010 別れ
翌日、二人は朝食を済ませると再び町へと出た。
前日に言ったとおり、学者に石を見せるつもりである。
「さてと、そうは言うものの学者なんてどこにいるのやら」
「学者さんは学校にいるんじゃないですか?」
「学校にいるのは教師だろう。だいたい学校なんてあるのかね」
港町である、学問には縁が無さそうであった。
とりあえず、繁華街を歩く。何か情報を得られそうな所がないかを探すためである。
そんな二人に声を掛けてきた者がいた。
「失礼、そちらのお嬢様はあなたのお連れ様でしょうか?」
見れば、どこかの大金持ちか貴族に仕える執事といったいでたちの男である。細身で背が高く、柔和な顔立ち。それ以上に特徴的なのは頭の上の犬耳と大きな尻尾である。
「あんたは?」
マリイを背後にかばい、警戒心も露わにユージが尋ねると、
「失礼致しました、わたくしは北の島でティスラー家に仕えさせていただいておりますラーダットと申します」
ラーダットと名乗ったその男は、ティスラー家の事情を物語った。
「今の当主様におかれましては、お嬢様が一人いらっしゃったのですが、9年前に南の島へ船でご旅行に出られたきり、行方不明になってしまわれました」
そうして懐から似顔絵を差し出し、
「これがお嬢様…リンダ様の似顔絵です」
そしてマリイを見つめ、
「そちらのお嬢様が良く似ていらしたものですから」
その似顔絵を見たマリイは驚く。
「これ…母さまです!」
「やはりそうですか、ではあなたさまはリンダ様のお嬢様。リンダ様はどうしていらっしゃいますか?」
そう聞かれたマリイは悲しげな表情になり、
「母さまは…もういません」
それでラーダットは全てを察したらしい。
「…そうですか…まことに残念です、ではお嬢様、お名前を教えていただけますか?」
「マリイ、です」
「マリイ様。それでは、これからわたくしと一緒にティスラー家へお帰りいただけますでしょうか?」
「えっ…」
突然の申し出に驚き、マリイはユージを顧みる。
「よかったじゃないか、マリイ。お前の家族が見つかって」
マリイは涙ぐみ、
「わたし…やっぱり母さまは北の島出身だったんですね、ユージさんのおっしゃったとおりでした」
「そうらしいな、本当によかったな、マリイ」
にこやかにユージが応じる。そこへラーダットが、
「それでですね、実のところ、当主様のお身体の具合があまりよろしくなくてですね、一刻も早くお引き合わせしたいのですよ」
そんなことを言った。
「そうですか、…そういうわけだからマリイ、これでお別れだな」
ユージがそう言うとマリイは泣きそうな顔で、
「ユージさん…」
ユージの袖を摘んだまま俯く。
「なに泣きそうな顔してんだよ。お前の家族の所へ行けるんだぞ」
「はい…」
ユージはラーダットに、
「マリイの荷物が俺の船にあるから取って来るよ。そっちの予定は?」
「はい、チャーターした船が港に待たせてあります」
「わかった」
* * *
一時間後、港にて。
チャーターした船というのは小型の客船であった。北の島までだいたい1週間、乗り心地は良さそうである。
「ユージ様、いろいろとマリイ様がお世話になりましたようですね、戻り次第ティスラー家からお礼をお送り致しますので」
そう言うラーダットだがユージは、
「お礼がほしくてマリイの世話をしたんじゃないからいらないよ」
横でユージを見つめていたマリイは、
「ユージさん、いろいろとお世話になりました」
そう言って深々とお辞儀をした。ユージも笑って、
「おう、短い間だったけど楽しかったぜ、幸せになれよ」
そんなユージにマリイは、
「…ちょっとこちらへいらして下さい」
と俯いて言う。ユージはマリイに近づき、しゃがみ込み、マリイの顔をのぞき込むようにして、
「ん? 何だ?」
するとマリイはユージの顔を両手で包む込み、その額にそっとキスをした。
「マリイ…?」
驚いて見つめるユージにマリイは、
「わたし…まだ、年頃じゃないですけど…」
と言った。ユージは優しい微笑みを浮かべ、
「そっか、冗談で言ったあの言葉、憶えていてくれたのか。サンキュ、マリイ。いつか遊びに行くよ」
ユージがそう言うとマリイは目に涙を一杯に溜め、
「わたし…忘れません、ユージさんとの2日間…、忘れません、ユージさんのやさしさ。忘れません、ユージさんの事!」
叫ぶようにそう言ったのである。
「ありがとな、マリイ。俺もマリイのこと忘れないよ」
そう言ってユージはマリイの肩にそっと手を置いた。
「さ、マリイ様」
ラーダットがマリイを誘って船に乗り込む。振り返り振り返りマリイは乗船していった。
出港を知らせる銅鑼が鳴らされると港の係員が船をもやってある綱をほどく。船は錨を上げ、魔石機関を駆動させ、静かに港を出て行ったのであった。
マリイとの別れでした。キスの件は005での会話ですね。




