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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
過去編

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第35話 Bランクの女剣士

 翌朝。

 アルベルトは指定された集合場所へ向かっていた。

 街の南門近く。

 護衛対象となる商隊が、出発の準備をしている。

 荷馬車が三台。

 護衛の冒険者は五人。

 依頼書によれば、目的地までは二日。

 途中で一泊。

 危険度はそれほど高くない。


「三日で終わるなら悪くない」


 アルベルトは小さく呟いた。

 報酬も悪くない。

 何より。

 長期依頼ではない。

 それだけで受ける理由としては十分だった。


「お前がアルベルトか?」


 背後から声をかけられた。

 振り返る。

 そこにいたのは、三十歳前後に見える女性だった。

 長い銀髪を後ろでまとめている。

 背は高い。

 アルベルトとほとんど変わらない。

 女性としてはかなりの長身だろう。

 腰には長剣。

 胸当てを中心とした軽めの鎧を身につけていた。

 動きやすさを重視した、いかにも冒険者らしい格好だ。


「そうだけど」

「アタシはエレナ」


 女性は短く名乗った。


「今回の護衛を一緒にやる」

「よろしく」

「よろしく」


 握手を交わす。

 その手は。

 見た目以上に硬かった。

 長年。

 剣を握ってきた人間の手だ。


「……Bランク?」


 アルベルトは彼女の胸元にある冒険者証を見た。

 自分より一つ上。

 Bランク。


「ああ」

「珍しいな」

「何が?」

「Bランクがこんな護衛依頼を受けるのは」


 危険度は高くない。

 普通なら。

 Cランク以下でも十分対応できる。

 わざわざBランクが受ける必要はない。

 エレナは少し笑った。


「次の依頼まで時間が空いたんだよ」

「休めばいいのに」

「アタシ、暇なの苦手なんだ」


 アルベルトは少しだけ眉を動かした。


「……そういう人もいるか」

「何だ、その言い方」

「別に」


 エレナは怪訝そうな顔をした。

 初対面。

 それだけだった。

 この時のアルベルトにとって。

 彼女はただのBランク冒険者。

 少し背の高い女剣士。

 それ以上ではなかった。



 商隊は予定通り出発した。

 冒険者たちは荷馬車の周囲に散る。

 アルベルトは最後尾を担当した。

 エレナは先頭付近。

 それぞれの位置で警戒する。

 最初の数時間は何も起きなかった。

 街道は穏やかだった。


「なあ」


 昼頃。

 エレナが隣へやってきた。


「何?」

「お前、Cランクなんだよな」

「そうだけど」

「若いな」

「三十だ」

「冒険者としては若い方だろ」

「エレナは?」

「秘密」

「じゃあ聞かない」

「……普通、そこはもう一回聞くだろ」

「聞きたくないなら聞かない」

「つまらない男だな」

「よく言われる」


 エレナが小さく笑った。


「変わってるな」

「そうか?」

「Cランクなら、もっと上を目指そうとか思わないのか?」

「思わない」

「即答かよ」

「生活できるし」

「それだけ?」

「それだけ」


 エレナは呆れたように息を吐いた。


「冒険者ってのはな。普通、もっと上を目指すもんだ」

「エレナみたいに?」

「そう」

「Bランクで満足してる?」

「……」


 少し間があった。


「満足はしてない」

「じゃあ、Aランクを目指してる?」

「ああ」

「大変そうだな」

「そこ!?」


 エレナが思わず声を上げる。

 近くを歩いていた商人が驚いた顔をした。


「いや。頑張るのはいいと思う」

「だったら、もう少しまともな反応しろ」

「応援してる」

「棒読みじゃないか!」


 アルベルトは少し笑った。

 エレナも。

 つられて笑った。

 初めて。

 まともに会話をした。



 その日の夕方。

 商隊は街道沿いの休憩地点へ到着した。

 冒険者たちは交代で見張りをする。

 夕食の後。

 アルベルトは焚き火のそばに座っていた。

 すると。

 エレナが隣に座る。


「なあ」

「今度は何?」

「お前、本当にCランクか?」


 嫌な質問だった。


「証明書なら見せるけど」

「そういう意味じゃない」

「じゃあ、どういう意味?」

「今日の昼」

「うん」

「商隊の周囲を見てただろ」

「見張りだからな」

「それだけじゃない」


 エレナは真剣な顔をしていた。


「他の冒険者の位置まで見てた」


 アルベルトは黙る。


「誰が疲れてるか」

「誰が注意を向けてるか」

「誰が油断してるか」

「全部見てた」

「……よく見てるな」

「アタシも冒険者だから」


 エレナは焚き火を見つめる。


「普通のCランクじゃない」

「普通だよ」

「そういうことにしておく」


 アルベルトは少しだけ困った顔をした。

 やはり。

 鋭い。

 目立たないようにしているつもりでも。

 見る人間が見れば分かる。


「別に、大したことじゃない」

「そうか?」

「周りを見てるだけだ」

「それが難しいんだよ」


 エレナはそう言った。

 アルベルトは少し意外そうに彼女を見る。


「剣を振ることなら、アタシは得意だ」


 エレナは自分の剣を見る。


「でもな」

「戦場全体を見るのは難しい」

「自分が戦ってると、どうしても目の前に集中する」

「お前は違う」


 アルベルトは答えなかった。

 前世で。

 ずっとやっていた。

 部下を見る。

 周囲を見る。

 誰かが困っていないか。

 誰かが無理をしていないか。

 全体を見る。

 それが。

 いつの間にか癖になっていた。


「……まあ、見えるものは見える」

「それができる奴は少ない」


 エレナは笑った。


「面白い奴だな、お前」

「面白くなくていいんだけど」

「残念だったな」


 焚き火が弾けた。

 二人の間に。

 少しだけ。

 穏やかな空気が流れた。



 翌日。

 問題が起きた。


「止まれ!」


 先頭にいたエレナの声。

 商隊が止まる。

 アルベルトもすぐに周囲を見る。

 森の中。

 何かがいる。


「……魔物か?」


 他の冒険者が剣を抜く。

 数は。

 一。

 二。

 三。


「五匹」


 アルベルトが呟いた。


「分かるのか?」

「音」


 森の中。

 小さな足音。

 枝が折れる音。

 草が揺れる音。

 魔物が現れた。

 狼に似た魔物。

 ただし。

 通常の狼より大きい。


「ウルフウルフか」


 エレナが剣を抜く。


「五匹程度なら問題ない」

「待て」


 アルベルトが言った。


「何?」

「正面だけじゃない」

「……?」

「三匹は囮だ」


 その直後。

 左右の森からさらに魔物が飛び出した。


「なっ!?」


 冒険者たちが慌てる。

 商隊が悲鳴を上げる。


「右に二匹!」

「左に三匹!」


 アルベルトが叫ぶ。


「荷馬車を中央へ寄せろ!」

「エレナ!」

「分かってる!」


 エレナが一歩前へ出る。

 剣を振る。

 一匹。

 魔物の首が飛んだ。

 速い。

 アルベルトは少し驚いた。


「……さすがBランク」


 感心している場合ではない。

 魔物が左右から迫る。

 アルベルトは地面へ水を撒いた。

 ほんの少量。

 魔物の足元。

 そこへ。

 弱い風。

 土埃が舞う。

 魔物の視界が一瞬乱れる。


「今だ!」


 他の冒険者が攻撃する。

 エレナは二匹目。

 三匹目。

 次々に倒していく。

 残り。

 二匹。


「逃げるぞ!」


 魔物たちは森の奥へ消えていった。

 戦闘終了。

 冒険者たちは息を整える。


「……助かった」

「油断してたな」

「まさか伏兵がいるとは」


 誰かが呟く。

 エレナは。

 黙ってアルベルトを見ていた。


「何?」

「お前」


 嫌な予感がした。


「どうして分かった?」

「何が?」

「囮だって」

「……何となく」

「何となくで当てるな」

「当たっただけ」

「絶対違うだろ」


 アルベルトは視線を逸らした。

 エレナは。

 しばらく彼を見ていた。

 だが。

 それ以上は聞かなかった。


「まあいい」

「いいのか?」

「いつか教えてくれるんだろ?」

「教えないかもしれない」

「その時は諦める」


 エレナは笑った。

 アルベルトは。

 少しだけ意外に思った。

 もっと追及されると思っていた。

 しかし。

 彼女は踏み込まない。

 聞きたいことがあっても。

 相手が話したくないなら待つ。

 それが。

 エレナという人間なのかもしれなかった。



 護衛依頼は無事に終わった。

 都市へ戻る。

 報酬を受け取る。

 アルベルトは。

 いつもの生活に戻るつもりだった。


「アルベルト」


 ギルドを出ようとした時。

 エレナに呼び止められた。


「何?」

「また組もう」

「……」


 アルベルトは少し考えた。

 護衛依頼。

 別に悪くなかった。

 エレナも。

 悪い相手ではない。


「依頼次第」

「何だよ、それ」

「長期間は嫌だ」

「分かった分かった」


 エレナは笑う。


「短いやつを探してやるよ」

「わざわざ?」

「面白い奴と組む方が楽しいだろ」

「俺、面白い?」

「本人に自覚がないのが一番面白い」


 そう言って。

 エレナは手を振った。


「じゃあな、アル」

「……アル?」

「嫌か?」

「別に」

「じゃあ決まり」


 エレナは勝手に決めた。

 アルベルトは。

 その背中を見送りながら。

 小さく息を吐く。


「……まあ」


 悪くないか。

 それが。

 エレナとの最初の出会いだった。

 この時の二人は。

 まだ。

 ただの冒険者仲間だった。

 片方はBランク。

 片方はCランク。

 目指す場所も。

 生き方も違う。

 それでも。

 なぜか。

 次に会うことを。

 互いに少しだけ楽しみにしていた。

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