第7話 十回褒めて、一回だけ直す
翌朝。
「おはようございます!」
私はいつもより少しだけ元気に挨拶をした。
「おう。おはよう」
受付カウンターの前を通ったアルベルトさんが、軽く手を上げる。
それだけで、なんとなく嬉しくなる。
昨日、話を聞いてもらったからだろうか。
今日は頑張れそうな気がする。
◇
「では、こちらの依頼についてご説明しますね」
午前中。
私は一人の冒険者に依頼内容を説明していた。
「依頼場所は東側の森です。最近、魔物の目撃情報が増えているため、通常より警戒して行動してください」
「報酬は?」
「銀貨三枚です。討伐対象の証明が必要になりますので、こちらの――」
そこまで説明してから、私は依頼書を確認した。
以前なら、ここで説明に詰まっていた。
けれど今日は違う。
昨日、先輩に教えてもらったことを思い出しながら、順番に説明していく。
「以上になります。何かご不明な点はありますか?」
「ない。分かった」
「ありがとうございました。お気をつけて」
冒険者が受付を離れていく。
「……できた」
小さく呟いた。
ちゃんと説明できた。
いつもより、ずっとスムーズだった。
「今の、よかったぞ」
「え?」
横から声がした。
アルベルトさんだった。
「聞いてたんですか?」
「たまたまな」
「……どうでした?」
「まず、説明する順番が分かりやすかった」
「はい」
「それから、相手の顔を見ながら話してたな」
「そこも……ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
「あと、最後に『何かご不明な点はありますか?』って聞いたのもいい」
「……」
次々と出てくる。
「声の大きさも丁度よかった」
「はい……」
「それと、依頼書を確認してから話したのもいいな」
「……そんなところまで?」
「見てれば分かる」
私は思わず笑った。
「なんだか……いっぱい褒めますね」
「いいところがあったからな」
その言葉が嬉しかった。
ただ「頑張ったな」と言われるよりも。
何がよかったのかを具体的に言ってもらえる。
ちゃんと見てもらえている。
そんな感じがした。
「じゃあ、逆に……駄目だったところは?」
「あるぞ」
「えっ」
少し緊張する。
「最後の確認だ」
「最後の?」
「『何かご不明な点はありますか?』って聞いたあと、相手が『ない』と言っただろ?」
「はい」
「そこで一瞬だけ、リゼが先に話し始めようとした」
「あ……」
思い当たる。
「相手がまだ何か言おうとしているかもしれないから、あと一拍だけ待つともっといい」
「なるほど……」
「まあ、それくらいだ」
「……それだけですか?」
「ああ」
私は少し拍子抜けした。
「もっといっぱいあるのかと思いました」
「新人なんだから、できてないところを全部探してたらキリがないだろ」
「でも、直したほうが……」
「もちろん直す」
アルベルトさんは頷いた。
「ただ、十個できてないところがあったとしても、十個全部言えばいいってもんじゃない」
「……」
「一度に全部直せる奴なんて、そうはいないからな」
「じゃあ……」
「今日は一個だけ覚えればいい」
「一個だけ」
「ああ」
私はその言葉を頭の中で繰り返した。
「十回褒めて、一回だけ直すくらいでちょうどいい」
「……十回?」
「まあ、今のは分かりやすく言っただけだ」
アルベルトさんが笑う。
「でも、本当にそういう感じです」
「何が?」
「アルベルトさんって、まず褒めますよね」
「そうか?」
「はい」
私は少し考えてから言った。
「前に私が失敗したときも、全部駄目とは言いませんでした」
「全部駄目じゃなかったからな」
「今日も、最初にいっぱい褒めてくれました」
「できてたからな」
「……」
まただ。
この人は、当たり前みたいに言う。
でも。
私には、その言葉が嬉しかった。
「ありがとうございます」
「おう」
「……私、もっと頑張ります」
「頑張るのはいいが、無理はするなよ」
「はい」
◇
昼過ぎ。
私はまた受付の仕事に戻った。
さっき教えてもらったことを意識して、冒険者への説明をする。
依頼内容を説明する。
質問がないか確認する。
一拍待つ。
「……ありがとうございました」
今度は、少しだけ上手くできた。
私は小さく拳を握った。
「よし」
自分でも分かる。
昨日までとは違う。
ほんの少しだけど。
前に進んでいる。
◇
仕事が終わったあと。
私は受付カウンターを片付けながら、ふと思った。
アルベルトさんは、どうしてあんなに人のことを見ているんだろう。
昨日は、私が悩んでいることに気づいた。
今日は、私の説明の仕方を見ていた。
昼には「ちゃんと食べたか」と聞いてくる。
そして。
私が自分では気づいていなかった小さな成長まで、見つけてくれる。
「……不思議な人」
五十歳なのに。
どこか落ち着いていて。
話していると、安心する。
もっと話してみたい。
もっと、私のことを知ってほしい。
そして――。
もっと、この人のことを知りたい。
「……アルベルトさん」
気づけば、その名前を小さく口にしていた。
胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。
まだ、これは恋じゃない。
ただ――。
アルベルトさんに褒めてもらえると、嬉しい。
また明日も話したい。
そう思った。
それだけだった。




