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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
新人受付嬢編

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第8話 アルさん

 翌朝。


「おはようございます!」


 ギルドの扉を開けた私は、いつもより少しだけ大きな声で挨拶をした。


「おう。おはよう」


 受付カウンターの前を通り過ぎるアルベルトさんが、いつものように返してくれる。

 その声を聞くだけで、少し安心する。


「……」


 私は思わず、その背中を目で追った。

 昨日から、ずっと考えていた。

 アルベルトさん。

 アルベルトさん。

 アルベルトさん。

 なんだか、少し長い。

 いや、別に長くてもいい。


 でも――。


「……アルさん」


 小さく呟いてみる。

 口にすると、不思議としっくりきた。


「……うん」


 何が「うん」なのか、自分でも分からない。

 ただ。

 そう呼んでみたかった。


     ◇


 午前中の仕事は忙しかった。

 依頼の受付。

 報酬の受け渡し。

 冒険者からの質問。

 新人の私には、まだまだ覚えることが多い。


「すみません、少々お待ちください」


 私は依頼書を確認する。

 以前なら、焦ってしまっていたかもしれない。

 でも今日は違った。

 分からなければ確認する。

 慌てず、一つずつ処理する。

 昨日アルベルトさんに教えてもらったことを思い出しながら仕事を進める。


「ありがとうございました」


 最後の冒険者を送り出す。


「ふぅ……」


 少し疲れた。

 でも、嫌な疲れ方ではない。


「リゼ」

「はい?」


 先輩受付嬢が声をかけてきた。


「最近、ずいぶん落ち着いてきたわね」

「本当ですか?」

「ええ。まだ新人らしいところはあるけど、最初の頃よりずっといいわ」

「ありがとうございます!」


 素直に嬉しかった。

 少しずつだけど、できるようになっている。

 昨日、アルベルトさんが言ってくれたことも間違っていなかった。

 私はちゃんと前に進んでいる。


     ◇


 昼過ぎ。

 少し受付が落ち着いたところで、アルベルトさんがやって来た。


「リゼ」

「はい」

「今日は忙しいか?」

「午前中は結構忙しかったです。でも、今は大丈夫です」

「そうか」


 アルベルトさんが受付カウンターに腕を置く。


「昨日教えたやつ、覚えてるか?」

「一拍待つ、ですよね?」

「そう。それ」

「ちゃんと意識してます」

「ならいい」

「……」


 今だ。

 今なら言える気がする。


「あの……」

「ん?」

「アルベルトさんって……」

「俺がどうした?」

「……」


 やっぱり恥ずかしい。


「いえ、なんでもないです」

「そうか」


 アルベルトさんは追及しない。

 でも。

 私は諦めなかった。


「……あの!」

「おう」

「アルベルトさんって、みんなから何て呼ばれてるんですか?」

「俺?」

「はい」

「アルとか、アルさんとか」

「アル……」


 やっぱり。

 他の人もそう呼んでいるんだ。


「じゃあ……」


 私は少しだけ息を吸った。


「私も、アルさんって呼んでもいいですか?」


 アルベルトさんが目を瞬いた。


「俺を?」

「はい」

「別にいいぞ」


 あっさり。

 本当にあっさりだった。


「……いいんですか?」

「駄目な理由がないだろ」

「……」


 私は嬉しくなった。


「じゃあ……アルさん」

「おう」

「アルさん」

「なんだ?」

「……呼んでみただけです」

「なんだそりゃ」


 アルベルトさんが笑う。

 私も笑った。


「ふふっ」

「気に入ったのか?」

「はい」


 その言葉が自然に出てきた。


「……なんだか、少し近くなった気がします」

「呼び方だけで?」

「はい」

「まあ、リゼがそう思うならいいんじゃないか」

「はい!」


 胸の奥が、ぽっと温かくなった。


     ◇


 その日の午後。


「アルさん」

「ん?」

「アルさん、これってどう処理するんですか?」

「それはな――」

「アルさん、ちょっと聞いてもいいですか?」

「おう」

「アルさん――」

「今日はよく呼ぶな」

「……嫌でした?」

「いや」


 アルベルトさんが笑う。


「好きに呼べばいい」

「……はい」


 その一言だけで、また嬉しくなる。

 仕事の合間。

 ほんの少しの会話。

 それだけなのに。

 アルさんとの距離が近くなった気がした。


     ◇


 仕事が終わる頃。

 私は受付カウンターを片付けていた。


「リゼ」

「はい?」

「今日はもう上がるのか?」

「はい」

「そうか。じゃあ、また明日な」

「はい!」


 アルさんがギルドを出ていく。

 私はその背中を見送った。


「……また明日」


 口にしてから、自分でも少し笑ってしまう。

 明日も会える。

 明日も話せる。

 そう思うだけで、なんだか嬉しい。

 以前は、ギルドに来ることが少し怖かった。

 怒鳴られるかもしれない。

 失敗するかもしれない。

 迷惑をかけるかもしれない。

 そんなことばかり考えていた。

 でも今は。

 もちろん、不安がなくなったわけじゃない。

 それでも――。


「アルさんがいるから……」


 ぽつりと呟く。

 すると。

 胸が少しだけ高鳴った。


「……?」


 私は首を傾げる。

 どうしてだろう。

 ただ名前を呼んだだけなのに。

 ただ、明日会えると思っただけなのに。

 こんなにも嬉しい。

 まだ、その理由を私は知らなかった。

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