第48話 隣の街の打ち合わせ
隣の街へ向かう馬車は、予定より少し遅れて到着した。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
マリアは馬車を降りる。
長時間座っていたため、少し身体が固まっていた。
「大丈夫?」
「はい」
隣でアルベルトが聞く。
「少し疲れましたけど」
「打ち合わせ前だから、無理しないように」
「はい」
マリアは笑った。
「アルベルトさんこそ、依頼は?」
「明日」
「今日は何をするんですか?」
「宿を探す」
「それだけですか?」
「それだけ」
「……本当に?」
「何が?」
「いえ」
マリアは少し笑う。
この街まで同行したこと。
偶然。
依頼があったから。
本人はそう言っている。
しかし。
信じているわけではない。
「じゃあ」
アルベルトは周囲を見る。
「マリアさんは?」
「私は先にギルドへ行きます」
「今日?」
「はい」
「打ち合わせは午後からなので」
「その前に少し挨拶を」
「真面目だね」
「仕事ですから」
「そうでした」
アルベルトは笑った。
「じゃあ」
「終わったら?」
「え?」
「帰り道は一緒に宿へ戻る?」
マリアは少し驚く。
「……いいんですか?」
「同じ街にいるし」
「それに」
「知らない街で一人で歩くより安全でしょ」
「……」
まただ。
大したことではないように言う。
「はい」
「お願いします」
「了解」
アルベルトは。
軽く手を上げた。
隣の街の冒険者ギルドは。
マリアが働いている支部より少し大きかった。
「失礼します」
「お待ちしていました」
受付の職員がマリアを迎える。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
会議室へ案内される。
中には。
数人の職員が集まっていた。
支部長。
ベテラン受付嬢。
依頼管理担当。
そして。
マリアと同年代と思われる若い職員。
「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
打ち合わせが始まった。
テーマは。
街道周辺の依頼情報を、支部間で共有する仕組みについて。
魔物の出現情報。
盗賊の目撃情報。
依頼の重複。
行方不明になった冒険者。
現在は。
それぞれの支部で管理している。
しかし。
街道を挟んだ地域では。
情報共有が遅れることがある。
「例えば」
隣の支部の職員が言う。
「こちらで盗賊の目撃情報が入った場合」
「現在は書面を送っています」
「ですが」
「届くまでに数日かかる」
「その間に」
「反対側の支部から冒険者が街道へ向かう可能性があります」
「……」
マリアは資料を見る。
確かに。
危険な問題だ。
「そこで」
「定期的に職員が直接情報を交換する仕組みを作りたい」
「ただ」
「頻繁に職員を派遣するのは難しい」
「……」
議論が進む。
各自が意見を出す。
マリアは。
最初は黙って聞いていた。
しかし。
途中。
一つ気になることがあった。
「……」
資料を見る。
現在の仕組み。
そして。
冒険者が実際に依頼を受ける受付業務。
「……」
マリアは手を挙げた。
「はい?」
隣の支部長が見る。
「一つ、よろしいでしょうか」
「どうぞ」
マリアは。
少し緊張しながら口を開く。
「情報を共有することは重要だと思います」
「ですが」
「受付の段階で、冒険者へ確実に伝わらなければ意味がないと思います」
「……」
「例えば」
「盗賊の目撃情報が共有されても」
「依頼書に反映されるまで時間がかかれば」
「冒険者は知らずに街道へ向かってしまいます」
周囲が黙る。
「ですので」
「危険情報だけは」
「受付で即座に確認できる形にするべきではないでしょうか」
「……」
「例えば」
「通常の依頼情報とは別に」
「緊急情報をまとめた記録を作る」
「受付嬢が依頼を渡す際」
「街道へ向かう冒険者に必ず確認する」
マリアは。
少しずつ言葉を続けた。
「すべての情報を共有するのではなく」
「危険度の高い情報だけを」
「最優先で伝える仕組みにする」
「その方が」
「現場では使いやすいと思います」
しばらく。
沈黙が続いた。
マリアは。
少し不安になる。
余計なことを言っただろうか。
すると。
「なるほど」
隣の支部のベテラン職員が言った。
「確かに」
「現場の視点ですね」
「情報を集めることばかり考えていましたが」
「伝える側の仕組みがありませんでした」
「……」
マリアは。
少し驚く。
「いい意見だと思います」
「ありがとうございます」
隣の支部長も頷いた。
「新人と聞いていましたが」
「よく現場を見ていますね」
「いえ」
「まだまだです」
「謙遜しなくていい」
「……」
マリアは。
少しだけ。
嬉しくなった。
打ち合わせは。
予定より長引いた。
情報共有の方法。
緊急情報の管理。
各支部の担当者。
次回の会議。
すべてが終わった頃には。
すでに夕方になっていた。
「お疲れさまでした」
「こちらこそ」
「本日はありがとうございました」
マリアは頭を下げる。
「今後もよろしくお願いします」
ギルドを出る。
「……」
大きく息を吐いた。
「終わった……」
「お疲れ」
「……っ!」
突然。
横から声がした。
「アルベルトさん?」
「待ってた」
「ずっとですか?」
「途中から」
「どうして?」
「一緒に帰るって言ったから」
「……」
マリアは。
時計を見る。
予定より一時間以上遅い。
「すみません」
「別に」
「連絡もできなくて」
「会議中だったんでしょ」
「はい」
「なら仕方ない」
アルベルトは。
歩き始める。
「宿、こっち」
「え?」
「先に取っておいた」
「二部屋」
「……」
「マリアさん、今日泊まるんでしょ?」
「はい」
「じゃあ」
「宿探しの手間が省ける」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
二人は。
宿へ向かって歩いた。
「打ち合わせは?」
「無事に終わりました」
「よかったね」
「はい」
「何かあった?」
マリアは。
少し考える。
「……」
「私」
「ちゃんと意見を言えました」
「うん」
「新人だから」
「余計なことを言わない方がいいと思っていたんですけど」
「言った?」
「はい」
「どうだった?」
「褒められました」
「そっか」
「……それだけですか?」
「え?」
「もっと何か言ってください」
「例えば?」
「よくやったとか、すごいとか」
「……」
アルベルトは。
少し笑った。
「褒めてほしい?」
「……」
「欲しいです」
「正直だね」
「アルベルトさんが言ったんじゃないですか」
「できたことは認めろって」
「……確かに」
アルベルトは少し考える。
「じゃあ、よくやった」
「……」
「ちゃんと自分の考えを言えた」
「周りの意見に流されなかった」
「新人だからって遠慮しなかった」
「十分すごいと思う」
マリアの顔が。
少し赤くなる。
「……」
「満足?」
「……はい」
「そっか」
「でも」
「まだまだ頑張ります」
「うん」
「ただし、無理はしないように」
「またそれですか」
「大事だから」
「……はい」
マリアは笑った。
宿に到着する。
食事を済ませ。
二人は食堂で少しだけ話をした。
「アルベルトさんの依頼は?」
「明日」
「何をするんですか?」
「薬草採取」
「……」
マリアは黙った。
「何?」
「それ、この街まで来る必要ありますか?」
「ある」
「本当に?」
「本当に」
「街の近くでも採れますよね?」
「採れる」
「……」
マリアは。
じっとアルベルトを見る。
「護衛ですよね?」
「違う」
「絶対に違いません」
「違う」
「……」
アルベルトは。
視線を逸らした。
「……」
マリアは。
少し笑う。
「ありがとうございます」
「だから、別に護衛じゃない」
「分かっています」
「分かってない顔」
「偶然ですよね?」
「そう、偶然」
「はい」
マリアは。
嬉しそうに笑った。
翌朝。
アルベルトは依頼へ向かった。
マリアは。
自分の支部へ帰るための馬車へ乗る。
「じゃあ」
「気をつけて」
「はい」
「アルベルトさんも」
「うん」
それだけ。
短い別れ。
しかし。
マリアは。
なぜか少し寂しいと思った。
馬車が動き出す。
アルベルトの姿が遠ざかる。
「……」
マリアは窓の外を見る。
今回の仕事は。
無事に終わった。
大きな成果もあった。
そして。
自分でも少し。
成長できたと思う。
けれど。
まだ。
自分が知らないこともある。
この世界には。
危険がある。
魔物。
盗賊。
そして。
冒険者でも。
どうにもできないような出来事。
この後。
マリアは。
その現実を知ることになる。
そして。
その時。
自分を助けてくれる人が。
誰なのかを。
知ることになる。




