第3話:討伐
玲は扉の隙間から酒場の中を覗き込んだ。
先ほどまでと変わらず、店内は騎士たちの声で騒がしい。入口の近くにいる者もいるが、こちらを気にしている様子はない。
「よし」
扉をもう少しだけ開け、身体を滑り込ませる。
その後ろから、かぐやも続いた。
「見つかっても助けんぞ」
「分かってる」
玲は何食わぬ顔で歩き出した。
こそこそすれば余計に怪しまれる。そう考えたのかどうかは分からないが、騎士たちの間を堂々と抜けていく。
幸い、誰からも声は掛からなかった。
壁際まで辿り着くと、玲は並んだ依頼書を見上げた。
荷物の護衛、行方不明者の捜索、獣の討伐。
その中に、一際目を引く文字を見つける。
「悪魔討伐……」
紙を覗き込んだ。
街から少し離れた林の周辺で、旅人が襲われているらしい。下には簡単な地図も描かれている。
そして最後に、報酬の文字。
「これ、金も貰えるんだよな?」
「そう書いてあるな」
玲の顔が明るくなった。
悪魔を倒せば、騎士たちに実力を認めてもらえるかもしれない。そのうえ報酬まで手に入る。
そうとわかればとるべき行動は一つだった。
「これにする」
玲は迷わず依頼書を剥がした。
かぐやが呆れたように玲を見る。
「それは持っていってよいものなのか?」
「場所忘れたら困るだろ」
依頼書を二つ折りにし、懐へ入れる。
かぐやは何か言いたそうだったが、諦めたように口を閉じた。
「おい」
背後から声がした。
玲の動きが止まる。
振り返ると、先ほど玲を店から放り出した騎士が立っていた。
その視線が玲の懐へ向けられる。
「今、何取った?」
「依頼書」
「戻せ」
「これ、俺がやる」
騎士の眉間に皺が寄った。
「お前は騎士じゃねえだろ」
「だからだよ。悪魔倒したら、俺だって認めてもらえるだろ?」
「そんな単純な話じゃない。いいから返せ」
騎士が手を伸ばす。
玲は一歩下がった。
互いの視線がぶつかる。
次の瞬間、玲は身を翻した。
「行くぞ、かぐや!」
「やはりこうなるのか!」
玲は騎士たちの間を駆け抜け、そのまま酒場を飛び出した。
背後から怒鳴り声が追ってきたが、振り返ることはなかった。
*
街を出てしばらくすると、石造りの建物は見えなくなった。
代わりに広がるのは、風に揺れる草原と、その中を遠くまで伸びていく街道だった。
玲は時折依頼書を取り出し、描かれた地図と周囲の景色を見比べながら進んでいた。
村の周囲は深い森に囲まれていた。
これほど遠くまで見渡せる景色は、まだ玲には珍しい。
「広いな」
「昨日も同じことを言っておったぞ」
玲は気にせず遠くを眺めた。
低い丘の向こうには森が見える。
依頼書に描かれている林も、あの辺りだろうか。
しばらく街道を進んだところで、風向きが変わった。
玲が足を止める。
「どうした?」
「……この匂い」
草や土に混じった人の匂い。
初めて嗅ぐものではなかった。
「さっきの奴がいる」
玲が街道の先を見る。
しばらく目を凝らしていると、遠くに一人の少女が見えた。
街で男たちに追われ、玲の頭上を飛び越えていった少女だ。
玲は迷わず歩調を速めた。
「おーい!」
声に気づき、少女が振り返る。
玲の姿を認めた瞬間、その目が大きく見開かれた。
「え……なんで?」
玲が追いついても、少女はまだ驚いた顔をしていた。
「やっぱお前だった」
「ちょっと待って。なんであんたがここにいるの?」
「悪魔倒しに来た」
「……悪魔?」
少女の表情から驚きが少し消えた。
代わりに、探るような視線が玲へ向けられる。
「おぬしは何をしておるんじゃ?」
かぐやが口を開いた。
少女がそちらを見る。
そして、固まった。
「…………え?」
しばらく、何も言わなかった。
かぐやも不思議そうに少女を見返している。
「いま……」
少女がかぐやを指差す。
「この狼、喋った?」
「狼ではない。かぐやじゃ」
少女が息を呑んだ。
今度は玲を見る。
またかぐやを見る。
恐る恐る一歩近づいた。
「どうなってるの……?」
「何が?」
「あんたじゃなくて、この子!」
かぐやは迷惑そうに少女から顔を背けた。
少女はそれでも視線を外さない。
毛並みから口元まで確かめるように見つめ、何か仕掛けがあるのではないかと疑っているようだった。
「……本当に喋ってる」
呟いてからも、納得した様子はない。
玲にとっては見慣れた反応だった。
「かぐやは喋るぞ」
「それ説明になってないから」
少女は困惑したまま額を押さえた。
もう一度かぐやを見る。
やはり普通の狼にしか見えない。
「ちゃんと説明して」
「何をじゃ」
「全部」
かぐやはますます嫌そうな顔をした。
少女もまだ気になるらしく、まじまじとかぐやを見ている。
だが玲はそんな少女をよそに、彼女が持っている紙の方へ目を向けていた。
「それ、さっきの紙か?」
「え?」
少女は一瞬遅れて手元を見る。
「……そうだけど」
「酒場にあったやつと似てたから、依頼書かと思った」
「これは別。人から頼まれた仕事よ」
「何の?」
「悪魔の討伐」
玲が目を瞬いた。
「お前、騎士なのか?」
「違うわよ」
「じゃあなんで悪魔倒すんだ?」
「お金のため」
返事は早かった。
この先にある村で、悪魔を倒せる者を探していたらしい。報酬を出すと言われ、少女が引き受けたのだという。
玲は感心したように頷いた。
「騎士じゃなくても、そういう仕事できるんだな」
「倒せるならね」
その言葉に、玲は懐から依頼書を取り出した。
「俺もこれやりに来た」
少女が紙を見る。
表情が変わった。
「……それ、どこで手に入れたの?」
「酒場」
「勝手に持ってきた?」
「終わったら返す」
それだけで事情を察したらしい。
少女は呆れたように玲を見たあと、依頼書へ視線を戻した。
「場所は?」
「この先の林」
「見せて」
玲から紙を受け取り、少女が内容を確認する。
しばらくして、その眉間に皺が寄った。
「……同じだ」
「何が?」
「私が頼まれた悪魔と」
玲の顔が明るくなる。
「じゃあ一緒に――」
「帰って」
言葉を遮られた。
「なんで?」
「報酬があるから」
少女は玲へ依頼書を返す。
「私が倒してお金を貰うの。あんたに倒されたら困る」
「俺だって金は欲しいぞ」
「余計に駄目じゃない」
少女の目が鋭くなる。
玲も譲るつもりはなかった。
「俺は騎士にも認めてもらわなきゃいけねえし」
「それは私に関係ないでしょ」
確かにその通りだった。
だが、玲がそれで引き下がるはずもない。
「じゃあ、先に倒した方でいいだろ」
「嫌よ」
「なんで?」
「私が確実に貰いたいから」
きっぱりと言い切る。
玲は少し呆れた。
「金好きなんだな」
「大好き」
そこだけは一切迷わなかった。
少女は玲に背を向け、さっさと歩き始める。
「とにかく、ついてこないで」
「俺もこっちなんだけど」
玲も歩き出した。
少女が振り返る。
「別の道から行って」
「迷うだろ」
「知らないわよ」
そう言いながらも、二人は同じ方向へ進んでいく。
少女が歩調を速めれば、玲も自然と速くなる。
玲が横へ並ぶと、少女はさらに前へ出た。
しばらく無言の競り合いが続いた。
その後ろを、かぐやが呆れたようについていく。
「そういや、名前」
歩きながら玲が聞いた。
「なんで教えなきゃいけないの?」
「呼ぶとき困るだろ」
「呼ばなくていい」
「じゃあ泥棒でいいか」
少女が足を止めた。
「……椎名」
「椎名?」
「名前。泥棒って呼ばれるよりマシ」
そう言って、すぐにまた歩き出す。
「俺は玲」
「聞いてない」
「でも玲って呼べよ」
「邪魔しなかったらね」
「椎名もな」
二人は再び歩調を速めた。
どちらも相手に譲る気はない。
それでも向かう先だけは、同じだった。
お読みいただきありがとうございます。
ご感想をいただけると嬉しいです。
次話もよろしくお願いします!




