↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/31

第9話:禁忌の子

 

 翌朝。

 宿を出た玲は、かぐやを連れて酒場へ向かっていた。


 朝の街はすでに動き始めている。

 通りには店先へ商品を並べる商人の姿があり、荷車が石畳を音を立てて進んでいく。どこかから漂ってきた焼きたてのパンの匂いに、玲は何度か足を止めそうになった。


「腹減ったな」

「朝飯を食ったばかりじゃろう」

「歩いたから」

「まだ大して歩いておらん」


 そんなことを話しているうちに、見慣れてきた酒場へ着いた。

 扉を開けると、昨日とは違って中にいる騎士は少ない。朝食を取っている者や、依頼書を眺めている者がちらほらいる程度だった。


 玲は真っ先に昨日美月たちがいた場所を見る。


 誰もいない。


「美月は?」

「とっくに出たぞ」


 近くにいた騎士が答えた。


「いつ?」

「日の出る前」

「早えな……」


 昨日、朝には出ると言っていた。

 分かってはいたが、もう少しくらい話せると思っていた玲は、空になった席をしばらく眺めた。


「朝から何してんの?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、椎名が酒場の奥から出てくるところだった。

 歩き方が昨日より少しぎこちない。


 悪魔に腹を殴られ、木へ叩きつけられた椎名は玲より怪我が酷く、昨夜は酒場の一室を借りて休んでいたらしい。


「まだ痛えのか?」

「痛いわよ。誰かさんと違って、こっちはまともに歩くのも大変なの」

「俺も怪我してるぞ」

「なんでそんな元気なのよ」

「知らねえ」


 玲は笑った。


 椎名は呆れたように息を吐き、そのまま出口へ向かう。

 手には昨日の依頼書が握られていた。


「どこ行くんだ?」

「村」

「何しに?」

「報酬をもらいに行くのよ」


 昨日倒した悪魔の討伐を依頼したのは、街から離れた村の住人だった。周辺で人が襲われるようになり、村人たちが金を出し合って依頼を出したらしい。

 椎名は最初からそのつもりで依頼を受けている。


「俺も行く」

「来なくていい」

「なんでだよ」

「報酬を分けろって言うでしょ」

「半分でいいぞ」

「ほら!」


 椎名が依頼書を胸元へ隠した。


「俺も戦っただろ」

「勝手についてきたんでしょ」

「でも面白そうだし、俺も行く」

「人が報酬もらうところの何が面白いのよ」


 玲は答えず、先に扉を開けた。


「行こうぜ」

「村の場所知らないでしょ!」


 結局、玲とかぐやも椎名についていくことになった。


 

 *


 

 街を離れるにつれ、道を歩く人間は少なくなっていった。


 石畳だった道も途中から土へ変わり、左右には広い草原が続いている。

 遠くには緩やかな丘が重なり、その斜面を風が渡るたびに草が波のように揺れた。


 玲は最初こそ椎名の隣を歩いていたが、いつの間にか道を外れていた。少し高くなった斜面を駆け上がり、また街道へ戻る。


「元気じゃのう」

「昨日あれだけ殴られてたのにね」


 椎名は腹を庇いながら歩いている。


 玲は少し先から振り返った。


「遅いぞ」

「怪我人に言う台詞?」

「俺も怪我人だ」

「あんたと一緒にしないで」


 玲は笑いながら道端の柵へ飛び乗った。

 両腕を広げてその上を進み、途切れたところで軽く地面へ降りる。


 昨日適合してから、まだ身体の感覚が少し違う。以前より身体が軽い。

 だからといって調子に乗るなと美月には言われたが、試したくなるものは仕方がなかった。


 村までは数時間かかるらしい。

 急ぐ理由もなく、三人は時折休憩を挟みながら街道を進んだ。


 昼が近づいた頃、小さな集落を通りかかる。

 十軒ほどの家が並ぶだけの場所だった。


 その入口に、古びた木の板が立てられている。

 玲はその前を通り過ぎようとして、大きく書かれた文字に目を留めた。


 ――災厄の魔女。


「……魔女?」


 玲が足を止める。


 その下にも文章が続いていたが、玲にはほとんど読めなかった。


 椎名が振り返る。


「どうしたの?」

「これ何だ?」

「何って……」


 椎名は玲が指差す文字を見る。


「魔女狩りへの注意書きでしょ」

「魔女狩り?」


 椎名が玲を見る。


「まさか、知らないの?」

「知らねえ」


 少しの沈黙。


 椎名は本気で信じられないものを見るような顔をした。


「……あんた、どんな村で育ったの?」

「普通の村」

「絶対普通じゃないわよ」


 玲はもう一度、木の板を見上げる。


「で、魔女って何なんだ?」


 椎名は少し考えてから答えた。


「悪魔と人間の間に生まれた子どもよ」

「悪魔と人間の?」

「そう。生まれちゃいけなかった、禁忌の子」


 それが魔女。


 ただし、誰もその姿を知らない。


 男なのか女なのかさえ分かっていない。

 どこにいるのかも、今も生きているのかも分からない。


 それでも、魔女が存在することだけは世界中に知られていた。


 玲は木の板に刻まれた文字を見る。


「なんで災厄なんだ?」

「魔女が生まれてから、悪魔がそいつを探してるから」


 魔女を狙う悪魔たちが、人間の住む土地へ現れる。

 そのたびに町や村が襲われ、大勢の人間が殺されてきた。


 魔女がそこにいるのかどうかも分からないまま。


 だから人間は魔女を憎んだ。

 多くの人間を死なせ、悪魔を呼び寄せる存在。


 いつしか誰かが、その正体不明の魔女を――『災厄の魔女』と呼び始めた。


「でも、どんな奴か分かんねえんだろ?」

「分からない」

「じゃあどうやって探すんだ?」

「だから問題なのよ」


 椎名の声が少し低くなった。


 魔女の顔も、性別も分からない。

 そのため人間の間でも疑心が広がった。


 あいつが魔女ではないか。

 あの家が魔女を匿っているのではないか。

 あの村に魔女がいるから、悪魔が現れたのではないか。


 根拠などなくても一度疑いが広がれば止まらない。


 追放だけで済むこともあれば、人間同士で殺し合いになることもある。

 そしてそこへ、本当に魔女を探す悪魔まで現れる。


 人間も。


 悪魔も。


 同じ一人を探して、人間を殺す。


 それが世界各地で繰り返されてきた――魔女狩りだった。


「……変なの」


 玲が呟いた。


「何が?」

「そいつが魔女か分かんねえのに殺すんだろ?」

「そうね」

「悪魔も人間も?」

「どっちも」


 玲は少し考えた。


「本当に悪い奴かも分かんねえのに」


 それだけ言って、木の板から離れた。


 椎名は何も返さなかった。

 かぐやだけが、古びた板をしばらく見つめていた。


「かぐや?」

「……いや」


 かぐやは玲を追いかける。


「何でもない」


 三人は再び村へ向かった。


 

 *


 

 太陽が少し西へ傾き始めた頃、草原が途切れ、道の周囲に畑が増え始めた。


 目的の村が近いらしい。


 椎名は依頼書を取り出し、書かれた場所を確認する。


「もうすぐね」

「報酬いくらだっけ?」

「教えない」

 

「半分でいいぞ」

「一銭もあげない」


「俺も戦ったのに」

「勝手についてきたんでしょ」


 玲は不満そうに口を尖らせた。


 かぐやが二人の間を歩いている。

 やがて、畑の間を抜ける細い道へ入った。


「村見えてきたぞ!」

「走らないでって! まだ怪我してるんだから!」


 椎名の声を背中に受けながら、玲は丘へ向かう。


 だが。


 途中で、その足が止まった。


「…………」


 かぐやもほとんど同時に立ち止まる。


 耳が立った。


 鼻先がわずかに動く。


「玲?」


 椎名が二人を見る。

 玲は答えない。


 風が吹いた。


 丘の向こうから流れてきた空気が、三人の間を抜けていく。


 玲の表情が消えた。


 焦げた木。

 煙。

 その奥に混じる、血の臭い。


 知っている。

 忘れるはずがない。


 あの日、森から村へ戻る途中で嗅いだものと同じだった。


「……まさか」


 隣でかぐやが呟く。


「何なの?」

「行くぞ」


 玲が走り出した。


「え?」


 かぐやも地面を蹴る。


「ちょっと、待って!」


 椎名には何が起きたのか分からない。それでも、二人の様子が明らかに変わったことだけは分かった。腹の痛みを堪えながら、その後を追う。


 丘を駆け上がる。

 玲が頂上へ辿り着いた。


 その先を見た瞬間、足が止まった。


 かぐやも隣で立ち尽くす。


「はぁ……っ、急に何なのよ……」


 遅れて椎名が丘を登り切り、わけもわからぬまま顔を上げる。


「…………え?」


 眼下にある村から、黒い煙が上がっていた。


 何軒もの家が炎に包まれている。

 屋根は崩れ、畑は踏み荒らされ、村を囲んでいた柵も倒れていた。


 玲は何も言わず丘を駆け下りる。

 村へ近づくほど、臭いは強くなっていた。


 煙。

 焦げた木。

 そして、血。


 村の入口まで来たところで、椎名も足を止めた。


 地面に人が倒れている。


 一人ではない。

 道の脇にも。

 焼けた家の前にも。


 倒れた者たちの傷は、それぞれ違っていた。

 

 刃物で裂かれた者もいれば、人の力ではつけられないような傷を負った者もいる。


「……嘘でしょ」


 椎名の手から、依頼書がゆっくりと下がる。

 

 玲は燃える村を見つめている。


「椎名」

「……何?」

「これ」


 玲は目の前の光景から目を離さない。


「魔女狩りってやつか?」


 椎名も村を見る。


 ついさっきまで説明していた言葉。

 人間も悪魔も、正体すら分からない一人の魔女を探して、人間を殺す。


 その結果が目の前に広がっている。


「……たぶん」


 どこかで家が崩れた。

 炎が大きく揺れ、火の粉が空へ舞い上がる。


「…………」


 玲は動かなかった。


 炎。

 煙。

 血の臭い。

 倒れた人間。


 あの時見たものと、あまりにもよく似ている。


 隣では、かぐやも村を見つめたまま動かない。


「……同じじゃ」


 小さな声だった。


 玲は何も答えなかった。


 ただ、燃え続ける村を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。