第34話 目立たない冒険者
都市の門をくぐった時、アルベルトは思わず足を止めた。
「……でかいな」
村とは比べものにならない。
石造りの建物が並び、人が行き交っている。
荷車を引く商人。
剣を腰に下げた男。
ローブ姿の魔術師らしき女性。
露店からは香辛料や焼いた肉の匂いが漂ってきた。
少し離れた場所では、子供たちが走り回っている。
賑やかだった。
そして。
少しだけ懐かしいと思った。
前世で見た都会とは違う。
建物も。
服装も。
文明も。
何もかも違う。
それでも。
人が多く。
それぞれが忙しそうに歩いている光景には、どこか共通するものがあった。
「まずは仕事か」
アルベルトは周囲を見回した。
都市へ来る前から、やることは決めていた。
冒険者になる。
理由は単純だ。
特別な資格がいらない。
仕事を自分で選べる。
そして。
ある程度の実力があれば、一人でも生きていける。
「俺には向いてる気がするな」
前世では。
仕事を選べなかった。
正確には。
選ぶことはできたのかもしれない。
ただ。
頼まれれば引き受けた。
期待されれば応えた。
結果として。
仕事が増えた。
なら。
最初から。
自分で仕事を選べる立場になればいい。
そんな単純な考えだった。
アルベルトは街の中央にある大きな建物へ向かった。
入口の上には、剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられている。
冒険者ギルド。
村にいた頃から、その存在は知っていた。
魔物の討伐。
護衛。
採集。
運搬。
様々な依頼を仲介する組織。
「さて」
アルベルトは扉を開けた。
中は想像していたより広かった。
依頼書が並ぶ掲示板。
受付。
食事ができる酒場。
そして。
何人もの冒険者。
剣を持った男たち。
鎧姿の女。
魔術師。
大声で笑う者。
依頼の報酬について文句を言っている者。
村とはまるで違う世界だった。
「……ちょっと騒がしいな」
小さく呟く。
だが。
嫌いではない。
アルベルトは受付へ向かった。
「冒険者登録をしたい」
受付にいた女性が顔を上げる。
「初めてですか?」
「ああ」
「では、こちらへどうぞ」
案内される。
名前。
年齢。
出身。
簡単な確認。
そして。
「戦闘経験はありますか?」
「ほとんどない」
「魔法は?」
「少しだけ」
「どの程度ですか?」
アルベルトは少し考えた。
正直に言えば。
水。
風。
火。
身体強化。
使える。
しかも。
一般的な魔法使いより長時間。
ただ。
ここで全部言う必要はない。
「生活魔法くらいだ」
「分かりました」
受付嬢は記録する。
アルベルトは内心で頷いた。
これくらいでいい。
最初から期待される必要はない。
「では、アルベルトさん。冒険者としての最初のランクはFランクになります」
「了解」
「初心者向けの依頼を受けることができます。ただし、無理はしないようにしてくださいね」
「分かった」
こうして。
アルベルトの冒険者生活が始まった。
最初の依頼は。
薬草採取だった。
「……まあ、そうなるよな」
掲示板の前で依頼書を見る。
Fランク向け。
報酬は安い。
しかし。
危険も少ない。
アルベルトは迷わず選んだ。
初日から魔物討伐など、やる気はない。
「まずは仕事の流れを知る」
これも。
前世の経験からだった。
いきなり張り切らない。
まずは環境を知る。
人を知る。
ルールを知る。
その上で。
自分にできる範囲を決める。
薬草採取は。
意外と悪くなかった。
静かだ。
一人でできる。
誰かに指示されることもない。
必要な量だけ採取して。
夕方までに戻る。
報酬を受け取る。
「……悪くない」
宿で夕食を食べながら。
アルベルトは思った。
前世では。
一日の仕事が終わっても。
次の日の仕事が待っていた。
終わりがなかった。
だが。
今は違う。
依頼が終われば。
終わりだ。
それ以上働く必要はない。
「これはいいな」
冒険者という仕事を。
少し好きになった。
数か月が経った。
アルベルトはFランクからEランクになった。
薬草採取。
荷運び。
街道の簡単な護衛。
魔物避け。
地道に依頼をこなした。
無理はしない。
危険な依頼は避ける。
報酬が良くても。
面倒そうなら受けない。
「この依頼は?」
「遠慮する」
「こっちは?」
「三日拘束か。やめる」
掲示板の前で。
依頼を選ぶ。
周囲の冒険者からは。
少し変わった男だと思われていた。
普通なら。
高い報酬の依頼を狙う。
ランクを上げる。
名を上げる。
そう考える者が多い。
だが。
アルベルトは違った。
生活できればいい。
危険を避けられればいい。
自由な時間があればいい。
「お前、本当に冒険者か?」
ある日。
酒場で隣に座った男に言われた。
「一応」
「もっと稼ごうとは思わないのか?」
「必要になったら」
「……変な奴だな」
「よく言われる」
アルベルトは笑った。
二年目。
初めて。
少し大きな魔物討伐に参加した。
Eランク以上の冒険者が集められた。
森に現れた魔物。
単独では危険。
複数人で討伐する。
アルベルトは後衛だった。
前に出るつもりはない。
必要なら。
水魔法。
風魔法。
身体強化。
地味な支援をする。
戦闘が始まった。
「左だ!」
誰かが叫ぶ。
魔物が突進する。
前衛が避ける。
アルベルトは地面へ水を撒いた。
ほんの少し。
魔物の足元が滑る。
「今だ!」
前衛の剣が魔物へ突き刺さった。
戦闘は終わる。
「……誰か水魔法を使ったか?」
「さあ?」
周囲が首を傾げる。
アルベルトは何も言わない。
自分がやった。
だが。
別に言う必要はない。
そんなことが何度もあった。
危険が迫る。
誰かが助かる。
戦闘が上手くいく。
しかし。
アルベルトは目立たない。
仲間が活躍した。
そういう形になる。
本人も。
それで満足だった。
冒険者になって三年目。
アルベルトはDランクになっていた。
本人としては。
少し上がりすぎたと思っていた。
「……これ以上、上がると面倒かな」
ランクが上がれば。
受けられる依頼が増える。
同時に。
期待される。
ギルドから声がかかる。
高難度の依頼を頼まれる。
前世の経験から。
嫌な予感しかしない。
「ほどほどでいいんだけどな」
しかし。
冒険者のランクは。
単純に自分で止められるものでもない。
依頼をこなせば上がる。
長く活動すれば評価される。
何もしなければ。
生活できない。
「難しいな」
アルベルトは酒を飲みながらため息をついた。
四年目。
アルベルトは一人の冒険者と組んでいた。
護衛依頼。
途中。
魔物の群れに遭遇する。
「くそっ! 多いぞ!」
仲間が叫ぶ。
逃げるには。
荷車が遅すぎる。
戦うしかない。
アルベルトは周囲を見る。
敵の数。
地形。
仲間の位置。
荷車。
逃げ道。
そして。
「そっちへ寄せろ!」
「何!?」
「いいから!」
普段は声を荒げない。
だが。
危険な時は別だった。
前衛を少し下げる。
魔物を狭い場所へ誘導。
水魔法で地面を滑らせる。
風で砂を巻き上げる。
身体強化で前衛の援護。
魔物たちは。
狭い場所で動きが取れなくなる。
「今だ!」
仲間が攻撃する。
戦闘は終わった。
しばらく。
誰も話さなかった。
「……アルベルト」
「何だ?」
「お前」
仲間がこちらを見る。
「本当にDランクか?」
嫌な質問だった。
「Dランクだ」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「運が良かった」
「……そうか」
仲間は納得していなかった。
アルベルトも分かっていた。
そろそろ。
目立たないようにするのが難しくなっている。
五年目。
アルベルトはCランクになった。
二十五歳で家を出て。
五年。
三十歳になっていた。
本人としては。
これ以上ないほど十分だった。
生活できる。
依頼を選べる。
自由な時間もある。
宿ではなく。
小さな家も借りられるようになった。
冒険者として。
不満はない。
「ここで止めよう」
本気でそう思った。
これ以上。
ランクを上げる必要はない。
有名になる必要もない。
英雄になる気もない。
だから。
これからは。
適度に依頼を受ける。
危険なものは避ける。
面倒な話は断る。
そして。
のんびり生きる。
「完璧だな」
自宅で一人。
アルベルトは満足そうに頷いた。
その翌日。
冒険者ギルドへ行く。
受付嬢が。
「アルベルトさん」
「ん?」
「護衛依頼が入りまして」
「嫌な予感がする」
「Cランク以上の冒険者を募集しています」
「……断れる?」
「断れますよ?」
「じゃあ断る」
「即答ですね」
受付嬢が苦笑する。
アルベルトは真顔だった。
しかし。
依頼書を見る。
期間。
三日。
報酬。
そこそこ。
危険度。
それほど高くない。
「……」
「どうします?」
「……受ける」
「受けるんですね」
「三日なら我慢できる」
受付嬢が笑った。
アルベルトは依頼書に署名する。
この時は。
まだ知らなかった。
この依頼で。
一人の女性と出会うことを。
その女性が。
これから先。
自分の人生に。
何度も。
何度も。
関わってくることを。
アルベルトは。
まだ知らなかった。
翌朝。
依頼の集合場所へ向かう。
そして。
そこで。
身長の高い女性と出会うことになる。




