第36話 悪くない相棒
エレナと初めて護衛依頼を受けてから、一か月ほどが経った。
アルベルトはいつものように、冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
「……三日」
依頼書を見る。
商隊の護衛。
目的地まで一日半。
往復を含めても三日程度。
報酬は悪くない。
危険度も高すぎない。
「これなら」
「それ、受けるのか?」
背後から声がした。
振り返るまでもない。
「エレナ」
「よ」
彼女は片手を軽く上げた。
長い銀髪を後ろでまとめ、腰には長剣。
相変わらず、冒険者らしい格好をしている。
「お前も?」
「そのつもり」
「じゃあ、俺は別の依頼にする」
「何でだよ!?」
「同じ依頼だと面倒そうだから」
「アタシと組むのが嫌なのか?」
「嫌とは言ってない」
「じゃあ組め」
「強引だな」
アルベルトはため息をついた。
しかし。
依頼書をもう一度見る。
前回の護衛依頼も悪くなかった。
エレナは強い。
余計なことを聞いてこない。
仕事相手としては、かなりやりやすい。
「……分かった」
「よし」
「ただし」
「何?」
「面倒なことになったら逃げる」
「それ、護衛で言うことか?」
「無理なものは無理」
エレナは笑った。
「相変わらずだな」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてない」
今回の依頼は、薬師の護衛だった。
隣町まで薬を運ぶ。
荷馬車は一台。
護衛はアルベルトとエレナ。
依頼人である薬師は、五十歳ほどの男だった。
「よろしくお願いします」
「任せろ」
エレナが笑う。
「無理はしない範囲で」
アルベルトが付け加える。
「え?」
「気にしないでください」
エレナが苦笑した。
出発する。
街道を歩く。
最初の数時間。
特に会話はなかった。
エレナは前方。
アルベルトは周囲を見る。
それぞれ自然に役割が分かれていた。
「なあ」
昼頃。
エレナが話しかけてきた。
「何?」
「前回から思ってたんだけど」
「うん」
「お前、あんまり自分から話さないな」
「そうか?」
「そうだ」
「必要なことは話してる」
「必要ないことも話せ」
「何で?」
「仲間だろ」
アルベルトは少し考えた。
確かに。
前世でも、仕事だけの会話で人間関係が作れるとは思っていなかった。
雑談。
愚痴。
どうでもいい話。
そういうものの中に、その人自身が出る。
「……そうだな」
「何だ?」
「確かに、雑談くらいは必要かもしれない」
「今さら何を言ってるんだ」
エレナは呆れた。
「じゃあ」
アルベルトは少し考える。
「何を話す?」
「そこからかよ」
「雑談って難しいな」
「本当に変な奴だな」
エレナは笑った。
「じゃあ、アタシから聞く」
「どうぞ」
「好きな酒は?」
「安い酒」
「理由は?」
「高い酒を飲むほど酒にこだわりがない」
「つまらない答え」
「聞いたのはそっちだ」
「じゃあ好きな食べ物」
「肉」
「それは分かる」
「何で?」
「見れば分かる」
「そうか?」
エレナは笑っていた。
アルベルトも少しだけ笑った。
夕方。
街道沿いの小さな宿場町へ到着した。
依頼人の薬師が宿を取る。
アルベルトとエレナも、同じ宿に泊まることになった。
夕食の後。
二人は酒場で酒を飲んでいた。
「乾杯」
エレナが杯を上げる。
「何に?」
「依頼が順調なことに」
「まだ一日目だぞ」
「いいから」
杯を軽くぶつける。
酒を飲む。
「……悪くない」
「そうだろ?」
「エレナのおすすめ?」
「宿の主人に聞いた」
「自分のおすすめじゃないのか」
「細かいな」
二人で酒を飲む。
仕事の話。
冒険者の話。
どうでもいい話。
エレナは、思ったよりよく喋った。
アルベルトは、それを聞いていた。
「――だからさ」
「うん」
「この前、Aランクの冒険者と組んだんだけど」
「うん」
「そいつがもう、本当に偉そうで」
「それは嫌だな」
「そうなんだよ!」
そこから。
エレナの話が止まらなくなった。
Aランク冒険者の愚痴。
ギルド職員の愚痴。
依頼人の愚痴。
途中で出会った商人の愚痴。
「それでな――」
「うん」
「お前、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる」
「適当に返事してない?」
「してない」
「……本当に?」
「続けて」
アルベルトは杯を置いた。
少しだけ笑う。
「それで、エレナはどうしたかった?」
エレナが止まった。
「……え?」
「さっきのAランク冒険者」
「嫌だったんだろ?」
「嫌だったよ」
「じゃあ、何でその時に言わなかった?」
「……」
エレナは少し考える。
「相手がAランクだったから」
「なるほど」
「揉めるのも面倒だったし」
「うん」
「依頼を失敗させるのも嫌だった」
「それはエレナらしいな」
「……何で分かる?」
「何となく」
エレナは少し黙った。
アルベルトは急かさない。
酒を飲みながら待つ。
やがて。
「……お前」
「うん?」
「話を聞くの、上手いな」
「そうか?」
「アタシ、こんなに喋ったの久しぶりかもしれない」
「そう」
「驚かないのか?」
「何に?」
「普通、こんなに愚痴を聞かされたら嫌だろ」
「別に」
「別に?」
「話したかったんだろ?」
エレナは少し目を見開いた。
「それなら、聞けばいい」
アルベルトはそう言った。
「……変な奴」
「また言われた」
「褒めてる」
「珍しいな」
二人は笑った。
翌日。
依頼は問題なく進んだ。
昼過ぎ。
森の近くを通っていた時だった。
「止まれ」
エレナが言う。
アルベルトもすぐに気づいた。
「……いるな」
「何匹?」
「三」
前方の茂み。
魔物の気配。
「俺が左を見る」
「じゃあアタシは正面」
相談は一瞬。
それだけで二人は動いた。
魔物が飛び出す。
エレナが前へ出る。
剣を振る。
一匹。
即座に倒れる。
残り二匹。
アルベルトが横へ回る。
水魔法。
地面を濡らす。
魔物が足を滑らせる。
「助かる!」
エレナが叫ぶ。
二匹目。
三匹目。
戦闘は終わった。
あまりにも自然だった。
「……」
アルベルトは剣をしまう。
「何?」
エレナが見ていた。
「いや」
彼女は少し笑った。
「やりやすいな」
「そう?」
「ああ」
「初めて2人で組んだ感じがしない」
アルベルトは少し考える。
確かに。
エレナの動きは分かりやすい。
自分が何かをすれば、すぐに理解して動く。
余計な指示がいらない。
「悪くない」
「だろ?」
「自慢?」
「そう」
エレナは胸を張った。
「アタシ、強いから」
「それは認める」
「即答?」
「見れば分かる」
エレナは少し嬉しそうに笑った。
都市へ戻った。
依頼完了。
報酬を受け取る。
「じゃあ」
アルベルトが帰ろうとする。
「待て」
エレナが腕を掴んだ。
「何?」
「飲みに行くぞ」
「何で?」
「依頼終わりだから」
「帰って休みたい」
「一杯だけ」
「本当に?」
「……多分」
「信用できないな」
それでも。
結局。
二人は酒場へ向かった。
前回より、少しだけ自然に話せる。
エレナが話す。
アルベルトが聞く。
時々、アルベルトが質問する。
「それで?」
「その後は?」
「エレナはどう思った?」
気づけば。
エレナはまた話していた。
「……何だろうな」
酒を飲みながら。
エレナが呟く。
「お前といると、変に楽なんだよ」
「そう?」
「ああ」
「何でだろうな」
「知らない」
「そこは考えろよ」
「考えても分からないものは分からない」
エレナは笑った。
そして。
少しだけ真面目な顔になる。
「多分」
「うん」
「お前が変に期待しないからだ」
「期待?」
「ああ。Bランクだから、強いから、女だから。そういうの、何も考えてないだろ」
アルベルトは少し考える。
「……確かに」
「だろ?」
「エレナはエレナだからな」
「……」
「何?」
「いや」
エレナは視線を逸らした。
「何でもない」
「そう?」
「そうだ」
少しだけ。
頬が赤い。
酒のせいだろう。
アルベルトはそう思った。
それから。
二人は時々、一緒に依頼を受けるようになった。
毎回ではない。
互いに予定がある。
ランクも違う。
受ける依頼も違う。
それでも。
都合が合えば一緒に行く。
護衛。
討伐。
調査。
比較的短期間の依頼が多かった。
そして。
依頼の後は酒を飲む。
「アル」
「何?」
「次、三日空いてる?」
「空いてるけど」
「護衛」
「三日?」
「嫌か?」
「内容次第」
「本当に面倒くさいな」
「褒め言葉?」
「違う」
そんなやり取りが。
いつの間にか普通になっていた。
ある日。
冒険者ギルドの掲示板の前。
アルベルトは一枚の依頼書を見ていた。
「……洞窟調査か」
期間は未定。
危険度は高い。
報酬は高額。
そして。
依頼書の下には、参加条件が書かれていた。
Bランク冒険者による指名参加。
追加募集はCランク以上。
「これは断る」
「即答だな」
隣から声がした。
エレナだった。
「期間未定」
「危険」
「面倒」
「俺が嫌いな条件が全部揃ってる」
「三つだけだろ」
「十分だ」
アルベルトは依頼書から目を離した。
だが。
ふと。
参加予定者の欄を見る。
そこにはエレナの名前があった。
「……エレナ」
「ん?」
「これ、参加するのか?」
「する」
「好き好んで?」
「違う」
エレナは少し肩をすくめた。
「指名依頼だ」
「ああ」
「ギルドから正式に頼まれてる」
「断れないのか?」
「よほどの理由がなければな」
アルベルトは依頼書を見る。
Bランク冒険者。
そしてCランク以上の追加募集。
本来なら、自分が行く必要はない。
他にも参加者はいる。
「じゃあ」
アルベルトは言った。
「頑張って」
「それだけ?」
「それだけ」
「冷たいな」
「エレナなら大丈夫だろ」
「……」
エレナは少し黙った。
「まあ」
少し笑う。
「知らない奴ばかりよりは」
「うん」
「アルが一人くらいいた方が楽だけどな」
アルベルトはエレナを見る。
「それ、誘ってる?」
「誘ってない」
「誘ってる顔してる」
「してない」
「……」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。
エレナが先に視線を逸らした。
「別に」
「無理にとは言ってない」
「うん」
「ただ」
少しだけ声が小さくなる。
「アルがいたら、安心するかなって」
アルベルトは依頼書を見る。
期間未定。
危険度高。
洞窟。
調査。
自分が最も避けたい依頼だった。
「……」
「やっぱりいい」
エレナが言う。
「無理に誘うような依頼じゃない」
「いや」
アルベルトは依頼書を見たまま答えた。
「少し考える」
「え?」
「少しだけな」
「……本当に?」
「期待するな」
エレナは少しだけ笑った。
「分かった」
その日の夜。
アルベルトは自宅で考えていた。
洞窟調査依頼。
期間未定。
危険度は高い。
参加人数は複数。
Bランクのエレナがいる。
それでも。
嫌な予感がした。
「……普通なら断る」
間違いなく。
断る。
報酬がいくら高くても。
自分の嫌いな条件が揃いすぎている。
しかし。
昼間のエレナの言葉が頭に残っていた。
――アルがいたら、安心するかなって。
「……ずるいな」
誰に言うでもなく呟く。
そして。
翌日。
アルベルトは冒険者ギルドへ向かった。
受付嬢に言う。
「洞窟調査依頼」
「はい」
「追加募集はまだ残ってる?」
「え?」
「参加する」
受付嬢が少し驚いた顔をする。
「アルベルトさんが?」
「何か問題でも?」
「いえ。ただ……」
彼女は依頼書を見る。
「こういう依頼は、あまり受けない方ですよね」
「俺もそう思う」
「それでも?」
「……たまには気が変わる」
自分でも納得できない理由だった。
受付嬢はそれ以上聞かなかった。
「分かりました。では参加登録を行います」
登録を終え。
アルベルトは自宅へ戻った。
そして。
準備を始める。
「……期間未定、か」
棚から荷物を取り出す。
普段の依頼なら。
必要最低限でいい。
食料。
水。
寝具。
武器。
回復薬。
それだけだ。
だが。
今回は違う。
洞窟。
しかも期間未定。
「嫌な予感しかしない」
そう呟きながら。
いつもより多めに固形保存食を袋へ詰め込む。
硬い。
味も大したことはない。
だが。
日持ちする。
水袋も一つ追加した。
自分は水魔法が使える。
だから。
普通なら、そこまで多く持ち歩く必要はない。
それでも。
魔法が使えなくなる状況が絶対にないとは限らない。
「念のためだ」
簡易寝具。
ロープ。
火打石。
小型のランタン。
予備の回復薬。
そして。
少し多めの保存食。
荷物は普段より重くなった。
「……これ以上は持ちすぎか」
一度。
荷物を持ち上げる。
重い。
だが。
歩けないほどではない。
アルベルトは少し考えた。
そして。
もう一袋。
保存食を追加した。
「……嫌な予感しかしないからな」
自分でも。
なぜそこまで不安なのか分からない。
ただ。
前世から。
こういう時の直感は無視しないことにしていた。
嫌な予感がする時。
大抵。
何かが起きる。
だから。
準備できることはしておく。
「備えすぎて困ることはない」
荷物をまとめる。
通常より多い。
だが。
それでも。
一人で長期間生き延びるための量ではない。
まして。
二人分など到底足りない。
アルベルトは。
まだ知らなかった。
この準備が。
後に自分とエレナの命を繋ぐことになることを。
そして。
それでもなお。
一週間を生き延びるには。
決して十分な量ではないことを。
翌朝。
アルベルトは準備を終えた。
「さて」
期間未定。
危険度高。
嫌な予感あり。
自分が避けるべき条件ばかりだった。
「……参加しない方が良かったんじゃないか?」
今さら。
そんなことを思う。
しかし。
もう登録してしまった。
アルベルトは荷物を背負う。
そして。
冒険者ギルドへ向かった。
これから先。
自分の人生を大きく変えることになる。
洞窟調査依頼へ。




