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第24話:知らない家族


 騎士たちが集まっていたのは、リュネの中央にある詰所だった。玲たちが到着した頃には、入口の前に数台の荷車が並んでいた。荷台には毛布に包まれた人々が座り、騎士や街の住民が慌ただしく行き来している。


「この人たち……」

「村の生き残り」


 美月が答えた。

 玲は荷車へ目を向ける。


 老人。

 若い男。

 母親らしい女と、その腕に抱かれた幼い子ども。


 十人にも満たなかった。


「これだけ?」

「見つかったのは」


 美月の声は淡々としていた。

 だが、荷車から目を逸らすことはなかった。


「村には何人いたんだ?」

「百人くらい」


 玲は黙った。かぐやも何も言わない。


「中に入るわよ」


 椎名の声で玲は詰所へ向かった。



 *



 部屋の中央には大きな地図が広げられていた。数人の騎士がそれを囲んでいる。玲は美月の後ろから地図を覗き込んだ。


「ここ?」

「そう」


 美月が指を置く。現在いる街から北へ。昨日、玲と椎名が向かった集落よりもさらに先だった。その周辺には悪魔が目撃された場所を示す印がいくつもある。


「十数体って本当なのか?」


 玲が尋ねると近くにいた騎士が顔を上げた。


「生存者の話じゃな」

「全部同時に来たの?」

「分からん。突然あちこちから現れたらしい」


 騎士は地図の上へ新しい印をつける。


「問題はこっちだ」


 村の北側、森を越えた先にもいくつかの印があった。


「ここ数日、目撃数が増えてる。南へ来る奴もいるが、大半は北へ向かってる」

「やっぱり」


 昨日までの情報と同じだった。悪魔たちは北へ向かっている。だが、理由だけがずっと分からない。


「村を襲った奴らは?」

「ほとんど北へ消えたそうだ」

「……ほとんど?」

「何体かは村に残ったらしい。そいつらも今はいない」


 玲は眉を寄せた。


「人間が残ってるのに?」

「ああ」


 昨日の集落が頭に浮かぶ。そこにも生き残った人間がいた。


「なんで全部殺さなかったんだ?」

「悪魔に聞け」


 騎士は肩をすくめる。玲は納得できないまま地図へ視線を戻した。

 悪魔が集まり、村を襲う。そして人間を殺し、その魂を喰べる。それなのに、途中でやめて北へ向かう理由は何だろうか。何かが繋がりそうで、まだ繋がらない。


「生き残った人と話せる?」


 美月が尋ねた。


「聞き取りはしてる。話せる状態の奴ならな」


 騎士は入口へ視線を向けた。


「ただ、妙なことを言ってる奴がいる」

「妙なこと?」

「家族がいないって騒いでる」


 玲の顔が強張った。


「それの何がおかしいんだ?」

「そいつの家族は全員生きてる」

「……は?」



 *



 男は詰所の裏手にいた。二十代半ばほどで、頭には包帯が巻かれ頬にも血が乾いた跡が残っている。

 その男の前に、若い女が立っていた。


「お願い、ちゃんと見て」


 女が男の腕を掴む。


「私よ」

「知らない」


 男はその手を振り払った。


「知らないって言ってるだろ」


 女の顔が歪む。


「私たち、三年前に結婚したじゃない」

「だから知らないんだよ!」


 男の声が響いた。少し離れた場所にいた子どもが、びくりと身体を震わせる。


「お父さん……」


 男が子どもを見る。しばらく見つめた後、何も言わずに目を逸らした。

 その姿に女が震える声で続ける。


「この子も分からないの?」

「知らない」

「あなたの子よ」

「知らないって!」


 男は頭を抱え苦しそうに声を上げた。


「俺は一人だ! ずっと一人だった!」


 玲は動けなかった。隣にいた美月の表情も消えている。


「……魂」


 玲が呟いた。


「違う」


 美月は彼らを見つめたまま、ただ淡々と告げた。


「この人は生きてる」

「でも、家族のこと――」

「家族も生きてる」


 やがて何かを思い出すかのように目を閉じる。


「誰も死んでない」

「じゃあ、なんで……」


 答えられる者はいなかった。

 家族三人、全員生きている。それなのに男だけが二人を覚えていない。


「頭を打ったとか?」

「診てもらった。でも、それだけじゃ説明できないって」


 近くにいた騎士が答える。


「他のことは覚えてる。自分の名前も、仕事も、この街に来たことがあるのもな」

「家族だけ?」

「ああ」

 

 男は今も困惑したように妻と子どもを見ている。その顔に嘘をついている様子はなかった。

 本当に、知らない人間を見る目だった。


「悪魔に何かされた?」


 美月が尋ねると、男は首を横に振る。


「……分からない」

「思い出せることは?」

「逃げてた」


 男は額を押さえ、その時のことを思い出そうとした。


「村に悪魔が入ってきて……みんな逃げて……」


 途切れ途切れに言葉を続けた。


「俺も逃げた。こいつらも……」


 やがて、ゆっくりと妻と子どもを見る。


「……こいつら?」


 男自身がその言葉に戸惑った。


「一緒に逃げてたんじゃないの?」


 椎名が静かに尋ねる。


「分からない。でも……」


 思い出した視線にその顔が歪む。


「悪魔がいた」

「どんな奴?」

「分からない。暗くて……」


 男の肩が小さく震えた。


「俺たちを見てた」

「……襲ってこなかったのか?」


 男の呼吸が少し速くなる。


「ずっと見てた」

「何を?」

「俺たちが逃げるところ……あいつが——」


 そこで言葉が止まった。


「無理しなくていい」


 美月が言う。

 男はしばらく黙っていた。


「……笑ってた」

「悪魔が?」


 男は頷いた。


「それから?」

「……覚えてない」


 妻と子どもを見る。その瞳は、本当に知らない人間を見る目だった。


「気づいたら、こいつらが俺の家族だって言ってた」


 長い沈黙だった。玲たちも、被害者たちも、騎士も、状況を把握できずただ立ち尽くすことしかできなかった。

 そんな沈黙を破るように、美月が「村へ行く」と静かに呟いた。


「明日」


 それだけ言うと、美月は玲と椎名を見る。


「二人は——」

「俺も行く」

「私も」


 玲と椎名の返答は同時だった。美月は何かを言おうとしたが、やがてそれを飲み込んだ。

 そんな光景を黙ってみていたかぐやだけが、「やれやれ……」と小さく鼻を鳴らす。

 

 目指すのは、壊滅した村。


 そして、家族だけを忘れた男が最後に悪魔を見た場所だった。

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