009 酔っぱらい
「疲れたろう?」
快速艇に戻る道すがらユージがマリイに尋ねた。
「はい…いいえ」
「明日は、宝石商じゃなく、どこかの学者か誰かに見せてみよう」
そう言いながら船内へ入る。
「風呂入ってメシにするか」
そう言って風呂の仕度をするユージ。湯船に水を張り、火の魔石を応用した加熱器に魔力を流すと、たちまちに適温のお湯となる。
「あー、いい湯だ。疲れも取れるぜ」
「気持ちいいです」
湯に浸かりながらユージは、
「ところでマリイ」
「はい?」
「お前の母さんも、そんな耳と尻尾してたのか?」
と尋ねた。
「はい、そうです。よく母さまから、わたしは母さまの小さい頃によく似ていると言われました」
「そっか」
そう言ってユージはマリイを改めて見つめる。金茶色の耳。先端が黒に近い焦茶色をしている。
栄養不足のせいか毛がばさばさだが大きな尻尾。同じく金茶色で、先端が白い。
髪の毛は耳や尻尾よりは少し黒っぽい茶色で、目は深い緑色。光の加減によって金色にも見える。
成長すれば美人になるだろうとは思われるが、今はまだただの子供である。
だが。
ユージにとって、忘れられない人の面影がそこにあったのは事実である。それをマリイに告げることはなく、
「お前みたいに大きな尻尾の犬系亜人は、確か、も少し北の大きな島にいたような気がするんだよな。だからお前の母親の出身て言うのはそこかも知れないと思ってな」
「北の島…ですか…」
「ああ、確証は何も無いけどな」
「それでも、わたしにはうれしいお話です」
そんな話をしながら、ゆっくりと風呂を楽しんだ二人であった。
風呂から出ると、食事の仕度。ユージは肉を焼き、スパイスを振る。簡単料理である。
マリイにはミルク、一方自分はエールを飲む。
「ぷあーっ、うめー。やっぱ風呂上がりの一杯はこたえらんねえな」
そう言いながらジョッキでエールを飲むユージを見つめ、マリイは、
「…ユージさん、お酒、お好きなんですか?」
「おー、大好物だぜーい」
そう答えながらまたジョッキを空けるユージ。そうして、
「あ−、おめーがもっと色っぽきゃーな、一緒に酒呑むのによ」
そう言うと、マリイは耳をしおれさせて、
「ごめんなさい」
「バカ、あやまってどーする」
「…ごめんなさい」
溜め息を吐くユージ。エールのビンが空になったので、棚からウイスキーを取り出した。
「ユージさん、のみ過ぎはよくないです」
マリイがそう言うと、
「いいじゃねーか、俺は酔っぱらいたいんだよ。酔っぱらいは嫌いか?」
笑いながら言うユージ。だがマリイは、
「はい、きらいです」
そうきっぱりと言った。
「お、めずらしくはっきり物を言ったな。酔っぱらいと何かあったとかか?」
冗談めかして聞いたのだが、
「はい」
マリイは俯いて、
「前に、母さまが酔ったお客様に乱暴されまして、1週間動けなくなったことがあったんです」
と言ったのである。それを聞いたユージは、
「そっか、悪かったな」
そう言ってウイスキーの瓶を棚に戻したのである。
「マリイに嫌われたくないからな」
そう言いながら。
* * *
旅の話などをユージはマリイに話して聞かせていたが、夜も更け、マリイが眠そうなあくびをすると、
「そろそろ寝るか。パジャマに着替えな」
「はい」
だがユージは肝心のことを忘れていたことに気が付く。
「いけねえ…そうか、寝床が一つしかねえんだった」
「わたしなんて床の上でいいです」
「バカ、そんなわけにいかねーだろ。何にもしやしねーよ、ガキにゃ興味ねー」
そう言って寝床にもぐり込み、端によるユージ。そして毛布を持ち上げてマリイを手招きした。
「…ありがとうございます」
そう言ってマリイはおずおずと寝床に入るのであった。
「さーて、寝ようぜ、寝るより楽はなかりけり、ってな」
ユージは毛布を掛けながらそう言った。そんなユージに、
「ユージさん…さっき、なまいき言ってごめんなさい」
小さな声でささやくように言う。
「あ? ああ、飲み過ぎの件か」
「はい」
そしてマリイはユージの腕にすがりつき、
「わたし…たくさん見てきたんです、いつもはやさしいお客さまが、お酒に酔うと乱暴になったりするのを」
マリイの腕に力がこもり、
「一度…わたしをかわいがってくださったお客さまが、お酒を召し上がって…人が変わったようになって…わたしのことを組み敷いて」
そこで一旦言葉を切ったが、
「母さまが止めてくださったんですが、今度は母さまがなぐられて…それから、そのお客さまが怖くて怖くて、そして酔った人も怖くて」
ユージはそんなマリイの方を向き、
「もういいよ、マリイ。お前はその歳でものすごいトラウマを抱え込んじまったんだな」
そして頭を撫でながら、
「俺はお前を泣かすようなことはしねーよ、だから安心して眠れ」
そう優しく言ったのである。
何というか悲惨な過去だらけですねえ…




