第47話 隣の支部へ
マリアが冒険者ギルドで働き始めてから、八か月ほどが経った。
新人受付嬢として採用された頃と比べれば、今の彼女は見違えるほど成長していた。
「こちらが本日の討伐依頼です」
「ありがとうございます」
「帰還予定日を過ぎる場合は、必ずギルドへ連絡してください」
「了解」
冒険者が去る。
すぐに次の冒険者が受付へ来る。
「報告ですね」
「はい」
「討伐証明を確認します」
マリアは。
落ち着いた手つきで仕事をこなしていた。
以前のように慌てることはない。
もちろん。
分からないこともある。
失敗することもある。
しかし。
その度に。
考える。
聞く。
そして。
次に活かす。
「マリアさん」
「はい」
ギルドの職員の一人が声をかけた。
「少し時間ある?」
「はい」
「支部長がお呼びよ」
「私をですか?」
「ええ」
マリアは少し不思議に思いながら、支部長の部屋へ向かった。
「失礼します」
「入りなさい」
部屋の中には。
ギルド支部長と。
見慣れた先輩職員がいた。
「マリア」
「はい」
「座りなさい」
「失礼します」
マリアは椅子に座る。
「何かありましたか?」
「実は、隣の支部へ行ってもらいたい」
「隣の支部へ?」
「ああ」
支部長は書類を机の上に置いた。
「来月から、街道周辺の依頼管理について、支部間で新しい連携を始めることになった」
「はい」
「それに関する打ち合わせだ」
マリアは書類を見る。
「私が行くのですか?」
「そうだ」
「ですが、私はまだ新人です」
「新人だからだ」
「……え?」
「今回の連携では、現場の受付業務を実際に行っている職員の意見が必要になる」
支部長は言った。
「上の者だけで決めても、現場では使えない仕組みになることが多い」
「その点」
「お前は冒険者との対応をよく見ている」
「依頼の処理も早い」
「……」
「それに」
「必要な時には自分で考えて動ける」
マリアは。
少し驚いた。
自分が。
そんな風に評価されているとは思っていなかった。
「……ありがとうございます」
「だから、行ってこい」
「はい!」
マリアは。
力強く頷いた。
支部長の部屋を出る。
「……隣の支部」
マリアは書類を見る。
日帰りで行ける距離ではある。
馬車なら。
半日ほど。
ただし。
街道には魔物や盗賊が出ることもある。
もちろん。
普段は商人や旅人も利用している街道だ。
そう簡単に危険な目に遭うわけではない。
「……」
少しだけ。
不安だった。
しかし。
仕事だ。
自分が選ばれた。
それなら。
きちんとやらなければならない。
その日の夕方。
「アルベルトさん」
「ん?」
依頼掲示板の前にいたアルベルトへ、マリアが声をかけた。
「少しお時間ありますか?」
「あるけど。珍しいね、マリアさんから話しかけてくるの」
「そうですか?」
「仕事の話以外では、あまりない」
「……確かに」
「どうしたの?」
「実は」
マリアは。
隣の支部へ行くことを話した。
「へえ」
「新人なのに?」
「私も驚きました」
「でも、支部長が選んでくれました」
「それならいいんじゃない?」
「はい。ただ…」
マリアは少し迷う。
「少し不安で」
「何が?」
「ちゃんと役に立てるか。向こうの支部には、もっと経験のある職員もいます。私が意見を言っていいのか」
「……」
「そんな風に考えてしまって」
アルベルトは。
少し考えた。
「マリアさん」
「はい」
「向こうに行く理由は?」
「打ち合わせです」
「違う」
「え?」
「何でマリアさんが選ばれたの?」
「……」
マリアは。
少し考える。
「現場の意見が必要だから」
「うん」
「それで?」
「私が冒険者との対応をよく見ていると。依頼の処理も」
「……」
「必要な時には自分で考えて動けると」
「じゃあ」
「それをやればいいんじゃない?」
「……」
「経験がある人の真似をする必要はない。マリアさんには、マリアさんにしか見えてないものがあるから」
マリアは。
黙った。
「だから選ばれたんでしょ」
「……」
また。
この人は。
自分でも気づいていないところを。
簡単に言葉にする。
「……そうですね」
「うん」
「私が見ていることを、私の言葉で伝えればいいんですね」
「そういうこと」
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
アルベルトは。
依頼掲示板を見る。
「いつ行くの?」
「三日後です」
「そっか」
「はい」
「馬車?」
「はい」
「気をつけて」
「……はい」
それだけ。
ただ。
それだけだった。
なのに。
マリアは。
少し嬉しくなった。
三日後。
マリアは朝早くから準備をしていた。
必要な書類。
筆記用具。
身分証。
そして。
簡単な着替え。
「忘れ物はないですね」
何度も確認する。
今日は。
隣の支部へ行く。
新人受付嬢として。
初めての大きな仕事。
「……」
緊張する。
しかし。
以前の自分とは違う。
不安だから。
逃げるのではない。
不安だから。
準備する。
「よし」
マリアは鞄を持った。
そして。
冒険者ギルドへ向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
ギルドの職員たちに挨拶をする。
「もう出発?」
「はい」
「頑張ってきてね」
「ありがとうございます」
マリアは笑った。
そして。
馬車の出発場所へ向かう。
その途中。
「マリアさん」
「……え?」
聞き覚えのある声。
振り返る。
「アルベルトさん?」
そこには。
いつものような地味な装備をした男がいた。
「どうしたんですか?」
「依頼」
「依頼?」
「ちょっと隣の街まで」
「……」
マリアは首を傾げた。
「アルベルトさんが?」
「うん」
「隣の街まで?」
「そう」
「珍しいですね」
「そう?」
「遠方の依頼、あまり受けませんよね」
「たまには」
「……」
偶然だろうか。
しかし。
マリアは少し疑った。
「本当に偶然ですか?」
「偶然」
「本当に?」
「本当に」
アルベルトは。
微妙に視線を逸らした。
「……」
「アルベルトさん」
「何?」
「もしかして」
「護衛のつもりですか?」
「違う」
「でも」
「別に」
「同じ街へ行くなら、一緒に行けばいいかなって」
「それ、護衛ですよね?」
「違う」
「……」
「……」
マリアは。
少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
「だから護衛じゃない」
「はいはい」
「分かりました」
「何が?」
「偶然ですね」
「そう」
「偶然」
アルベルトは頷く。
しかし。
マリアは。
分かっていた。
この人は。
自分が不安だと言ったから。
わざわざ。
隣の街まで行く依頼を探したのだろう。
そういうことを。
平気でやる人なのだ。
そして。
大したことではないような顔をする。
「……」
マリアは。
少し嬉しくなる。
「それでは、出発します!」
馬車が動き出す。
マリアとアルベルトは。
同じ馬車に乗っていた。
「……」
最初。
マリアは少し緊張していた。
しかし。
「緊張してる?」
「少しだけです」
「そっか」
「はい」
「寝れば?」
「寝られません」
「そう」
会話が。
妙にゆるい。
「アルベルトさん」
「何?」
「本当に偶然なんですか?」
「偶然」
「……」
「そんな顔しないで」
「どんな顔ですか?」
「信じてない顔」
「信じていません」
「即答?」
「はい」
アルベルトは笑った。
マリアも。
つられて笑う。
馬車は。
ゆっくりと街道を進んでいく。
窓の外には。
広い草原。
遠くに見える森。
穏やかな風景。
平和だった。
少なくとも。
今のところは。
マリアは知らなかった。
この帰り道。
自分が。
人生で最も恐ろしい経験をすることになる。
そして。
あの日。
自分の前に現れた男が。
ただの優しいCランク冒険者ではなかったことを。
知ることになる。




