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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
過去編

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第44話 新人受付嬢マリア

 エレナがこの街の副ギルド長になる二年前のことだった。

 冒険者ギルドの受付には、その日から一人の新人が加わっていた。


「本日からお世話になります。マリアと申します」


 緊張した面持ちで頭を下げる女性を、先輩受付嬢たちが迎える。

 長い髪を後ろでまとめた、整った顔立ちの女性だった。

 年齢は二十前後。

 落ち着いた雰囲気を持っているが、本人はかなり緊張しているようだった。


「そんなに固くならなくても大丈夫よ」

「はい!」

「まずは受付の仕事から覚えていきましょう」

「はい!」


 返事だけはいい。

 しかし。

 その表情は硬い。

 マリアは、冒険者ギルドの受付嬢になるために勉強してきた。

 依頼の種類。

 冒険者ランク。

 魔物の危険度。

 報酬の相場。

 緊急時の対応。

 覚えることは多い。

 そして。

 冒険者ギルドには、様々な人間が訪れる。

 優しい者。

 乱暴な者。

 無茶をする者。

 酒を飲んだまま依頼を受けに来る者。

 受付嬢という仕事は、ただ依頼書を渡すだけではない。

 冒険者を見て。

 依頼を見て。

 危険がないか判断する必要がある。


「まずは見て覚えてね」

「はい」


 マリアは深く頷いた。

 そして。

 最初の一日が始まった。



「次の方、どうぞ」

「はい」


 午前中。

 マリアは先輩受付嬢の横で仕事を見ていた。


「Cランクの討伐依頼はこちらです」

「ありがとうございます」

「報告期限は三日後です」

「了解」


 冒険者が去る。

 すぐに次の冒険者が来る。

 依頼を受ける者。

 依頼を報告する者。

 報酬を受け取る者。

 受付には、次々と人が訪れる。


「思ったより忙しいでしょう?」


 先輩受付嬢が笑う。


「はい……」

「慣れれば大丈夫」

「はい」


 マリアはメモを取っていた。

 しかし。

 見ているだけでは覚えきれない。


「次、マリアさんやってみる?」

「え?」

「簡単な依頼だから」

「……はい!」


 マリアは受付に立つ。

 そこへ。

 一人の男がやって来た。

 黒髪。

 年齢は三十代前半くらいに見える。

 派手な装備ではない。

 剣も普通。

 鎧も簡素。

 冒険者としては、かなり地味だった。


「依頼を受けたいんだけど」

「は、はい!」


 マリアは慌てて依頼書を探す。


「Cランクですね」

「うん」

「ええと……少々お待ちください」

「大丈夫」


 男は急かさない。

 マリアは依頼書を探す。

 しかし。

 隣から別の冒険者が声をかけてきた。


「姉ちゃん、報酬まだ?」

「少々お待ちください!」


 さらに別の職員。


「マリアさん、この書類を奥に持っていってくれる?」

「は、はい!」


 頭の中で。

 三つの仕事が重なる。


「ええと……」


 依頼書。

 報酬。

 書類。

 どれからやればいい。

 マリアの動きが止まった。

 すると。

 目の前の男が言った。


「急がなくていいよ」

「え?」

「今、三つ同時にやろうとしてるでしょ」


 マリアは驚いた。


「……はい」

「まず、今受けてる仕事を終わらせればいい」

「でも、他の方を待たせてしまいます」

「それは仕方ない」

「でも……」

「一人しかいないんだから」


 男は肩をすくめる。


「一人で三人分の仕事はできないよ」

「……」

「順番にやればいい」


 マリアは。

 少し迷った。

 そして。


「分かりました」


 まず。

 目の前の依頼書を探す。

 それを終える。


「こちらになります」

「ありがとう」


 男は依頼書を受け取った。


「次は?」

「……報酬の精算です」

「そう」


 マリアは一つずつ仕事を片付けた。

 数分後。

 すべて終わる。


「お待たせしました」

「大丈夫」


 男は笑った。

 そのまま依頼書を持って去っていく。


「……」


 マリアは、その背中を見送った。

 そして。


「今の方、誰ですか?」


 先輩受付嬢に尋ねる。


「アルベルトさんよ」

「アルベルトさん」

「Cランク冒険者」

「長いんですか?」

「この街ではそこそこ長いわね」

「そうですか」

「腕は悪くないと思うけど」


 先輩受付嬢は少し笑う。


「出世欲がないのよね」

「出世欲?」

「Bランクになれそうなのに、Cランクのまま」

「……珍しいですね」

「本人は今くらいが楽でいいんですって」


 マリアは。

 もう一度。

 アルベルトが去っていった方向を見る。

 冒険者なのに。

 妙に落ち着いていた。

 優しい。

 しかし。

 どこかやる気がない。


「変わった人ですね」

「そうね」


 先輩受付嬢は笑った。


「でも、悪い人じゃないわよ」

「……はい」


 マリアも。

 そう思った。



 数日後。

 マリアは依頼受付の仕事を任されるようになった。


「この依頼は……」


 依頼書を見る。

 討伐対象。

 危険度。

 必要人数。

 そして。

 受付に立つ冒険者を見る。


「こちらを受けたいんですか?」

「ああ」


 若い冒険者三人組。

 ランクはD。

 しかし。

 依頼はCランク相当だった。


「申し訳ありません」


 マリアは言う。


「この依頼は、皆さんには少し危険だと思います」

「は?」


 一人が眉をひそめる。


「俺たちじゃ駄目だってのか?」

「そういうわけでは……」

「Dランクだから?」

「依頼内容を考えると、経験が……」

「俺たちだってできる!」


 声が大きくなる。

 マリアは困った。

 断るべきか。

 しかし。

 冒険者には依頼を選ぶ自由がある。

 ただ。

 危険な依頼を受けさせるわけにもいかない。


「……」


 マリアは依頼書を見る。

 その時。

 横から声がした。


「その依頼」


 アルベルトだった。


「Cランク?」

「はい」

「そうです」


 アルベルトは若い冒険者たちを見る。


「危ないと思うよ」

「なんだよ」

「お前に関係ないだろ」

「関係ない」


 アルベルトは頷く。


「ただ」

「俺も受けたことあるから」

「……」

「結構大変だった」


 若い冒険者たちは黙る。

 アルベルトは続ける。


「三人なら、別の依頼の方が稼げると思う」

「……」

「何で?」

「何が?」

「俺たちにそんなこと言うんだよ」

「死なれたら嫌だから?」

「……」


 あまりにも自然な答えだった。


「それに」


 アルベルトはマリアを見る。


「受付嬢が止めるのには理由があるでしょ」

「……」


 若い冒険者たちは。

 しばらく考えた。

 そして。


「別の依頼、ある?」


 マリアは。

 すぐに依頼書を探した。


「こちらなら、皆さんの実力でも十分に対応できると思います」

「……分かった」


 三人は依頼を受ける。

 去っていく。

 マリアは息を吐いた。


「ありがとうございました」

「俺は何もしてない」

「そんなことありません」

「マリアさんがちゃんと考えたからでしょ」

「え?」

「危険だから止めたんでしょ?」

「はい」

「それでいいと思う」

「でも」

「怒らせてしまうかもしれないと思って……」

「怒られる可能性はあるね」

「……」

「でも」


 アルベルトは言った。


「受付嬢の仕事って、冒険者に好かれること?」

「違います」

「じゃあ?」


 マリアは少し考えた。


「冒険者が……無事に帰ってくることです」

「なら」

「それを優先すればいい」


 マリアは黙った。

 自分でも。

 分かっていたことだった。

 ただ。

 自信がなかった。


「……アルベルトさん」

「何?」

「どうして、答えを教えてくれないんですか?」

「答え?」

「今のことです」

「マリアさんが自分で答えを出せるから」

「……」

「俺が言う必要ないでしょ」


 それだけ言って。

 アルベルトは依頼掲示板を見る。

 そして。


「じゃあ、俺も仕事探してくる」

「あ」


 マリアは。

 呼び止めようとした。

 しかし。

 何を言えばいいか分からない。


「……ありがとうございました」

「どういたしまして」


 アルベルトは。

 振り返らずに手を上げた。



 その日の夕方。

 マリアは一人で書類を整理していた。

 新人だから。

 まだ仕事は遅い。

 周囲より遅くなってしまう分は、自分で片付ける。


「……」


 書類を見る。

 そして。

 昼間の言葉を思い出した。

 ――マリアさんが自分で答えを出せるから。


「……」


 少しだけ。

 嬉しかった。

 誰かに、


「できる」


 と言われるのは。

 思っていたより。

 ずっと嬉しいことだった。



 数週間後。

 マリアは少しずつ仕事に慣れていった。

 しかし。

 冒険者ギルドの仕事は毎日同じではない。

 依頼。

 報告。

 トラブル。

 怪我人。

 冒険者同士の揉め事。

 新人には難しい判断も多い。


「マリアさん」

「はい」

「この依頼、どうする?」


 先輩受付嬢が聞く。

 マリアは依頼書を見る。


「……こちらの冒険者にお願いするのがいいと思います」

「理由は?」

「最近、この地域の討伐を経験していますので」

「なるほど」

「それでお願いします」

「分かったわ」


 少しずつ。

 自分で考える。

 そして。

 判断する。

 以前なら。

 先輩に答えを聞いていた。

 しかし。

 今は違う。

 もちろん。

 分からないことは聞く。

 ただ。

 まず自分で考える。


「……」


 マリアは。

 ふと。

 受付の向こうを見る。


「何か?」

「いえ」


 そこには。

 Cランク冒険者が立っていた。

 黒髪。

 地味な装備。


「依頼を受けたい」

「はい」


 マリアは笑った。


「今日は、こちらはいかがですか?」

「おすすめ?」

「はい」

「じゃあ、それで」


 アルベルトは。

 何の疑いもなく依頼書を受け取る。


「適当じゃない?」

「信頼してますから」

「誰を?」

「私をです」

「……」


 アルベルトは少し驚いた顔をした。

 マリアは。

 自分でも。

 少しだけ驚いた。

 以前なら。

 そんなことは言えなかった。


「……」

「成長した?」


 アルベルトが聞く。


「少しだけです」

「そう」

「でも」


 マリアは続けた。


「少しだけじゃないと思います」

「……」

「アルベルトさんが言いましたよね」

「できるようになったことは、認めた方がいいって」


 アルベルトは。

 少し笑った。


「覚えてたんだ」

「はい」

「そっか」

「……どうですか?」

「何が?」

「今の私」

「新人らしくなくなった?」


 アルベルトは。

 少し考える。


「うん」

「前より、ずっと」

「……!」

「ちゃんと考えてるのが分かる」


 マリアの顔が。

 少し赤くなった。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 アルベルトは。

 依頼書を持って去っていく。

 マリアは。

 その背中を見送った。

 まだ。

 自分でも分からない。

 なぜ。

 あの人に褒められると。

 こんなにも嬉しいのか。

 ただ。

 一つだけ分かることがあった。

 マリアにとって。

 Cランク冒険者アルベルトは。

 もう。

 ただの冒険者ではなくなり始めていた。


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