↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
新人受付嬢編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/56

第6話 話したくなる人

 アルベルトさんが、私のことを覚えていてくれた。

 たったそれだけのことなのに。

 翌日の朝。


「おはようございます」


 いつものようにギルドへ出勤すると、受付カウンターの向こうから声が返ってきた。


「おう。おはよう」


 アルベルトさんだった。

 昨日と同じ、どこにでもいそうな五十歳くらいのおじさん。

 服装も普通。

 顔立ちだって、特別に目立つわけじゃない。

 なのに。


「……今日は食べました」

「ん?」

「お昼です」

「ああ」


 アルベルトさんが少し笑った。


「ならいい」


 それだけ。

 それだけなのに、なんだか嬉しい。


「……ふふっ」

「何笑ってんだ?」

「いえ、なんでもありません」


 私は慌てて仕事に戻った。

 昨日までなら、こんな何気ない会話をすることすらなかった。

 でも今は違う。

 アルベルトさんが来ると、少しだけ安心する。

 そして――。

 少しだけ、嬉しい。

 そんな自分に気づいてしまう。


     ◇


 その日の仕事は、比較的順調だった。

 大きな失敗もない。

 昨日のように怒鳴られることもなかった。

 だからこそ。

 仕事が終わったあと、妙に疲れていた。


「……ふぅ」


 受付の片付けを終え、私は椅子に座った。

 同期の子たちは、もう帰っている。

 先輩たちも少しずつ帰り始めていた。


「リゼ、帰らないの?」

「はい。ちょっとだけ整理してから帰ります」

「そう。無理しないでね」

「ありがとうございます」


 先輩が帰っていく。

 ギルド内の人影が少なくなっていく。

 私も帰ろう。

 そう思った。

 けれど。


「……私、この仕事向いてないのかな」


 ぽつりと、言葉が漏れた。

 昨日のこと。

 入ってから半月しか経っていないこと。

 同期の子たちのほうが仕事を覚えるのが早いこと。

 説明だって、私はまだたどたどしい。

 お客さんの質問にすぐ答えられないこともある。

 もっとしっかりしなきゃ。

 もっと頑張らなきゃ。

 そう思っているのに。


「……疲れた」


 誰もいないと思っていた。


「何がだ?」

「ひゃっ!?」


 突然、後ろから声がした。

 振り返る。


「アルベルトさん!?」

「驚かせたか?」

「驚きますよ!」


 アルベルトさんが苦笑する。


「悪い。まだいたんだな」

「アルベルトさんこそ……」

「俺はこれから帰るところだ」


 そう言ってから、私の顔を見る。


「で?」

「え?」

「何が疲れたんだ?」

「……」


 私は答えられなかった。


「別に……なんでもないです」

「そうか」


 アルベルトさんは、それ以上聞かなかった。

 いつもなら、そこで終わる。

 でも。


「……アルベルトさん」

「ん?」

「少しだけ……話してもいいですか?」

「ああ」


 即答だった。

 嫌な顔もしない。

 急かしもしない。

 ただ、そこにいてくれる。


「私……受付嬢に向いてないんでしょうか」

「どうしてそう思った?」

「同期の子たちのほうが仕事が早いんです」

「うん」

「説明も上手ですし」

「うん」

「私は、まだ分からないことも多くて……昨日だって失敗しました」

「昨日の件か」

「はい」


 私は膝の上で手を握った。


「もっとちゃんとできるようにならなきゃって思ってるんです。でも……」

「でも?」

「……うまくいかないんです」


 言ってしまうと、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ軽くなった。

 アルベルトさんは黙って聞いている。

 何かを言おうとはしない。

 だから、私は続けた。


「怒鳴られると、頭が真っ白になって……何も考えられなくなります」

「うん」

「受付嬢なのに、そんなことじゃ駄目ですよね」

「そう思ってるのか?」

「……はい」


 少しの沈黙。

 アルベルトさんは、ゆっくり口を開いた。


「じゃあ、リゼはどうしたいんだ?」

「え?」

「受付嬢を辞めたいのか?」

「……」


 私は考えた。

 すぐには答えが出なかった。

 でも。


「……辞めたく、ないです」


 自分でも驚くほど、はっきりと言えた。


「仕事を覚えたいです」

「うん」

「もっとちゃんと説明できるようになりたいです」

「うん」

「怒鳴られても……いつか、ちゃんと対応できるようになりたい」


 アルベルトさんが頷いた。


「なら、向いてないってことじゃないだろ」

「……え?」

「向いてない奴は、そんなふうに悩まないんじゃないか?」


 私は目を瞬いた。


「失敗したくない。もっと上手くなりたい。続けたい。そう思ってるんだろ?」

「……はい」

「だったら、今はまだ新人ってだけだ」

「新人……」

「ああ。入って半月なんだろ?」

「はい」

「半月で何でもできる奴のほうが珍しい」

「……そうなんでしょうか」

「俺なんか五十年生きていても、分からないことはいくらでもあるぞ」

「ふふっ」

「また笑ったな」

「すみません」

「だから、なんで謝るんだ」

「あ……」


 私は口元を押さえた。

 アルベルトさんも笑っている。


「まあ、いい」


 それから少しだけ真面目な顔になった。


「リゼ」

「はい」

「怒鳴られて頭が真っ白になるのは、すぐには変わらないかもしれない」

「……」

「だから、無理に一人で何とかしようとするな」

「でも……」

「先輩を呼べばいい」

「……それでもいいんですか?」

「当たり前だろ」


 アルベルトさんはあっさりと言った。


「受付は一人で全部やる仕事じゃない」

「……はい」

「分からなければ聞く。困ったら助けを求める。それも仕事だ」

「……」

「それに」

「はい?」

「誰かに助けを求めることと、仕事を投げ出すことは違うからな」


 胸の奥に、その言葉がすっと入ってきた。

 私はずっと。

 助けを求めるのは、できない人がすることだと思っていた。

 でも。

 違うのかもしれない。


「……ありがとうございます」

「礼を言われるようなことじゃない」

「でも……」

「話したかったから話したんだろ?」

「……はい」

「なら、それでいい」


 アルベルトさんは立ち上がった。


「今日はもう帰れ」

「はい」

「明日も仕事だぞ」

「分かってます」

「ちゃんと寝ろよ」

「子供じゃないですよ」

「新人だからな」

「もう!」


 思わず笑ってしまう。

 アルベルトさんも笑った。

 そのままギルドを出ていく。


「……」


 私はその背中を見送った。

 不思議だった。

 何か特別なことをしてもらったわけじゃない。

 仕事を教えてもらったわけでもない。

 答えを押しつけられたわけでもない。

 ただ、話を聞いてもらった。

 それだけ。

 なのに。


「……話してよかった」


 胸の中が、少しだけ軽くなっていた。

 そして私は気づいていなかった。

 自分がいつの間にか――。

 何かあったら、アルベルトさんに話したい。

 そう思うようになっていることに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。