第18話:リュネ
玲たちは日の出とともに街を出た。目的地はさらに北。悪魔の目撃情報を辿りながら、レヴィアタンの居場所を探す。
昨日までと違うのは、先頭を歩く人間が一人増えたことだった。
長い黒髪。腰には刀。 左腕には、昨日の傷を覆う包帯が巻かれている。
美月は普段と変わらない足取りで街道を進んでいた。
一行は街道から外れた森へ入っていた。昨夜、この辺りで荷馬車が悪魔に襲われたという。幸い商人たちは逃げ切ったが、荷物はそのまま残されているらしい。
木々の間を進んでいると、先頭の美月が足を止めた。
「いる」
ほぼ同時に、玲も鼻を動かす。
「二体」
美月が玲を見る。
「相変わらず便利だね、それ」
「だろ?」
どこか得意げな玲を置いて、美月は腰の刀へ手をかけた。
鞘から僅かに刃が覗く。
「行ってくる」
「待て」
玲が美月の動きを止める。
「何?」
「なんで一人で行くんだよ」
「二体なら一人で倒せる」
「そうじゃなくて!」
森に玲の声が響いた。
椎名が額を押さえる。
「悪魔に居場所教えてどうするのよ……」
その言葉が終わるより先に、木々の向こうから物音がした。
「来る」
美月が再び刀へ手をかける。
その直後、二つの影が飛び出した。
人間によく似た姿。額には角、首から頬へ黒い筋が伸びている。
片方が美月へ向かう。
美月は迷わず踏み込んだ。
一閃。
悪魔の胸から血が散る。
だが浅い。
身体を捻った悪魔が腕を振り下ろす。
美月はそれをかわし、そのまま懐へ入った。
もう一体が横から迫る。
「美月!」
玲が地面を蹴った。脚だけに力を流す。
一気に距離を詰め、黒い長剣を引き抜いた。
悪魔の腕と刃がぶつかる。
玲の身体が押されるが、それでも悪魔の足は止まった。
「こっちは俺がやる!」
返事はない。
美月はすでに目の前の悪魔と斬り合っている。
玲も剣を構え直した。
悪魔が迫る。
速い。
だが、数日前ほどではない。
拳をかわし剣を振る。
それを避けられるが、玲は追わずに悪魔の次の動きを待った。
悪魔が再び踏み込む。
玲は脚へ力を流した。
ぎりぎりまで引き付け、わずかに横へ飛ぶ。
そして次に腕へと力を流し、素早く剣を振り下ろした。
刃が悪魔の肩を切り裂く。
「よし!」
「前!」
椎名の声。
「え?」
悪魔の膝が腹へ入った。
「ぐっ――!」
玲の身体が浮く。
だが、地面へ落ちるより先に踏ん張った。
「痛ってえ……!」
「戦ってる途中で喜ばない!」
「当たったから!」
「それで次を食らってたら意味ないでしょ!」
悪魔が玲へ向かう。
その足元へ、一本の短剣が飛んだ。
かわされる。
だが刃の後ろには鎖が伸びていた。
椎名が手首を返すと、鎖が木の幹を回り悪魔の進路を塞いだ。
「玲!」
「分かってる!」
悪魔は鎖を飛び越えた。
だが、その着地点。
玲はすでに剣を振っていた。
黒い刃が悪魔の胴を斬る。
血しぶきが舞い、悪魔がよろめく。
玲は止まらない。
今度は追っていい。
剣を握り直し、もう一歩踏み込もうとした——が。
その横を黒い影が通った。
一瞬。
玲が相手をしていた悪魔の首に線が走る。
目の前の悪魔が地面へ崩れ落ちた。
「倒した」
美月が刀についた血を払う。
少し離れた場所には、もう一体の悪魔も倒れていた。
「……早くね?」
「普通」
「俺、今いいところだったんだけど」
「そうなの?」
「そうだよ!」
美月は玲の剣を見る。
「前より使えてる」
玲の口が止まった。
「…………だろ?」
「うん」
急に機嫌が直った。
「単純じゃな」
かぐやが呟く。
椎名は倒れた悪魔へ近づきながら、傷口を確認した。
そして美月を見る。
「ねえ」
「何?」
「腕」
白い包帯に、赤い染みが広がっている。
先ほどの動きで傷が開いたらしい。
「また血出てるじゃない」
「平気」
玲がすぐに寄ってくる。
「なんで最初から一人でやろうとすんだよ」
「倒せるから」
「俺たちいるだろ」
美月が玲を見る。
「でも、玲より私の方が強い」
「……それはそうだけど」
「なら私が倒した方が早い」
昨日、騎士たちが言っていたことと同じだった。
美月一人の方が早い。
美月が一番強い。
だから、美月にやらせる。
玲の顔から少しずつ不満が戻ってくる。
「それ嫌だ」
「何が?」
「俺らも戦う」
「危ないよ」
「美月だって危ねえだろ」
「私は慣れてる」
「関係ねえ」
玲は即答した。
「一人で全部やんなくていいだろ」
美月が黙る。
「俺が一体。美月が一体。椎名もいる」
「勝手に私を数えないでくれる?」
「椎名は強いから大丈夫」
美月は二人を見ていた。
「……効率悪くない?」
「何が?」
「玲が戦うより、私が二体倒した方が早い」
「だから!」
玲が声を上げかけるが、途中で止める。
「じゃあ俺が強くなればいい」
「…………」
「美月が一人でやるより、俺たちでやった方が早くなるくらい」
玲は黒い剣を見る。
「まだ無理だけど」
以前なら、できると言っていたかもしれない。
美月はその言葉を聞いて、玲をしばらく見つめた。
「……分かった」
「本当か?」
「うん」
美月は刀を鞘へ収める。
「次は一緒にやる」
玲が笑った。
「おう!」
「ただし危なかったら私が倒す」
「俺が倒す」
「さっき蹴られてた」
「あれはちょっと油断しただけ!」
また言い合いが始まりそうになり、椎名が二人の間へ入った。
「はいはい。まず傷の手当て」
美月の腕を掴む。
「座って」
「大丈夫」
「早く座る」
美月は少し考え、大人しく近くの木の根元へ腰を下ろした。
椎名が包帯を外し処置を始める。
玲はその様子を見ながら、剣を鞘へ戻そうとした。
そこで。
「玲」
かぐやが低い声を出した。
「ん?」
「まだ何かおるぞ」
玲の表情が変わる。
鼻を動かすと、確かに。
悪魔とは違う人間の匂いがした。
「向こう」
森の奥を見る。
玲が歩き出すと、かぐやも後に続いた。
茂みを抜けたところで、玲は足を止める。
木の根元に男が倒れていた。
服は泥と血で汚れている。
身体にはいくつもの傷。
だが胸は僅かに上下していた。
「生きてる!」
玲が駆け寄る。
声に気づいた椎名と美月も遅れてやってきた。
美月が男の首へ指を当てる。
「脈はある」
「こいつ、襲われた商人か?」
「服装はそう見えるけど」
椎名が荷物を確認していると、男の瞼が僅かに動いた。
「……う……」
「おい」
玲が顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
男の目が開く。
玲たちを見ると、一瞬怯えたように身体を動かした。
「悪魔は倒した」
その言葉で男の身体から僅かに力が抜ける。
「……二体……?」
「うん」
「よかった……」
掠れた声だった。
「何があった?」
男はすぐには答えられなかった。
椎名が水を飲ませる。
少しして、ようやく呼吸が落ち着いたようだ。
「荷馬車で……北から来た」
「北?」
玲が反応する。
「どこから?」
「リュネの町……」
美月が僅かに眉を動かした。
「知ってる?」
玲が尋ねる。
「ここから北にある町。歩いて二日くらい」
「そこから来る途中で襲われたのか?」
男は首を振った。
「違う……あいつらは……町の近くから、ずっと北へ向かってた」
「悪魔が?」
「ああ……」
玲たちは顔を見合わせる。
また北だ。
「俺たちを見つけて……二体だけ寄ってきた。荷物を捨てて逃げたけど……」
男は腹の傷を押さえた。
「他の悪魔は……そのまま北へ行った」
「なんで?」
「知らない……」
男は目を閉じる。
「でも……リュネでも、同じ話ばかりだった」
「同じ話?」
「悪魔が北へ行くって……」
玲が立ち上がった。
「じゃあ次はそこだな」
「まだ話終わってないでしょ」
椎名に止められる。
男は苦しそうに息をしながら、続けた。
「町に……騎士がいる」
「騎士?」
「北へ向かった悪魔を調べてる……」
玲が僅かに眉を潜めた。
「リュネに行けば、情報があるかもしれない」
「決まりだな」
玲が言う。
椎名も異論はないらしい。
「乗れ」
「え……?」
「街まで運ぶ」
男が戸惑っている間に、玲はその腕を肩へ回した。
以前ならその重さにふらついていたかもしれない。だが、ここ数日の戦いと特訓で、玲自身も少しずつ身体の使い方を覚えてきていた。
「行くぞ」
玲が先頭を歩く。背中には負傷した男。その横をかぐやが歩き、少し後ろを椎名と美月が続く。
目指す場所が一つ増えた。
『北の町、リュネ』
悪魔たちはさらにその先へと向かっている。




