第26話:同じ場所へ
リュネへ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。
玲たちは村で救助した四人を騎士へ引き渡すと、そのまま詰所へ向かった。疲れ切った生存者たちが建物の奥へ消えていくのを見送り、玲は小さく息を吐く。
村には百人近くいたはずだ。それなのに、見つかった生存者はほんのわずかだった。
詰所の中央に広げられた大きな地図には、昨日よりも明らかに印が増えている。北へ向かう街道、その周辺の村や森。悪魔の目撃地点を示す印は、北へ行くほど密集していた。
「……また増えてる」
美月は村で確認したことを騎士たちへ説明した。住民の数に対して遺体が少なすぎたこと。村の北側には、人間と悪魔、両方の足跡が残っていたこと。
「他の村でも似た報告が出てる」
騎士が地図の二か所を指す。
「死体の数と住民の数が合わん。逃げたにしては、周辺で見つかる人間も少なすぎる」
「人が消えてるってこと?」
「ああ」
玲は地図へ目を落とした。
襲われた場所から人間が消え、その周辺では悪魔が北へ向かっている。別々に見えていた出来事が少しずつ重なり始めていた。
「同じ場所に向かってる」
そう美月が呟くと、騎士の指が地図の北側へ滑る。
「この辺りに古い街がある」
「街?」
「今は誰も住んでいない。何年も前に放棄された場所だ」
悪魔が多く、人間が暮らせなくなった土地。さらに、その周辺へ向かった偵察もまだ戻ってきていないという。
玲の視線がその一点で止まる。騎士の指差した街のそばには、『ハイド』と薄らとその名前が書かれていた。
「……ここだ」
「何が?」
「行く場所」
騎士が呆れたように玲を見る。
「話を聞いてたのか?」
「聞いてた。だから行く」
椎名が小さく息を吐く。
「まあ、他に手掛かりもないしね」
美月も異論はなかった。
詰所を出ると、すでに街は静まり返っている。街灯だけが照らす夜道に足音だけが小さく鳴り響く。
玲は珍しく口数が少なかった。
昨日会った、家族だけを忘れた男。
今日見つけた、愛していたはずの夫と傷つけ合った女。
そして北へ消えていった大勢の人間。
どれも悪魔が関わっている。
けれど、ただ人間を殺し、魂を喰べるだけの悪魔とは何かが違う。
「玲」
隣を歩いていた美月が声をかける。
「考え事?」
「うん」
玲は少しだけ迷ってから口を開いた。
「悪魔って、みんな人間が嫌いなのかな」
美月はしばらく黙っていた。
「分からない」
「だよな」
玲も分からない。
だからこそ。
「……会ってみないと分かんねえか」
それだけ言うと、玲は前を向いた。
*
翌朝。空が白み始める頃には、玲たちは街を出ていた。
美月と椎名の傷を考え、少し速度を落として進む。最初は畑や民家が残っていたが、北へ進むほど人の生活の痕跡は減っていった。
昼を過ぎる頃には、街道も細くなっていた。
その途中で玲が突然足を止める。
かぐやも同時に顔を上げた。
「悪魔」
美月の手が刀へ伸びる。
「近い?」
「まだ遠い。でも、一体じゃない」
いくつもの匂いが北から流れてくる。
——その時。
街道の先に一人の男が見えた。こちらへ背を向けたまま、ゆっくりと歩いている。
「おい!」
玲は男へ追いつき、その肩へ手を置いた。
「待てって」
ようやく男が振り返る。玲は思わず眉を寄せた。
目にほとんど光がない。
「大丈夫か?」
「…………」
「どこ行くんだ?」
男の唇がゆっくり動いた。
「北」
「なんで?」
「行かないと」
「何がある?」
答えはない。男は玲の横を抜けようとするが、今度は美月がその前へ立ちはだかる。
「誰かに言われた?」
男の足が止まる。
「……待ってる」
「誰が?」
「分からない」
「分からないのに行くの?」
「でも……行かないと」
男はそれ以上何も言わず、再び北へ歩き始めた。
すると、すぐにかぐやが低く唸る。
「玲」
「うん」
道の先。森の中から、また人影が現れた。
一人。
二人。
その後ろから、さらに数人。
老人。
男。
女。
子ども。
傷を負った者までいる。
誰も話さない。
互いを見ることもない。
ただ同じ方向へ歩いている。
北へ。
「……何これ」
椎名の声が低くなる。
森の中から次々と人が現れ、同じ道へ入り、黙って歩き続ける。
玲の鼻に、さらに濃い匂いが届いた。
血。
人間。
その向こうに、いくつもの悪魔の匂い。
「……この先だ」
村から消えた人間。
北へ向かう悪魔。
戻らない騎士。
それまで別々に見えていたものが、ようやく一本の道へ繋がった。
玲たちは人々との距離を保ちながらその後を追った。
悪魔の匂いが濃くなる、北へ。




