第7話:再会
「いってえ!」
玲の声が酒場に響いた。
「動くな」
「いや、そこ痛えって!」
「怪我してるんだから当たり前だ」
騎士は玲の腕を掴んだまま、傷口へ布を巻いていく。
悪魔を倒した後、玲たちは美月とともに街へ戻ってきた。
気づけば酒場には何人かの騎士が集まり、玲と椎名は椅子へ座らされて手当てを受けている。
幸い、二人とも大きな怪我はなかった。
椎名は腹と背中を強く打っていたが、骨に異常はないらしい。玲も身体のあちこちに傷や打撲があるものの、しばらく休めば問題ないと言われていた。
「お前、もう少し大人しくできないのか?」
「してるだろ」
「さっきから三回動いた」
「痛いからだよ」
「だから動くなって言ってんだ」
騎士が呆れたように息を吐く。
玲は渋々身体の力を抜いた。
だが、視線だけは別の場所へ向いていた。
酒場の奥。
団長のいるテーブルの前に、数人の騎士が立っている。
その中心に美月がいた。
「…………」
玲はじっとその姿を見ていた。
長い黒髪。
真っ直ぐに切り揃えられた前髪。
最後に見た頃とは服装も雰囲気も違っている。
それでも間違えるはずがなかった。
美月だ。
村からいなくなって以来、二年ぶりに見る姿だった。
団長と何かを話している。
内容までは聞こえない。
美月の隣には、同じ騎士団の者らしい騎士が何人か立っている。この酒場を拠点にしている騎士たちとは装いが少し違っていた。
「……近くに行けば?」
横から声がした。
玲が振り向く。
椎名も別の騎士から腹部に包帯を巻いてもらっているところだった。
「まだ治療中だろ」
「あんたが言う?」
「俺はちゃんと座ってるぞ」
「身体だけね」
玲はもう一度美月を見る。
椎名もその視線を追った。
「あんなところで、あんたの知り合いに助けられるなんてね」
「ああ」
「美月、だっけ?」
「そう」
玲は嬉しそうに答えた。
「二年ぶりだ」
「二年?」
「村を出てってから会ってなかった」
「へえ……」
椎名が美月を見る。
少しの間、その姿を眺めていた。
「騎士だったのね」
「俺も知らなかった」
「知らなかったの?」
椎名が怪訝そうに玲を見る。
「知り合いなんでしょ?」
「一緒に住んでた」
「それで知らないの?」
「村にいたときは騎士じゃなかったからな」
椎名は何か聞きたそうにしたが、それ以上は追及しなかった。
玲は再び美月へ視線を向ける。
話はまだ終わらないらしい。
団長が何かを尋ね、美月の隣にいる男が答えている。
玲の足が小さく動いた。
「だから行けばって」
「でもまだ話してるし」
「さっき悪魔に突っ込んでいった奴が、そこは気にするんだ」
「話の邪魔したら悪いだろ」
「変なところで常識あるわね」
玲は少し考えた。
もう一度、美月を見る。
そして立ち上がった。
「やっぱ行ってくる」
「そうなると思った」
「おい、まだ終わってないぞ」
手当てをしていた騎士が玲を止める。
「もう巻き終わっただろ?」
「まだ固定が――」
「あとでやる!」
「おい!」
玲は止める声を無視して歩き出した。
伏せていたかぐやも顔を上げる。
「ようやくか」
「何が?」
「わしはとっくに話したかったのじゃ」
「じゃあ来いよ」
「おぬしが治療中だったから待っておったんじゃろうが」
かぐやも立ち上がり、玲の隣へ並んだ。
美月たちのいるテーブルへ近づいていく。
距離が縮まるにつれ、話し声も聞こえてきた。
「――じゃあ、あの悪魔で間違いないんだな?」
団長が尋ねる。
「たぶん。場所も一致してた」
美月が答えた。
「なら片づいたな。こっちで探す手間も省けた」
団長は満足そうに頷いた。
その向かいでは、美月と同じ騎士団の男が依頼書を確認している。
「報酬は?」
「そいつらが受けた依頼だ。こっちからは出せねえぞ」
「そうか」
男はあっさりと依頼書を置いた。
「まあいい。こっちの仕事じゃなかったんだからな。美月、次は予定通りでいいな?」
「うん」
「明日の朝には出る。次の街までに二件残ってるから、今日は休んどけ」
「分かった」
「美月!」
玲の声に、美月が振り返った。
「玲」
玲の顔に笑みが広がる。
美月は玲をしばらく見る。
その視線が、包帯の巻かれた腕や服の汚れをなぞった。
「怪我は?」
「平気。ちょっと痛えけど」
「そう」
短い返事だった。
だが、美月はもう一度玲の身体を確かめるように見た。
「二年ぶりだな」
「そうね」
「元気だったか?」
「元気」
「そっか」
玲は満足そうに笑った。
「わしには何もないのか?」
隣から、かぐやが口を挟む。
美月の視線が下がった。
「かぐや」
「久しぶりじゃな、美月」
「うん。久しぶり」
美月はしゃがむと、かぐやの頭へ手を置いた。
「変わってない」
「おぬしも相変わらず愛想がないのう」
「そう?」
「そうじゃ」
そう言いながらも、かぐやは美月の手を嫌がらなかった。
「二人とも無事でよかった」
声の調子も表情もほとんど変わらない。
それでも玲には、それで十分だった。
「そういや美月、騎士になったんだな」
「うん」
「すげえな。さっきの悪魔も一発だったし」
「あれくらいなら」
「俺たちめちゃくちゃ苦戦したんだけど」
「見れば分かる」
美月の視線が玲の包帯へ落ちる。
「……お前、本当に悪魔と戦ったんだな」
横から声がした。
玲が振り向く。
声をかけてきたのは何度も玲を酒場から追い出していた騎士だった。
騎士の視線が玲の右手へ向かう。
そこには、林へ向かう前にはなかった黒い紋章が浮かんでいた。
「散々追い出してたもんな」
近くにいた別の騎士が笑う。
「まさか本当に適合するとはな」
「だから何なんだよ、それ」
「自分で調べろ」
騎士は面倒そうに手を振ると、そのまま酒の置かれたテーブルへ戻っていった。
玲は不満そうにその背中を見る。
「何だよ、あいつ」
「いつもあんな感じなの?」
美月が聞く。
「いつもああだ」
「そう」
それだけ言って、美月は団長へ目を向けた。
「話、もう終わり?」
「ああ。こっちはな」
「じゃあ少し外してくる」
美月がそう言ったところで、先ほど依頼書を確認していた男が顔を上げた。
「どこ行くんだ?」
「散歩」
「何しに?」
「玲と話してくる」
男は玲を一度見た。
それ以上興味を示すこともなく、美月へ視線を戻す。
「明日の朝には出るぞ」
「分かってる」
「遅れるなよ。次の依頼は期限が近い」
「うん」
「それと、戻ったら装備の確認しとけ。今日の分も手入れしてないだろ」
「分かった」
美月は淡々と答える。
玲は二人を交互に見た。
「明日も悪魔倒しに行くのか?」
「そう」
答えたのは美月だった。
「二件ある」
「二件も?」
「こいつなら問題ない」
男が当然のように言った。
「この程度の悪魔なら、一人で十分だ」
「一人で?」
「他の奴を出すより早いからな」
玲が男を見る。
「お前らは戦わねえの?」
「必要なら戦う」
「じゃあ美月一人でいいってことか?」
「倒せる奴が倒した方が効率いいだろ」
男に悪びれた様子はなかった。
むしろ、何を当たり前のことを聞いているのかと言いたげだった。
玲は少しだけ眉を寄せる。
「それでいいのか?」
「何が?」
「美月ばっか戦ってるんだろ?」
「私が一番早いから」
返事にも迷いはなかった。
「でも――」
「玲」
美月が遮る。
「少し歩かない?」
「……今から?」
「うん」
玲はまだ何か言いたそうに男を見る。
男の方はもう玲には興味を失ったらしく、別の依頼書を手に取っていた。
「美月、これも明日確認するぞ」
「分かった」
「戻ったら声かけろ」
「うん」
美月は玲へ向き直る。
「行こう」
「……ああ」
「わしは?」
美月がかぐやを見る。
「かぐやも来る?」
かぐやは少し考え、首を横に振った。
「いや。先に二人で話してくるとよい」
「そう?」
「あとでわしとも話すのじゃぞ」
「分かった」
「絶対じゃぞ」
「分かってる」
美月はもう一度かぐやの頭を撫でた。
「じゃあ行こう」
美月が先に出口へ向かう。
玲もその後を追った。
扉を開けると、夜の冷たい空気が酒場へ入り込んでくる。
外へ出る直前、玲は一度だけ振り返った。
美月と同じ騎士団の男は、もうこちらを見ていなかった。
テーブルに何枚もの依頼書を広げ、他の騎士たちと何かを話している。
「これは美月に回す」
「こっちもいけるだろ」
「距離があるな。まとめて行かせるか」
そんな声が聞こえた。
玲は少しだけ、その場に立ち止まった。
「玲」
外から美月の声がする。
「……ああ、今行く」
玲は酒場を出た。
いつもとは違い、ゆっくりと扉が閉まる。
騒がしかった酒場の声が遠ざかり、夜の街の静けさが二人を包んだ。




