶ濡れになりつつあるフィリスやクリスと違い、カームの服は乾いているとまではいかなくとも、濡れている様子がなかった。

 それは、火使いの基本である熱の遮断の応用だった。

 今のカームは、全身に火のエレメントによる熱の膜をつくっており、それによって雨から身を守っているのだ。

 カームの様子からして、意識してやっているとは思えなかった。

 無意識だが、心の奥底で、ソラの決闘を見逃したくないという気持ちが、そうさせたのだろう。

「フィリスさん、どうしますか?」

 クリスが不安げな表情をするも、カームは絶対にこの場から動かないだろう。

 ここで自分たちが意地になっても意味がない。

 ここに留まるほどに体を濡らしてしまうのは、自分たちなのだ。

「カームは心配ない。私たちも早く避難しましょう」

「……はい」

 フィリスに促されて、クリスも踵を返し、闘技場内の通路に通じる階段へと向かった。

 その頭上で、真っ暗な雲と大きな雨粒、そして横なぶりの風が荒れ狂う。

 その空が、目も眩むような光で覆われた。

 思わず足を止めるフィリスとクリスが顔を上げると、その一瞬後に、轟音が響いた。

「な、なんなんですか?!」

 思わずと言った様子でフィリスの背中にしがみつくクリスに、

「雷よ」

 空を見上げていたフィリスが呟いた。

「これが……」

 空を、白い光の線がじぐざぐに走り抜ける。

 光、そして轟音。

「危険よ、早く中に!」

 クリスの背中を押し、先を行かせると、フィリスは振り返った。

 ひとり観客席に残ったカーム。

 雷は、高いところに落ちると聞く。

 誰もいない観客席で、一人だけ座っているカーム。

 だが、それでもカームは動かないだろう。

 それでも、何もせずにここを立ち去るのは、忍びなかった。

「カーム! 雷よ、気をつけなさい!」

 両手で口の周りを覆い、雨風と雷に負けないよう声を張り上げた。

 だが、カームは動かない。

 それでも、聞こえてはいただろうと自分に言い聞かせ、振り返ろうとしたフィリスの視線の端に、カームが片手を肩と同じ高さまで上げたのが見えた。

 それが、カームの精一杯なのだろう。

 でも、それを見れただけでもフィリスは満足だった。


            ※


 イリダータ・アカデミーが創設されて十年。

 土砂降りの雨が降ったり、体がもっていかれそうになるほどの風が吹くことは一年のうちに一度や二度はあったが、大陸中央部に位置するここは、年中を通して四季はあるものの、比較的おだやかな気候である。

 だから、この日の天候は、のちの記録にも記されるほどの暴風雨で、アルコイリスでは生徒たちが帰れず、宿は潤い、それ以外の店舗は早々に店じまいをするほどだった。


 西側控室に向かったフィリスとクリスは、そこでタオルを用意していてくれたエラとレイから受け取り、濡れた髪を拭いた。

「カーマインはどうしたの?」

 カームの姿がないことに、ミュールが訝しむ。

 フィリスが首を振って見せると、ミュールはあからさまに溜息をついて見せた。

「学長、この決闘はどうなるんですか? 中止にはしないんですか?」

 エラの問いに、誰もが注目する。

 その口調は、問いただすというよりも、これを口実に中止にしてほしいと懇願していることは、誰の耳にも届いている。

 この決闘は、試合ではなく、死合なのだ。

 そんな常軌を逸したことを平然と申し出て、そして受けた二人。

 どうしてそんなに命を軽んじることができるのか、エラを含めたここにいる誰もが分からないのだ。

「中止にはできないわ」

「そんな……」

 ミュールの言葉に、エラが落胆する。

「それが、仕来しきたりなのよ」

「仕来り、ですか?」

「ええ」

 フィリスの言葉に、ミュールが頷いて見せる。

「楓が言っていたわ。島国の人間は、礼儀を重んじ、伝統を継承し、約束の反故を嫌う。そして刀使いは、自分たちの祖先がさむらいと呼ばれていた時代の風習に則り、名誉を誇り、恥を何よりも嫌う」

「負けたことが恥で、それは生きるよりもみっともないことだとでも言うんですか?」

「ええ。少なくとも、楓はそう言っていたわ。『敗者を斬り、恥をかかせないことが、礼儀であり、せめてものはなむけとなる』ともね」

「馬鹿げてます……」

 なぜか悔しくなって、フィリスはこぶしを握り、歯を食いしばった。

「そんなの、絶対におかしいです!」

「ええ。その感覚は私にも分からないものなのよ」

 ついミュールに当たってしまったが、学長は教えてくれただけなのだ。

「ごめんなさい。でも……そんなの……何の意味もない」

 フィリスは顔を打つむかせた。

 負けは終わりではない。

 負けたことで、敗者は学び、向上する。

 恥さえも上にのぼるための動力源とし、次こそは負けない力を身に付けるのだ。

 その機を潰すなど、馬鹿げている。

 この決闘は、おかしいのだ。

「この決闘は、ただの試合じゃない。東雲の当主を守るか、奪うか。いわば、現当主に挑むこと自体が、反旗をひるがえしたことと道義なのよ。この決闘は、それを形式化しているだけにすぎない。だから、敗者を斬らなければならない。現当主は裏切り者の粛清のため、反旗を翻したものはその地位を奪うため」

「……」

 フィリスはもう何も言えなかった。

 風子は少し変わった子だった。

 それが島国独特の文化のせいだと思っていた。

 だが、その独特の文化というものは、どこまでも大陸とは異質な存在だったのだ。

 いや、異質なのは、東雲という一族なのだろうか。

 そこに生まれ、そこで育った風子にとっては、それが当たり前で、むしろ、死して散ることすらも本望と思っているのかもしれない。

 だけど、それが風子でなければならない理由はない。

「他に……風子以外に当主になる人はいなかったのでしょうか……」

 ひとりごとのように呟くフィリスの言葉に、ミュールが思った以上に反応していた。

「あなたたちは知らないのね」

「え? なにが……ですか?」

 ミュールが言うか言うまいか悩んでいる。

「学長、教えてください。風子さんには、何か特別な事情でもあるんですか?!」

 クリスが問い詰めるように声を上げる。

 沈黙が流れる。

 やおら、ミュールがゆっくりと息を吐き、そして語り出す。

「四大戦争時、島国では二つの流派が繁栄していたの。それが東雲、そしてもうひとつが南雲なぐも。二つの流派は、共に刀と風のエレメントを融合させた独自の技術を発展させた。東雲の二ノ太刀不要(にのたちいらず)がそれに当たるわね。東雲と南雲は犬猿の仲で、流派同士での争いも絶えなかった。特に南雲は貪欲で、四大戦争に刀使いを出征させて、莫大な利益を生み出していた。逆に、東雲は刀使いとしての力を、己を高めるための手段として用いていた。南雲の刀は殺人剣であり、東雲の刀は活人剣なのよ。だけどその分、東雲の方がその技術を極めることに妄執していて、速さこそが最強であり、最強こそが当主の証だった。当時の楓は、東雲一族の中でも歴代最強と言われていて、当時の当主自らが宝刀を託したと言っていたわ。そして……風子が生まれた年に、惨劇が起きたのよ」

 長らく語っていたミュールが一度、言葉を止める。

 この先を聞く覚悟があるか――そう視線で問いかけるミュールに、しかし誰もその場から立ち去ろうとはしなかった。

 それを確認したミュールが再開する。

「東雲に楓という存在がいたように、南雲にも同じころ、風雲児ふううんじが現れたの。その男の名前は、南雲雷禅(なぐもらいぜん)。四大戦争で大陸本土に出征し、数多のエレメンタラーを斬り殺した冷酷非道な男。南雲雷禅(なぐもらいぜん)は、戦争で常軌を逸し、敵味方構わず殺すようになり、力を求めるようになった。そして、自分こそが最強だと証明するため、島国に戻り……」

 ミュールが言葉を切る。今度のそれは、ミュール自身が言い淀んでいるのだ。

「南雲を一族郎党皆殺しにしたのよ」

「――ッ!」

 誰もが声を上げず、しかし、その表情が衝撃に見舞われていた。

「だけど、それでも南雲雷禅(なぐもらいぜん)は満足できず、そして目を付けられたのが楓だったの。南雲雷禅(なぐもらいぜん)は東雲の屋敷を襲撃し、片っ端から東雲の人間に挑み、全員を斬り殺した。楓は屋敷を離れていた。あのとき自分が屋敷にいれば、誰一人として死なせなかった――楓はそう言っていたわ」

 その言葉に、誰もが顔を伏せる。

「助けられたのは、妹の椛だけ。だけどその椛も、その場にいなった楓に伝言を伝えるために生かされていただけで、その惨劇と夫を目の前で殺されたショックで、妊娠していた椛はその場で出産したらしいわ」

「それが……風子」

 フィリスの呟きに、ミュールが頷く。

「楓は、南雲雷禅(なぐもらいぜん)が再び大陸本土に戻ったことを椛から聞かされた。だけど、椛と赤子を放っておくこともできず、落ち着くまでは世話をし、それから復讐の旅に出たのよ。そこで、ノアや私たちと出会ったのよ」

 明かされる、四英雄のひとり――東雲楓の過去。

「だから、東雲で生き残っているのは、楓と椛、そして風子の三人だけ。だから風子は、自分こそが東雲を再興させるのだと背負っているのね」

「まだ十八なのに……」

「そうね。それに、戦争は終わった。あの不毛で無意味な殺し合いは、もう二度と起こらないし、起こさせはしない。だから、あなたたちが殺し合いをするなんてことは、私は絶対に許容することはできない。それでも、私にはあの二人の決闘に口を挟むことはできない。私にできるのは、ソラを信じることだけ」

「ソラを?」

「ええ、あの子は何か考えている。そう私に教えてくれた。『安心して』って。だから、私はあの子に任せることにした。これからは、私たちのような戦争を経験した大人ではなく、平和だけを知るあなたたちの世代の選択、そして決断が大事なの」

 それっきり、ミュールは口を閉ざし、闘技場の方へと目を向けた。

 夜、そして雨と風、さらに雷。

 それらに晒されながら、半日が過ぎたころ、いまだに二人に動きはなかった。

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