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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
過去編

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第56話 護衛の指名

 合同会議への参加が決まってから。

 数日が経った。


「……」


 マリアは。

 受付の奥にある資料を整理していた。

 今回の合同会議。

 開催地までの移動。

 会議の日程。

 宿泊先。

 必要な書類。

 そして。

 同行する護衛冒険者。


「……」


 その名前を書く欄だけが。

 まだ空白だった。


「マリア」

「はい」


 受付責任者が声をかける。


「護衛の件だが」

「そろそろ決めてもらえるか?」

「はい」

「候補者はこちらで何人か選んである」


 渡された紙には。

 数名の冒険者の名前が書かれていた。

 全員。

 マリアも知っている。

 護衛として問題のない者たち。


「この中から選んでもいいし」

「他に希望があるなら言ってくれ」

「……」


 マリアは。

 紙を見る。

 そして。

 ほとんど迷うことなく。

 顔を上げた。


「希望があります」

「そうか」

「誰だ?」

「アルベルトさんをお願いします」

「……」


 受付責任者が。

 少しだけ目を瞬かせる。


「アルベルトか」

「はい」

「Cランクだが」

「問題はないな」

「経験もある」

「……」


 少し考える。


「理由を聞いても?」

「……」


 マリアは。

 一瞬だけ。

 言葉を探した。

 しかし。

 すぐに答える。


「一番信頼できるからです」

「……」


 迷いのない声だった。

 受付責任者が。

 少し笑う。


「分かった」

「本人に確認してみよう」

「はい」

「……」


 マリアは。

 小さく頭を下げた。




「アルベルト」

「ん?」


 昼過ぎ。

 依頼掲示板の前。

 アルベルトが振り返る。


「少し」

「時間いいか?」

「いいですよ」

「……」


 受付責任者が。

 アルベルトへ説明する。


「地区合同会議の護衛依頼だ」

「開催地まで一日半」

「帰りも同様」

「会議期間中も護衛として待機してもらう」

「……」


 アルベルトは。

 依頼書を見る。


「へえ」

「護衛ですか」

「ああ」

「マリアが参加する」

「……」

「その護衛として」

「お前を指名した」

「……」


 アルベルトの動きが。

 止まった。


「……俺?」

「ああ」

「……」


 少し離れた受付。

 マリアが。

 こちらを見ている。

 目が合う。


「……」


 マリアは。

 軽く会釈した。


「……」


 アルベルトは。

 依頼書を見る。


「いや」

「俺じゃなくても」

「もっと適任がいるんじゃ?」

「Cランク以上なら」

「他にも……」

「護衛経験なら十分だ」


 受付責任者が答える。


「それに」

「今回はマリア本人の指名だ」

「……」


 アルベルトが。

 もう一度。

 マリアを見る。


「……」


 マリアは。

 今度は目を逸らさなかった。


「……」

「そうですか」


 アルベルトが。

 少し困ったように笑う。


「じゃあ」

「引き受けます」

「本当ですか?」

「……」


 思わず。

 マリアが声を上げた。

 周囲が。

 少しだけマリアを見る。


「……」


 マリアは。

 慌てて姿勢を正した。


「いえ」

「失礼しました」

「……」


 アルベルトが。

 小さく笑う。


「そんなに心配だった?」

「……」

「いえ」

「別に」

「……」

「本当?」

「……」


 マリアが。

 少しだけ視線を逸らす。


「……少しだけ」

「……」


 アルベルトは。

 それ以上。

 何も言わなかった。


「依頼の詳細は」

「明日説明する」


 受付責任者が言う。


「出発は五日後だ」

「分かりました」

「では」

「頼んだぞ」

「はい」





「……」


 夕方。

 ギルドの裏手。

 仕事を終えたマリアが。

 建物の外へ出る。


「お疲れ」

「……」


 後ろから。

 声がした。


「アルベルトさん」

「帰り?」

「はい」

「……」


 少しだけ。

 周囲を見る。

 他に人はいない。


「……アルさん」

「ん?」

「その」

「今日は」

「ありがとうございました」

「何が?」

「護衛の依頼」

「ああ」

「……」


 アルベルトが。

 少し笑う。


「まだ何もしてないけど」

「引き受けてくれました」

「うん」

「断る理由もなかったし」

「……」


 マリアは。

 少しだけ。

 頬を膨らませる。


「それだけですか?」

「え?」

「……」

「私がお願いしたから」

「引き受けてくれたんじゃないんですか?」

「……」


 アルベルトが。

 一瞬だけ考える。


「それもあるよ」

「……」


 マリアが。

 顔を上げる。


「マリアさんが」

「一番信頼できるって言ってくれたし」

「……」

「それなら」

「期待には応えたいと思う」

「……」


 マリアは。

 少し黙る。


「……」

「そういうこと」

「……」

「……」


 胸の奥が。

 少し温かくなる。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして」




 二人は。

 並んで歩き始める。

 帰る方向が。

 途中まで同じだった。


「……」


 マリアは。

 少し迷ってから。

 聞いた。


「アルさん」

「ん?」

「……嫌じゃありませんでしたか?」

「何が?」

「私が」

「護衛に指名したことです」

「……」


 アルベルトは。

 少し考える。


「嫌じゃないよ」

「……」

「むしろ」

「嬉しかった」

「……っ」


 マリアが。

 思わず立ち止まる。


「……」


 アルベルトも。

 足を止めた。


「どうした?」

「……いえ」

「……」


 マリアは。

 少しだけ顔を伏せる。


「嬉しかったんですか?」

「うん」

「信頼されてるって」

「言ってもらえるのは嬉しいよ」

「……」

「俺」

「そんなに目立つ仕事をしてるわけじゃないから」

「誰かに選ばれることって」

「そんなに多くないし」

「……」


 マリアは。

 アルベルトを見る。

 この人は。

 本当に。

 自分がどれだけ周囲から信頼されているか。

 分かっていない。


「……」

「アルさん」

「ん?」

「もっと自信を持ってください」

「……急だね」

「急ではありません」

「……」

「アルさんは」

「私が一番信頼できる人です」

「……」


 アルベルトが。

 少しだけ。

 目を細める。


「ありがとう」

「……」


 その笑顔を見て。

 マリアの胸が。

 少しだけ。

 高鳴った。



 出発まで。

 あと五日。


「……」


 その間。

 マリアは。

 何度も。

 予定表を確認した。

 必要な書類。

 荷物。

 会議の資料。

 移動経路。


「……」


 そして。

 護衛冒険者。

 その欄に書かれた名前。

 アルベルト。


「……」


 思わず。

 少し笑ってしまう。


「マリアさん?」

「……っ」


 隣の受付嬢に。

 声をかけられた。


「どうかしましたか?」

「いえ」

「何でもありません」

「……?」

「……」


 マリアは。

 慌てて資料を閉じた。


「……」


 別に。

 何か特別なことを考えていたわけではない。

 護衛を選んだ。

 信頼できる人を選んだ。

 それだけ。

 そう。

 それだけのはずだった。


「……」


 しかし。

 一日半。

 二人で旅をする。

 宿泊もする。

 仕事ではある。

 もちろん。

 仕事だ。


「……」


 なのに。

 少しだけ。

 楽しみだった。



 その夜。

 自宅。

 マリアは。

 旅の準備をしていた。


「……」


 着替え。

 仕事用の服。

 筆記用具。

 会議資料。

 洗面用具。

 そして。


「……」


 鏡を見る。

 自分の姿。

 髪を整える。


「……」


 何をしているのだろう。

 護衛依頼。

 仕事の出張。

 それなのに。


「……」


 マリアは。

 少しだけ。

 笑った。


「……アルさん」


 誰もいない部屋で。

 小さく名前を呼ぶ。


「……」


 返事はない。

 当たり前だ。

 しかし。

 名前を口にするだけで。

 少しだけ。

 嬉しくなる。


「……」


 マリアは。

 枕を抱きしめた。


「……仕事」

「仕事ですから」


 自分に言い聞かせる。


「……」


 しかし。

 その顔には。

 どうしても。

 小さな笑顔が浮かんでいた。



 そして。

 出発の日。

 朝。

 まだ日が昇りきらない時間。

 冒険者ギルドの前。


「……」


 マリアは。

 小さな旅行鞄を持って立っていた。


「おはようございます」

「……」


 後ろから。

 聞き慣れた声。


「おはよう」


 マリアが振り返る。


「アルベルトさん」

「早いね」

「アルベルトさんこそ」

「冒険者は早起きが基本だから」

「そうなんですか?」

「たぶん」

「たぶん?」

「……」


 マリアが。

 思わず笑う。


「……」


 二人だけ。

 周囲には。

 まだ誰もいない。


「……アルさん」

「ん?」

「これから」

「よろしくお願いします」

「うん」

「こちらこそ」

「……」


 マリアは。

 少しだけ。

 胸の奥が高鳴るのを感じた。

 一日半の旅。

 合同会議。

 そして。

 帰りも。

 一日半。


「……」


 今まで。

 何度も。

 二人で話したことはある。

 一緒に食事をしたことも。

 あった。

 しかし。

 こんなに長い時間。

 二人だけで過ごすのは。

 初めてだった。


「じゃあ」


 アルベルトが。

 荷物を見る。


「それ」

「持つよ」

「大丈夫です」

「いや」

「護衛だから」

「……」


 マリアは。

 少し迷う。


「……お願いします」

「うん」


 アルベルトが。

 鞄を受け取る。


「……」

「行こうか」

「はい」

「……」


 二人が。

 並んで歩き始める。

 目的地は。

 遠い。

 しかし。

 マリアにとって。

 その旅の始まりは。

 不思議なほど。

 楽しみだった。

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