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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
過去編

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第45話 答えを教えない男

 冒険者ギルドで働き始めて、一か月ほどが経った。

 新人受付嬢であるマリアは、少しずつ仕事に慣れ始めていた。

 依頼の受付。

 報酬の精算。

 冒険者のランク確認。

 依頼書の管理。

 最初の頃は一つの仕事を終えるだけで精一杯だったが、今では周囲を見る余裕も少しずつ出てきている。


「マリアさん、これお願い」

「はい」

「こっちの報告書も」

「分かりました」


 先輩受付嬢から仕事を受け取りながら、マリアは書類を整理していく。

 忙しい。

 けれど。

 以前ほど頭の中が真っ白になることはなくなった。

 何からやるべきか。

 優先順位を考える。

 一つずつ片付ける。

 それだけで。

 仕事は以前よりずっと楽になった。


「……少しは成長したかな」


 小さく呟く。


「何か言った?」

「いえ!」


 慌てて首を振る。

 先輩受付嬢は笑った。


「最近、随分落ち着いてきたわね」

「本当ですか?」

「ええ」

「最初はどうなることかと思ったけど」

「そ、そんなにですか?」

「そんなに」


 マリアは少し恥ずかしくなる。

 しかし。

 悪い気はしなかった。

 その時。


「すみません」


 受付に三人の冒険者がやって来た。

 年齢は二十代前半。

 いずれもDランクの冒険者だった。


「依頼を受けたいんだけど」

「はい」


 マリアは笑顔を作る。


「どちらの依頼でしょうか?」


 差し出された依頼書を見る。

 そして。

 少し表情が変わった。

 討伐対象はオーク。

 数は三体。

 依頼ランクはC。


「こちらの依頼ですね」

「ああ」

「……失礼ですが」


 マリアは三人を見る。


「皆さんはDランクですよね?」

「そうだけど」

「この依頼はCランクです」

「だから?」

「受けること自体は可能ですが……」


 マリアは言葉を選ぶ。


「少し危険ではないかと思います」

「俺たちが弱いって言いたいのか?」


 一人の男が眉をひそめた。


「そういうわけではありません」

「じゃあ何だよ」

「皆さんのこれまでの依頼記録を確認しますと」


 マリアは書類を見る。


「オークとの戦闘経験がありません」

「だから、今回経験するんだろ」

「それは……」


 言い返せない。

 確かに。

 経験するためには、戦わなければならない。

 しかし。

 初めてのオーク三体。

 Dランク冒険者三人。

 危険ではないとは言えない。


「……」


 どうするべきか。

 断れば。

 相手を怒らせるかもしれない。

 しかし。

 受付嬢として。

 危険な依頼を、そのまま渡していいのか。


「マリアさん」


 後ろから先輩受付嬢が声をかけた。


「どうしたの?」

「……」


 助けを求めれば。

 すぐに答えを教えてくれるだろう。

 しかし。

 マリアは。

 一度だけ考えた。

 自分なら。

 どうする。

 冒険者ギルドの受付嬢として。


「……」


 その時。


「その依頼」


 聞き覚えのある声がした。

 マリアが顔を上げる。


「アルベルトさん」


 黒髪のCランク冒険者。

 いつもの地味な装備。

 そして。

 どこか気の抜けたような表情。


「オーク三体?」

「はい」

「そっか」


 アルベルトは依頼書を見る。

 それから。

 三人の冒険者を見た。


「結構危ないと思う」

「何だよ」


 一人が睨む。


「お前に関係ないだろ」

「関係ないね」


 アルベルトは素直に頷く。


「でも、俺も最初にオークと戦った時、結構焦ったから」

「……」

「一体でも大きいし」

「力も強い」

「三体同時は、慣れてないと大変だと思うよ」


 男たちは黙る。

 アルベルトは。

 マリアを見る。


「マリアさんはどう思う?」

「え?」

「この人たちに、この依頼を渡して大丈夫?」

「……」


 まただ。

 答えを教えてくれない。

 マリアは依頼書を見る。

 三人を見る。

 そして。

 考える。


「……私は」


 一度、息を吸う。


「この依頼は、今の皆さんにはおすすめできません」

「何だと?」

「ただし」


 マリアは続ける。


「オーク一体の討伐依頼があります」

「……」

「そちらなら、経験を積むこともできます」

「一体だけ?」

「はい」

「報酬は少なくなりますが」

「初めてオークと戦うのであれば、その方が安全だと思います」


 三人の冒険者は。

 しばらく黙っていた。


「……」

「どうする?」


 一人が仲間を見る。


「一体からやるか」

「その方がいいかもな」

「三体は確かに無理かもしれない」


 マリアは。

 内心で息を吐いた。


「では、こちらの依頼をご用意します」

「ああ」


 三人は依頼書を受け取った。

 そして。

 ギルドを出ていく。

 マリアはその背中を見送った。


「……」

「いいと思う」


 アルベルトが言った。


「え?」

「ちゃんと別の選択肢を用意した」

「断るだけじゃなかった」

「……」

「マリアさんが考えた?」

「はい」

「なら、それでいい」


 マリアは。

 少しだけ笑った。


「……アルベルトさん」

「何?」

「どうしていつも答えを教えてくれないんですか?」

「いつも?」

「はい」

「私が困っていると」

「質問ばかりします」

「そう?」

「そうです」


 アルベルトは少し考えた。


「答えを教えた方が早いけど」

「……はい」

「それだと、次に同じことがあった時」

「また俺に聞くでしょ?」

「……」


 確かにそうだ。


「マリアさんは、自分で考えられる」

「だから」

「自分で答えを出した方がいいと思う」

「でも」

「間違っていたらどうするんですか?」

「間違えたら直せばいい」

「そんな簡単に……」

「最初から全部正解できる人なんていないよ」


 アルベルトは。

 依頼掲示板の方を見る。


「それに」

「間違えないようにすることより」


 少しだけ。

 マリアを見る。


「自分で考えることの方が大事だと思う」


 マリアは黙った。

 その言葉が。

 妙に心に残った。


「……アルベルトさんは」

「何?」

「新人の頃から、そんな風に考えていたんですか?」

「いや、全然」

「……え?」

「新人の頃は、よく失敗した」

「そうなんですか?」

「うん」

「結構怒られたし、依頼も失敗した。でも、生きて帰ってきた。だから何とかなった」

「……」


 マリアは。

 少し笑ってしまった。


「何ですか、それ」

「事実」

「もっと格好いいことを言うのかと思いました」

「期待された?」

「少しだけ」

「残念でした」


 二人とも。

 少し笑った。

 そして。


「アルベルトさん」

「何?」

「ありがとうございます」

「何が?」

「私に考えさせてくれることです」

「……」


 アルベルトは少し意外そうな顔をした。


「別に」

「大したことしてないよ」

「私には大したことです」

「……そっか」


 それだけ言って。

 アルベルトは依頼掲示板へ向かった。


「さて」

「今日は何にしようかな」

「仕事を選ぶ基準、もう少し真面目にした方がいいですよ」

「何で?」

「さっきから依頼書を見て」

「楽そうかどうかしか考えていませんよね?」

「よく分かったね」

「分かります」


 マリアは少し胸を張った。


「最近、人を見ることも仕事ですから」

「なるほど」

「じゃあ俺のことも分かる?」

「少しは」

「どんな人?」


 マリアは考える。


「……」

「優しい人です」

「へえ」

「でも、やる気がないように見えます」

「それは否定しない」

「あと、自分のことをあまり話しません」

「……」

「少し変わった人です」

「褒めてる?」

「褒めています」

「本当に?」

「多分」

「多分?」


 アルベルトは笑った。


「じゃあ」

「今日はこの依頼にする」

「そちらですね」

「はい」


 マリアは依頼書を渡す。

 アルベルトが受け取る。


「行ってくる」

「お気をつけて」

「うん」


 アルベルトが去っていく。

 マリアは。

 その背中を見送った。

 そして。

 ふと考える。

 自分で考える。

 自分で決める。

 失敗したら。

 また考える。

 そうやって。

 少しずつできることを増やしていく。


「……」


 それは。

 受付嬢として。

 これから必要になることなのだろう。

 そして。

 自分に。

 その力があると。

 信じてくれる人がいる。

 それだけで。

 マリアは。

 少しだけ前を向ける気がした。

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