↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/29

第21話:一人になったね


 襲撃が収まったのは夜が明け始めた頃だった。

 町に入り込んだ悪魔は全部で九体。玲たちが倒したもの以外は、町にいた騎士たちが討伐していた。


 ——死者も出た。だが、町そのものが滅びるほどではなかった。

 

 助けた子どもの家族のもとへ向かうかぐやを見送ると、玲は大通りの端に座り、明るくなり始めた空を見上げていた。脳裏に浮かんでいたのはあの村だった。


 炎。

 死体。

 泣いていた子供。

 何もできなかった自分。


 今回は違った。

 全員ではない。それでも助けられた人間がいる。


「玲」


 声に顔を上げると美月が立っていた。

 その左腕には新しい包帯が巻かれ、隣には椎名もいる。


「怪我どう?」

「縫ってもらった」

「痛い?」

「痛い」

「休めよ」

「うん」


 玲が少し驚いた。


「素直じゃん」

「椎名にも言われたから」

「俺が言っても聞かなかったのに?」

「玲はうるさいから」

「なんでだよ!」


 椎名が笑う。


「言い方の問題じゃない?」

「同じこと言ってんだろ!」

「だから言い方よ」


 美月も僅かに口元を緩めた。

 すると、玲は不思議そうに二人を見比べる。


「……仲良くなった?」

「別に」


 椎名が即答する。


「なったと思う」


 美月が答える。


「ちょっと!」

「違うの?」

「違わないけど!」

「じゃあ合ってる」

「美月ってたまに強引よね……」


 玲が笑った。

 椎名は不満そうだったが、美月の言葉を否定はしなかった。


「お前たち」


 振り向くと四十代ほどの男が立っていた。騎士の制服を身にまとっているが、その肩には包帯が巻かれている。


「昨夜は助かった」

「この町の騎士?」


 玲が尋ねる。


「ああ」


 男は三人の武器へと視線を移す。


「お前たちも騎士か?」

「美月は」


 玲は美月を指差す。


「俺と椎名は違う」

「そうか」


 男は少し意外そうだったが、それ以上は聞かなかった。


「悪魔について聞きたい」と美月が口を開いた。


「昨日の襲撃についてか?」

「それもだけど。最近、北へ向かってる悪魔が増えてる」


 男の顔が僅かに険しくなる。


「やっぱり気づいてたか」

「何か知ってる?」


 男は周囲を見る。


「ここじゃ話しづらい。来てくれ」


 三人は顔を見合わせ、その後を追った。


 

 *

 


 案内されたのは町の中央にある騎士たちの詰所だった。中には昨夜の戦いで負傷した騎士が何人もいる。

 男は机の上へ地図を広げた。


「この二週間で確認できただけでも、かなりの数の悪魔が北へ移動してる」


 地図にはいくつもの印が書き込まれている。玲たちがこれまで聞いてきたものより、遥かに多い。


「理由は?」

「分からん」


 美月が地図を見る。


「レヴィアタンは?」

「それも分からない」


 男は北側を指差した。


「ただ、妙な話がある」

「妙?」

「悪魔に襲われた人間の中に、殺されずに帰ってきた奴が何人かいる」


 玲が眉を寄せる。


「逃げたんじゃなくて?」

「違う。悪魔の方から帰したらしい」

「なんで?」


 男は首を振る。


「分からん。ただ――」


 一枚の紙を取り出す。

 そこには生存者から聞き取った内容が記されていた。


「全員、同じことを聞かれてる」


 玲が紙を覗く。


「何を?」


 男が答えた。


「家族はいるか」


 三人が黙る。


「それと、誰かに愛されているか」


 椎名の表情が変わった。


「……何それ」

「俺たちにも分からん」


 男は別の紙を重ねる。


「夫婦で襲われた者もいる。親子もいた。恋人同士も」

「そいつらは?」

「片方だけ帰ってきた」


 玲の顔から表情が消える。


「片方だけ?」

「ああ」

「もう片方は?」


 男は地図へ視線を落とした。


「—— 殺されてる」


 室内が静かになる。


「悪魔は、残した方に何かを言ったらしい」

「何て?」

「人によって少し違う」


 男は聞き取りの紙を指で辿った。


「『一人になったね』」


 別の紙。


「『もう守ってくれる人はいない』」


 そして最後。


「『これで同じだ』」


 玲の眉が寄る。


「……何が同じなんだよ」

「分からん」


 男は悔しそうにそう答えた。

 その姿を横目に、椎名は地図を見つめる。


 人間をただ食べるためでもない。

 魔女を探しているだけでもない。


 わざわざ二人のうち一人を殺し、もう一人を帰す。


「趣味悪いわね」


 椎名が呟いた。


「悪魔なんてそんなもんだろ」


 騎士の男が嘆いた。

 

「そういう意味じゃなくて」


 椎名は紙を見る。


「殺せるのに、わざわざ残してる」


 美月も頷いた。


「一人にするため」

「そう」


 椎名と美月の視線が重なる。


「……嫌な感じ」

「うん」


 玲だけが二人を交互に見る。


「どういうこと?」

「つまり——」


 椎名が説明しかける。


 だが。


「報告です!」


 扉が勢いよく開いた。一人の騎士が飛び込んでくる。


「北西の集落から救援要請! 悪魔が出たそうです!」


 男が立ち上がる。


「数は?」

「一体!」

「一体?」

「ですが……」


 騎士は息を整える。


「すでに十人以上殺されています」


 玲が立ち上がった。


「場所どこ?」

「おい、待て」


 男が止める。


「昨夜戦ったばかりだろ」

「まだ生きてる奴いるんだろ?」

「いる可能性はあるが——」

「じゃあ行く」


 玲は迷わなかった。

 椎名が溜息をつきながら立ち上がる。


「結局そうなるのね」

「怪我は?」

「玲よりは頭使って戦うから大丈夫」

「どういう意味だよ」


 美月も立つ。

 ——だが。


「美月は駄目」


 椎名の言葉に美月が止まる。


「なんで?」

「縫ったばかりでしょ」

「戦える」

「知ってる」


 椎名は美月を見る。


「でも今回は私と玲が行く」

「二人より三人の方が早い」

「昨日言ったでしょ。任せられるものは任せればいいって」


 美月は黙った。

 左腕を見る。それから玲を見つめた。


「……大丈夫?」

「誰に聞いてんだよ」


 玲は笑う。


「行ってくる」


 美月はしばらく迷っていた。


 やがて。


「分かった」


 椎名が少しだけ笑った。


「いい子」

「椎名より年上」

「そういう意味じゃない!」


 玲が首を傾げる。


「美月の方が年上なの?」

「今そこ?」


 椎名が呆れる。


 美月は二人を見ていた。

 自分が残り、誰かが代わりに戦いに行く。それは美月にとって、ひどく慣れないことだった。


 玲と椎名が詰所を出ていく。その後を美月は追わなかった。


 ただ。


「……気をつけて」


 小さく声をかける。


「おう!」


 椎名も片手を上げると、二人はそのまま外へ出ていった。

 美月は閉じた扉を見つめる。

 

 いつもなら、自分が先に出ていく側だった。


 誰かに背中を任せることも。

 誰かが戻ってくるのを待つことも。


 美月は、ほとんど知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。