第21話:一人になったね
襲撃が収まったのは夜が明け始めた頃だった。
町に入り込んだ悪魔は全部で九体。玲たちが倒したもの以外は、町にいた騎士たちが討伐していた。
——死者も出た。だが、町そのものが滅びるほどではなかった。
助けた子どもの家族のもとへ向かうかぐやを見送ると、玲は大通りの端に座り、明るくなり始めた空を見上げていた。脳裏に浮かんでいたのはあの村だった。
炎。
死体。
泣いていた子供。
何もできなかった自分。
今回は違った。
全員ではない。それでも助けられた人間がいる。
「玲」
声に顔を上げると美月が立っていた。
その左腕には新しい包帯が巻かれ、隣には椎名もいる。
「怪我どう?」
「縫ってもらった」
「痛い?」
「痛い」
「休めよ」
「うん」
玲が少し驚いた。
「素直じゃん」
「椎名にも言われたから」
「俺が言っても聞かなかったのに?」
「玲はうるさいから」
「なんでだよ!」
椎名が笑う。
「言い方の問題じゃない?」
「同じこと言ってんだろ!」
「だから言い方よ」
美月も僅かに口元を緩めた。
すると、玲は不思議そうに二人を見比べる。
「……仲良くなった?」
「別に」
椎名が即答する。
「なったと思う」
美月が答える。
「ちょっと!」
「違うの?」
「違わないけど!」
「じゃあ合ってる」
「美月ってたまに強引よね……」
玲が笑った。
椎名は不満そうだったが、美月の言葉を否定はしなかった。
「お前たち」
振り向くと四十代ほどの男が立っていた。騎士の制服を身にまとっているが、その肩には包帯が巻かれている。
「昨夜は助かった」
「この町の騎士?」
玲が尋ねる。
「ああ」
男は三人の武器へと視線を移す。
「お前たちも騎士か?」
「美月は」
玲は美月を指差す。
「俺と椎名は違う」
「そうか」
男は少し意外そうだったが、それ以上は聞かなかった。
「悪魔について聞きたい」と美月が口を開いた。
「昨日の襲撃についてか?」
「それもだけど。最近、北へ向かってる悪魔が増えてる」
男の顔が僅かに険しくなる。
「やっぱり気づいてたか」
「何か知ってる?」
男は周囲を見る。
「ここじゃ話しづらい。来てくれ」
三人は顔を見合わせ、その後を追った。
*
案内されたのは町の中央にある騎士たちの詰所だった。中には昨夜の戦いで負傷した騎士が何人もいる。
男は机の上へ地図を広げた。
「この二週間で確認できただけでも、かなりの数の悪魔が北へ移動してる」
地図にはいくつもの印が書き込まれている。玲たちがこれまで聞いてきたものより、遥かに多い。
「理由は?」
「分からん」
美月が地図を見る。
「レヴィアタンは?」
「それも分からない」
男は北側を指差した。
「ただ、妙な話がある」
「妙?」
「悪魔に襲われた人間の中に、殺されずに帰ってきた奴が何人かいる」
玲が眉を寄せる。
「逃げたんじゃなくて?」
「違う。悪魔の方から帰したらしい」
「なんで?」
男は首を振る。
「分からん。ただ――」
一枚の紙を取り出す。
そこには生存者から聞き取った内容が記されていた。
「全員、同じことを聞かれてる」
玲が紙を覗く。
「何を?」
男が答えた。
「家族はいるか」
三人が黙る。
「それと、誰かに愛されているか」
椎名の表情が変わった。
「……何それ」
「俺たちにも分からん」
男は別の紙を重ねる。
「夫婦で襲われた者もいる。親子もいた。恋人同士も」
「そいつらは?」
「片方だけ帰ってきた」
玲の顔から表情が消える。
「片方だけ?」
「ああ」
「もう片方は?」
男は地図へ視線を落とした。
「—— 殺されてる」
室内が静かになる。
「悪魔は、残した方に何かを言ったらしい」
「何て?」
「人によって少し違う」
男は聞き取りの紙を指で辿った。
「『一人になったね』」
別の紙。
「『もう守ってくれる人はいない』」
そして最後。
「『これで同じだ』」
玲の眉が寄る。
「……何が同じなんだよ」
「分からん」
男は悔しそうにそう答えた。
その姿を横目に、椎名は地図を見つめる。
人間をただ食べるためでもない。
魔女を探しているだけでもない。
わざわざ二人のうち一人を殺し、もう一人を帰す。
「趣味悪いわね」
椎名が呟いた。
「悪魔なんてそんなもんだろ」
騎士の男が嘆いた。
「そういう意味じゃなくて」
椎名は紙を見る。
「殺せるのに、わざわざ残してる」
美月も頷いた。
「一人にするため」
「そう」
椎名と美月の視線が重なる。
「……嫌な感じ」
「うん」
玲だけが二人を交互に見る。
「どういうこと?」
「つまり——」
椎名が説明しかける。
だが。
「報告です!」
扉が勢いよく開いた。一人の騎士が飛び込んでくる。
「北西の集落から救援要請! 悪魔が出たそうです!」
男が立ち上がる。
「数は?」
「一体!」
「一体?」
「ですが……」
騎士は息を整える。
「すでに十人以上殺されています」
玲が立ち上がった。
「場所どこ?」
「おい、待て」
男が止める。
「昨夜戦ったばかりだろ」
「まだ生きてる奴いるんだろ?」
「いる可能性はあるが——」
「じゃあ行く」
玲は迷わなかった。
椎名が溜息をつきながら立ち上がる。
「結局そうなるのね」
「怪我は?」
「玲よりは頭使って戦うから大丈夫」
「どういう意味だよ」
美月も立つ。
——だが。
「美月は駄目」
椎名の言葉に美月が止まる。
「なんで?」
「縫ったばかりでしょ」
「戦える」
「知ってる」
椎名は美月を見る。
「でも今回は私と玲が行く」
「二人より三人の方が早い」
「昨日言ったでしょ。任せられるものは任せればいいって」
美月は黙った。
左腕を見る。それから玲を見つめた。
「……大丈夫?」
「誰に聞いてんだよ」
玲は笑う。
「行ってくる」
美月はしばらく迷っていた。
やがて。
「分かった」
椎名が少しだけ笑った。
「いい子」
「椎名より年上」
「そういう意味じゃない!」
玲が首を傾げる。
「美月の方が年上なの?」
「今そこ?」
椎名が呆れる。
美月は二人を見ていた。
自分が残り、誰かが代わりに戦いに行く。それは美月にとって、ひどく慣れないことだった。
玲と椎名が詰所を出ていく。その後を美月は追わなかった。
ただ。
「……気をつけて」
小さく声をかける。
「おう!」
椎名も片手を上げると、二人はそのまま外へ出ていった。
美月は閉じた扉を見つめる。
いつもなら、自分が先に出ていく側だった。
誰かに背中を任せることも。
誰かが戻ってくるのを待つことも。
美月は、ほとんど知らなかった。




