第55話 半年後のマリア
あれから。
半年が経った。
季節は移り変わり。
冒険者ギルドの中にも。
少しずつ変化があった。
「次の方、どうぞ」
「はい」
受付の前に立った冒険者へ。
マリアが笑顔を向ける。
「依頼の達成報告ですね」
「そうだ」
「確認します」
提出された素材。
依頼書。
討伐証明。
マリアは手際よく確認していく。
「問題ありません」
「報酬はこちらです」
「お疲れさまでした」
「ああ」
冒険者は報酬を受け取る。
「……」
少しだけ。
マリアを見る。
「どうかしましたか?」
「いや」
「すっかり慣れたなと思ってな」
「そうでしょうか?」
「最初の頃は」
「随分緊張してたのに」
「……」
マリアが苦笑する。
「昔のことです」
「まだ1年ちょっとだろ」
「1年もあれば十分です」
「そういうものか」
「そういうものです」
冒険者は笑いながら。
ギルドを出ていった。
「……」
マリアは。
小さく息を吐く。
そして。
次の依頼書を手に取った。
「マリア先輩」
「はい?」
隣から。
若い受付嬢の声がした。
マリアが振り返る。
「この依頼なんですが」
「報酬の計算が少し分からなくて」
「ああ」
「見せてください」
マリアは。
依頼書を見る。
「これはですね」
「基本報酬に加えて」
「危険度の補正があります」
「まずここを確認して」
「……」
丁寧に説明する。
「なるほど」
「ありがとうございます!」
「いえ、最初は誰でも間違えますから。私も何度も間違えました」
「マリア先輩でもですか?」
「もちろんです」
「……」
「最初からできる人なんて、ほとんどいませんよ。だから、分からなかったら聞いてください」
「はい!」
若い受付嬢が笑う。
「ありがとうございました!」
自分の受付へ戻っていく。
「……」
マリアは。
その背中を見送った。
「すっかり先輩だね」
「……っ」
突然。
後ろから声がする。
マリアが振り返る。
「アルベルトさん」
「お疲れ」
「お疲れさまです」
「……」
アルベルトは。
少し離れたところから。
さっきの様子を見ていたらしい。
「教え方も上手かったよ」
「そうですか?」
「うん。俺ならもっと適当に説明してたと思う」
「アルベルトさんは」
「人に教えるのも上手いじゃないですか」
「そうかな」
「そうです」
「……」
マリアは。
少しだけ笑う。
「私も最初は分からないことばかりでしたから。だから、できるだけ聞きやすい雰囲気にしたいんです」
「……」
アルベルトが。
少しだけ目を細める。
「うん、いいと思う」
「……」
「マリアさんなら相談しやすい先輩になると思うよ」
「……」
マリアの動きが止まる。
「……」
アルベルトは。
何気なく言った。
しかし。
マリアにとっては。
何気ない言葉ではない。
「……ありがとうございます」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
マリアは。
少しだけ笑った。
昼休み。
ギルドの裏手。
職員用の休憩スペース。
「……」
マリアは。
一人で昼食を食べていた。
「ここ、いい?」
「……?」
顔を上げる。
「アルベルトさん」
「他が埋まってて」
「どうぞ」
アルベルトが。
向かい側に座る。
「……」
二人で昼食。
別に。
珍しいことではない。
この半年。
こうして一緒に食事をすることも。
何度かあった。
「今日も忙しいね」
「そうですね」
「最近」
「新人さんも増えましたから」
「マリアさんが教えてるの?」
「私だけではありませんけど」
「……」
少し考える。
「教える側になるとは、思ってませんでした。最初は自分が教えてもらってばかりでしたから」
「半年も経てば変わるよ」
「そうでしょうか」
「うん」
「……」
アルベルトが。
食事を続ける。
「人って、自分で思ってるより結構変わるから」
「……」
「マリアさんも最初の頃とは全然違うよ」
「……」
マリアは。
少し黙る。
「どう違いますか?」
「ん?」
「最初と今」
「……」
アルベルトは。
少し考えた。
「自信がついた」
「……」
「最初は間違えないようにってすごく気を張ってた。今も真面目だけど余裕がある」
「……」
「周りも見られるようになった」
「……」
「それに、自分で決めることが増えた」
「……」
マリアは。
静かに聞いていた。
「……」
アルベルトは。
ちゃんと見ている。
自分のことを。
半年間。
毎日。
近くで。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「……」
少し沈黙。
「……アルさん」
「ん?」
アルベルトが顔を上げる。
「……」
マリアは。
少しだけ笑った。
「何でもありません」
「何?」
「何でもないです」
「気になるな」
「気にしないでください」
「……」
アルベルトが。
不思議そうな顔をする。
マリアは。
笑いを堪える。
ギルドの中。
他の職員がいる場所では。
アルベルトさん。
二人きりなら。
アルさん。
いつの間にか。
そう呼ぶようになっていた。
最初に呼んだ時は。
かなり恥ずかしかった。
しかし。
今では。
もう自然だった。
「……」
そのことが。
少し嬉しい。
自分たちだけの。
小さな秘密のようで。
午後。
「マリア」
「はい」
受付の奥から。
声がした。
「支部長代理がお呼びです」
「私をですか?」
「ああ」
「会議室だ」
「分かりました」
マリアは。
手元の仕事を片付ける。
「少し行ってきます」
「うん」
アルベルトが頷いた。
「何かした?」
「していません」
「本当に?」
「していません」
「じゃあ大丈夫だね」
「何ですか、それ」
「いや」
「呼び出される時って悪いこととは限らないから」
「……」
「むしろ、いい話かもしれないよ」
「……」
マリアは。
少し笑う。
「そうだといいですね」
会議室。
「失礼します」
「入りなさい」
「はい」
中には。
支部長代理。
そして。
受付責任者がいた。
「座ってくれ」
「失礼します」
マリアが座る。
「……」
少し緊張する。
「マリア」
「はい」
「来月」
「地区合同会議が開かれる」
「……?」
マリアが瞬きをする。
「合同会議」
「はい」
「西部地区の複数都市からギルド関係者が集まる会議だ」
「……」
「支部長」
「副支部長」
「受付責任者」
「そして」
「実務担当者も参加する」
「……」
マリアは。
静かに聞く。
「今回」
「お前にも参加してもらいたい」
「……」
「私が?」
「ああ」
マリアは。
少し驚いた。
「ですが、私はまだ……」
「新人ではない」
「……」
支部長代理が。
はっきりと言った。
「もう1年以上経った」
「通常業務も一人で任せられる」
「後輩の指導もできる」
「冒険者への対応も安定している」
「……」
「いつまでも新人扱いはできない」
「……」
マリアは。
少しだけ。
背筋を伸ばす。
「……」
「今回は」
「若手の実務担当者として参加してもらう」
「……」
「合同会議では」
「現場の意見も必要になる」
「マリアなら」
「十分に役割を果たせる」
「……」
胸の奥が。
少し熱くなる。
「……」
嬉しい。
しかし。
同時に。
不安だった。
「……」
「返事は」
「今すぐでなくてもいい」
「いえ」
マリアは。
顔を上げる。
「参加します」
「……」
「そうか」
「はい」
「……」
「せっかくいただいた機会です」
「挑戦してみたいです」
「……」
支部長代理が。
少し笑った。
「分かった」
「詳しい日程は後で伝える」
「開催地までは」
「一日半ほど」
「護衛も同行させる予定だ」
「はい」
「……」
マリアは。
頷く。
「では」
「よろしくお願いします」
「失礼します」
会議室を出る。
「……」
扉を閉めた瞬間。
「……はあ」
小さく息を吐いた。
「合同会議」
「……」
自分が。
そんな場所へ行くことになるとは。
少し前まで。
想像もしていなかった。
「……」
不安はある。
もちろん。
ある。
しかし。
それ以上に。
「……やってみたい」
そう思った。
「どうだった?」
「……」
受付へ戻ると。
アルベルトが。
依頼掲示板を眺めていた。
「アルベルトさん」
「ん?」
「少し」
「時間ありますか?」
「あるよ」
「……」
マリアは。
周囲を見る。
近くに。
他の職員はいない。
「……アルさん」
「どうした?」
「……」
マリアは。
少しだけ。
笑った。
「合同会議に」
「参加することになりました」
「……」
アルベルトが。
少し驚く。
「へえ」
「すごいじゃない」
「……」
「私で大丈夫でしょうか」
「……」
アルベルトは。
すぐには答えなかった。
「不安?」
「少し」
「……」
「どんなところが?」
「……」
マリアは。
少し考える。
「他の支部には」
「もっと経験のある人もいると思います」
「私より年上の人も」
「きっと」
「……」
「そんな中で」
「ちゃんと意見を言えるのか」
「……」
「私の考えが」
「間違っていたらどうしようとか」
「……」
言葉が。
少しずつ出てくる。
「……」
アルベルトは。
黙って聞いていた。
「……」
途中で。
否定しない。
大丈夫だとも。
簡単には言わない。
「……」
マリアは。
話し終える。
「……」
「そっか」
アルベルトが。
ゆっくり頷く。
「……」
「でも」
「マリアさんが」
「半年間でやってきたことは」
「なくならないよ」
「……」
「経験が少ないなら」
「少ないなりに」
「見えているものがある」
「……」
「若いから」
「気づけることもある」
「……」
マリアは。
アルベルトを見る。
「……」
「それに」
「マリアさんは」
「分からないことを」
「分からないままにしないでしょ」
「……」
「だから」
「大丈夫だと思う」
「……」
マリアの胸の奥が。
少しだけ。
軽くなる。
「……」
「ありがとうございます」
「まだ何もしてないけど」
「してくれました」
「……?」
「話を聞いてくれました」
「……」
アルベルトは。
少し笑った。
「それだけ?」
「それが一番です」
「……」
マリアも。
笑う。
「……」
そして。
心の中で。
一つ。
決める。
開催地まで。
一日半。
護衛が必要。
「……」
誰を選ぶか。
もう。
決まっていた。
「……」
マリアは。
アルベルトを見る。
「……アルさん」
「ん?」
「何でもありません」
「またそれ?」
「はい」
「……」
アルベルトは。
少し困ったように笑った。
マリアも。
笑う。
しかし。
その胸の奥では。
もう。
小さな計画が。
動き始めていた。
まだ。
アルベルトは。
知らない。
次の出張。
マリアが誰に護衛を頼むつもりなのか。
そのことを、まだ知らなかった。




