第53話 偶然の保護
夜。
冒険者ギルドの入口。
「……」
職員たちは。
不安そうに外を見ていた。
「まだ戻らないの?」
「はい」
「予定では」
「とっくに戻っているはずです」
「……」
マリアが。
隣の支部へ向かった。
しかし。
戻らない。
日が沈んでも。
連絡はない。
「何かあったのかしら」
「……」
誰も。
笑えなかった。
「……あ!」
その時。
入口にいた職員が。
声を上げた。
「誰か来た!」
「……?」
全員が外を見る。
夜道の向こう。
二人の人影。
「……マリア!?」
「マリアです!」
職員たちが。
一斉に駆け出した。
「マリア!」
「大丈夫!?」
「何があったの!?」
「……」
マリアは。
一瞬。
驚いた。
そして。
小さく笑った。
「……ただいま戻りました」
「心配したのよ!」
「すみません」
「本当に!」
先輩受付嬢が。
マリアを抱きしめる。
「……」
マリアも。
少しだけ。
抱きしめ返した。
「……ご心配をおかけしました」
「無事ならいいのよ」
「……」
その様子を。
少し後ろから。
アルベルトが見ていた。
「……」
よかった。
本当に。
「アルベルトさん」
「ん?」
マリアが振り返る。
「ありがとうございます」
「……」
「本当に」
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「いや、俺は……」
そこで。
アルベルトは。
少し困った顔をした。
「とりあえず、中に入ろうか。報告しないと」
「はい」
ギルドの会議室。
マリア。
ギルド職員。
そして。
アルベルト。
マリアは。
椅子に座っていた。
温かい飲み物が用意されている。
「無理をしなくていい」
「今日は休んでも」
「いえ」
マリアは首を振った。
「今のうちに報告します」
「記憶が薄れる前に」
「……分かった」
支部長代理が頷く。
「では」
「話してくれ」
「はい」
マリアは。
ゆっくりと話し始めた。
隣の支部での打ち合わせ。
帰りの馬車。
街道で止められたこと。
盗賊に襲われたこと。
「盗賊の人数は」
「馬車を襲った者が五人程度」
「その後」
「拠点へ連れて行かれました」
「拠点には」
「少なくとも十五人前後いたと思います」
職員たちの表情が変わる。
「十五人……」
「小規模ではないな」
「はい」
「拠点は」
「森の中です」
「街道から」
「おそらく一時間ほど歩きました」
「ただ」
「途中から暗くなってしまって」
「正確な場所までは」
「……」
マリアは。
地図を見る。
「こちらの方向です」
「それから」
「大きな岩場を抜けて」
「……」
覚えている限り。
説明する。
盗賊たちの顔。
武器。
建物。
見張り。
頭領らしき男。
「……」
全員が。
黙って聞いていた。
そして。
「よく覚えていたな」
「……」
「怖かったと思うが」
「ありがとうございます」
マリアは。
小さく頷いた。
「でも」
「ギルドの職員ですから」
「少しでも」
「役に立つ情報を残さないと」
「……」
アルベルトは。
横からマリアを見る。
やっぱり。
真面目な子だ。
「それで」
支部長代理が。
次の質問をした。
「どうやって逃げた?」
「……」
マリアが。
一瞬。
アルベルトを見る。
「……」
アルベルトは。
何も言わない。
しかし。
目が。
ほんの少し。
困っていた。
「……」
マリアは。
思い出す。
盗賊の拠点。
突然現れた。
アルベルト。
一人で。
自分を助けに来た。
「……」
そして。
彼は。
何度も。
目立ちたくないと言っていた。
「……」
マリアは。
一度。
小さく息を吸った。
「……私は」
「盗賊たちが」
「外の様子を確認している隙を見て」
「逃げ出しました」
「……?」
アルベルトが。
ほんの少し目を見開く。
「森の中を」
「必死に逃げて」
「……」
「そこで」
「偶然」
「アルベルトさんと会いました」
「……」
「……」
部屋の空気が。
少し止まった。
「偶然?」
「はい」
「アルベルトさんは」
「近くを移動中だったそうです」
「私が」
「助けを求めたので」
「保護してくださいました」
「……」
アルベルトは。
何も言わない。
「その後」
「街道まで護衛していただき」
「馬車を見つけて」
「一緒に戻りました」
「……」
支部長代理が。
アルベルトを見る。
「そうなのか?」
「……まあ」
「そういうことです」
「……」
「本当に?」
「偶然です」
アルベルトが答える。
「……」
マリアは。
少しだけ。
下を向いた。
胸が痛い。
嘘をついている。
彼のために。
しかし。
これでいい。
アルベルトは。
目立ちたくない。
なら。
自分が守る。
今回だけ。
彼の秘密を。
「……」
「それに」
マリアは顔を上げる。
「私は」
「アルベルトさんに」
「命を助けていただきました」
「……」
「それだけは」
「間違いありません」
「……」
アルベルトが。
マリアを見る。
「……」
マリアは。
少しだけ笑った。
「分かった」
支部長代理が頷く。
「盗賊団については」
「明日」
「討伐隊を編成する」
「人数は」
「最低でも十五人以上」
「それなりの規模だ」
「……」
「マリアの情報は」
「非常に重要だ」
「……」
「よくやった」
「ありがとうございます」
「今日は休め」
「明日以降のことは」
「また考えよう」
「はい」
会議が終わる。
職員たちが。
部屋から出ていく。
最後に。
マリアとアルベルトだけが残った。
「……」
少し沈黙。
「……」
アルベルトが。
マリアを見る。
「マリアさん」
「はい」
「ありがとう」
「……」
「でも、よかったんですか?嘘をつかせて」
「……」
マリアは。
少し考える。
「よくはありません」
「……」
「私は、嘘をつくのが得意ではありませんから」
「ごめん」
「謝らないでください」
「……」
「アルベルトさんが目立ちたくないことは知っています。だから、今回はアルベルトさんの気持ちを尊重しただけです」
「……」
「それに」
マリアは。
少しだけ。
笑った。
「全部を話したら、今頃アルベルトさんは英雄扱いされていましたよ」
「それは困る」
「でしょう?」
「……」
アルベルトが苦笑する。
「……」
「でも」
マリアの表情が。
少し真剣になる。
「一つだけ」
「何?」
「約束してください」
「……」
「今回のようなことがあっても、一人で無茶をしないこと」
「……」
アルベルトは。
少し黙った。
「……善処する」
「それは約束じゃありません」
「……」
「本当に心配なんです」
「……」
マリアの声は。
少し震えていた。
アルベルトは。
その理由を。
理解する。
「……分かった。できるだけ無茶はしない」
「……」
「できるだけ?」
「……」
「アルベルトさん」
「努力する」
「……もう」
マリアは。
少しだけ笑った。
そして。
思った。
この人は。
本当に。
困った人だ。
自分が危険な目に遭ったから。
一人で盗賊の拠点へ入ってきた。
助けに来た。
そして。
何事もなかったように。
目立たないようにしようとしている。
「……」
でも。
そんなところも。
嫌いではない。
むしろ。
「……」
マリアは。
自分の胸の奥に生まれた気持ちに。
まだ。
名前をつけなかった。
翌朝。
冒険者ギルドには。
盗賊討伐の依頼が掲示された。
内容は。
街道で活動する盗賊団の討伐。
危険度。
高。
参加条件。
Cランク以上。
「……」
掲示板を見る。
冒険者たちが。
ざわついていた。
「盗賊討伐か」
「十五人以上?」
「結構な規模だな」
「……」
その少し後ろで。
アルベルトは。
依頼書を眺めていた。
「……」
参加するつもりはない。
盗賊団の場所は。
マリアが説明した。
もう。
自分が動く必要はない。
「……」
そう思って。
依頼書から目を離す。
「アルベルトさん」
「……?」
後ろから。
マリアの声。
「……」
振り返る。
「どうしたの?」
「いえ」
「……」
マリアは。
少し迷った。
そして。
「何でもありません」
「そう?」
「はい」
マリアは笑った。
「……」
アルベルトは。
少し首を傾げる。
しかし。
すぐに。
いつものように。
何も考えず歩き出した。
その背中を。
マリアは。
しばらく見つめていた。
「……」
誰にも言えない。
自分だけが知っている。
あの夜。
この男が。
自分を助けに来てくれたことを。
そして。
暗い森の中。
怖くて仕方なかった自分に。
「もう無理しなくていい」
そう言ってくれたことを。
「……」
マリアは。
小さく息を吐いた。
胸の奥が。
少しだけ。
温かかった。
そして。
その温かさは。
これから。
少しずつ。
大きくなっていくことになる。




