第20話:リュネ襲撃
リュネへ近づくほど焦げた匂いは強くなっていった。遠くに見えていた赤い光は、もう空の一部ではない。木々の向こうで炎そのものが揺れている。
「見えた!」
玲が声を上げた。
森を抜けるとその先に石造りの外壁があった。その門は開いている。
いや。
片方が壊され、地面へ倒れていた。
その奥から人々の叫び声が聞こえる。
玲は速度を上げた。
「玲!」
「先行く!」
「待ちなさい!」
椎名の声が背後から飛んでくる。それでも玲は止まらない。
門を抜けると目に飛び込んできたのは燃える建物だった。通りに荷物が散乱し、人々が逃げ回っている。
そして。
その中に、角の生えた人影がいた。
「悪魔……!」
数は一体や二体ではない。
見える範囲だけでも五体。
さらに奥からも争う音が聞こえてくる。
「玲」
追いついた美月が刀へ手をかける。
「右に二体。奥に三体」
「分かった」
「私は奥に行く」
美月が走り出そうとする。
「待て」
玲が腕を掴んだ。
美月が振り返ると、玲が口を開く前に小さく頷いた。
「大丈夫、無理はしない」
「……絶対だぞ」
美月が玲を見る。
数秒。
「待ってる」
それだけ答え、走り出した。
「かぐや!」
「分かっておる!」
かぐやは戦闘ではなく、逃げ遅れた人間たちの方へ向かう。
玲も黒い長剣を抜いた。
「椎名!」
「指図しないで!」
そう言いながら、椎名も二本の短剣を構えていた。
二人は同時に地面を蹴った。
*
右側の通り。
二体の悪魔が逃げ遅れた男を追っていた。
「おい!」
玲が叫ぶと悪魔が振り返る。面倒そうにギロリと目を向け玲を捉えた。
「こっちだ!」
一体が玲へ向かってくる。
速い。だが、見える。
玲は悪魔の攻撃を躱すと、そのまま腕に力を込めて剣を振り下ろす。
悪魔がそれを腕で受ける。だが刃が食い込んだ。
玲は無理に押し切らず、そのまま大きく一歩後ろへと下がった。
もう一体が視界の端に映り込む。その足元を銀色の刃が走った。椎名の短剣だ。
悪魔が飛び退く。伸びた鎖がそのまま玲の前を横切った。
「しゃがんで!」
玲は反射的に身を低くする。頭上を鎖が通過した。
椎名が大きく腕を引くと、鎖の軌道が変わり背後から悪魔の首へ巻きついた。
「今!」
玲はすでに動いていた。
地面を蹴る。脚から腕へ、必要な場所へ順に力を流す。
黒い刃が悪魔の胸を深く斬った。
その身体が崩れる。
「一体!」
「後ろ!」
玲が振り返ると、もう一体。拳が眼前に迫っていた。
——間に合わない。そう思った瞬間。
悪魔の身体が横へ引かれた。見ると椎名の鎖が腕に絡んでいる。
「ぼーっとしない!」
「おう!」
玲が剣を握り直す。そして腕へ力を集中させた。
*
「こっちじゃ! 早く!」
かぐやは逃げ遅れた人々を門へ誘導していた。
「狼が喋った……」
「驚くのは後にせい!」
呆然としていた男の尻を鼻先で押す。慌てて走り出したその背中を見送ると、今度は子どもの泣き声が聞こえた。その服を咥えて背中へと乗せる。
「しっかり掴まっておれ!」
子どもは泣きながらかぐやの首へしがみつく。
そのとき。
横道から悪魔が現れた。
かぐやが足を止める。
背中には子供。
逃げる人間たち。
「……まずいの」
悪魔が地面を蹴った。
——だが、かぐやへ届くより先に一筋の光が走った。
悪魔の身体が崩れ落ちる。
「美月!」
美月は倒れた悪魔を確認することもなく、すぐに次の方向へ顔を向けた。
左腕の包帯には、すでに血が滲んでいる。
「おぬし、また——」
「あと二体」
美月は走り出す。
かぐやはその背中を見送り、溜息をついた。
「玲が怒るぞ……」
*
玲たちが大通りへ戻った頃には、美月は二体目と戦っていた。
玲はその姿に足を止める。
「……速え」
悪魔の攻撃を紙一重でかわし、刀を振る。
最小限の動き。一切の迷いがない。
何度見ても、自分とは違う。
「見惚れてないで行くわよ」
椎名が横を抜ける。
「あ、待て!」
二人が駆け出す。
美月の刀が悪魔の腕を斬り裂いた。
同時に、別の悪魔が背後から迫る。
美月は気づいている。
身体を反転させようとすると、その前に短剣が飛んだ。
「こっちはいいから、そっち!」
椎名が叫ぶ。美月は一瞬だけ椎名を見た。
「分かった」
振り返らない。
目の前の一体だけを見る。
背後の悪魔は椎名に任せた。
「玲!」
「おう!」
玲がその横を抜ける。
三人の間に、細かな指示はなかった。
椎名の鎖が悪魔の足を止め、玲が斬る。
玲が崩した体勢を、椎名が利用する。
そして、美月が一体を倒せばそのまま二人の死角へ入る。
一人で戦うよりも早い。
美月はそのことに気づき始めていた。
最後の一体が玲へ飛びかかる。
玲が剣で受けきろうとするが、身体が後ろへ滑った。
「っ……!」
悪魔がさらに押し込む。玲はどうにか足で踏ん張るが徐々に後ろへと後退していく。
すると、その横から美月の刀が悪魔の脇腹を裂いた。
悪魔の力が緩む。
「玲」
「分かってる!」
——玲が剣を振り抜いた。
悪魔の身体が地面へ倒れる。その身体はピクリとも動かない。
やがてあたりは静まり返り、玲は荒い息を吐いた。
周囲を見回すと、他に悪魔の姿は見当たらなかった。
「……終わり?」
「近くにはいない」
美月が刀を収める。
玲は笑った。
「今のよかったな!」
「何が?」
「一緒に戦った方が早かっただろ?」
美月は少し考えた。
「うん」
「だろ!」
「でも玲、危なかった」
「それはいいんだよ!」
「よくないでしょ」
椎名が呆れたように割って入ると、そのまま美月の左腕へと視線を落とした。
「それより腕」
包帯が赤く染まっている。椎名が指摘すると、ようやく気付いたのか「あ」と美月は声を漏らした。
「開いたみたい」
「みたい、じゃない」
椎名が美月の腕を取る。
「手当てするから座って」
「まだ悪魔がいるかも」
「玲の鼻があるでしょ」
「犬みたいに言うなよ」
「——犬より使えるじゃろう」
かぐやが戻ってきた。
「お前が言うな!」
その背にはまだ先ほどの子どもが乗っている。泣き止んではいたが、かぐやの毛を強く掴んでいた。
「この子の母親を探すぞ」
「分かった」
玲はそこでようやく剣を収めた。




