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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
過去編

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第33話 十年後の準備

 十五歳で、前世の記憶を取り戻した。

 それから数日が経った。

 最初の混乱は、ようやく落ち着きつつあった。

 もっとも。

 頭の中に五十年分の記憶があるという状況に、完全に慣れたわけではない。

 ふとした瞬間に、知らないはずの景色が浮かぶ。

 見たこともない乗り物。

 高い建物。

 夜になっても明るい街。

 そして。

 会社という場所。


「……不思議なもんだな」


 アルベルトは畑の畦道を歩きながら、小さく呟いた。

 今の自分は十五歳。

 だが。

 頭の中には五十歳まで生きた男の記憶がある。

 精神年齢が本当に六十五歳なのかと聞かれれば、そんな単純な話でもない。

 十五歳の自分の感覚も残っている。

 兄に褒められれば嬉しい。

 美味い飯を食えば嬉しい。

 友人と馬鹿な話をすれば楽しい。

 ただ。

 以前とは少しだけ。

 物事の見え方が変わっていた。


「アルベルト! ぼーっとするな!」

「悪い」


 父に呼ばれ、アルベルトは慌てて荷車へ向かう。

 収穫した野菜を積み込む。

 重い。

 だが。

 前世の記憶を取り戻したからといって、急に身体が強くなったわけではない。

 魔法が使えるようになったわけでもない。


 ……いや。

 魔法そのものは、元々使えた。

 この世界では珍しいものではない。

 生活の中にも、ごく簡単な魔法を使える者はいる。

 火をつける。

 水を少し出す。

 風を起こす。

 農作業を手伝う程度の魔法。

 アルベルトも、その程度なら使えた。


「水」


 掌に魔力を集める。

 すると。

 掌の上に、小さな水の球が生まれた。

 畑仕事で喉が渇いた時に使う程度のものだ。


 だが。

 アルベルトは、その水を見ながら考えた。


「……これ、もう少し無駄を減らせないか?」


 前世では。

 仕事の手順を見直すことがあった。

 無駄な作業。

 無駄な確認。

 同じことを何度も繰り返す工程。

 それらを減らせば、同じ成果でも時間が短くなる。

 魔法も同じではないか。

 今まで。

 そんなことを考えたことはなかった。

 魔力を込める。

 魔法を発動する。

 それだけだった。


 だが。

 魔力の流れを意識してみる。

 必要な量だけを使う。

 余計な魔力を流さない。


「……難しいな」


 水の球が消えた。

 最初は失敗ばかりだった。

 水が途中で消える。

 必要以上に大きくなる。

 逆に小さすぎる。

 魔力を節約しようとして、かえって集中力を使う。

 それでも。

 毎日少しずつ試した。

 もちろん。

 誰にも見られない場所で。

 前世で学んだことがある。

 できることを全部見せる必要はない。

 むしろ。

 見せれば見せるほど。

 期待される。

 頼られる。

 仕事が増える。


「……学習したからな、俺も」


 前世の自分なら。

 できることを隠すのは、少し後ろめたかったかもしれない。

 頼られれば応えた。

 困っている人がいれば助けた。

 それ自体は悪いことではない。

 ただ。

 全部を引き受ける必要はなかった。

 今度は。

 自分で選ぶ。

 助けることも。

 働くことも。

 断ることも。

 そのためには。

 まず。

 自分自身に余裕が必要だった。


 


 十六歳。

 アルベルトは農作業の合間に、魔法の練習を続けていた。

 派手な魔法は覚えられない。

 魔法の才能があるわけでもない。

 ただ。

 今ある魔法を、少しだけ上手く使う。

 それだけだった。


「水」


 掌の上に水が生まれる。

 以前より少ない魔力で。

 以前より長く。

 水を維持できる。


「……悪くない」


 少しだけ笑う。

 誰にも見せるつもりはない。

 だが。

 いつか役に立つかもしれない。

 そんな程度だった。

 


 十七歳。

 兄の結婚話が出た。

 村の近くに住む娘との縁談だった。

 両親は嬉しそうだった。


「これで家も安泰だ」


 父が酒を飲みながら笑う。

 母も頷いている。

 アルベルトも。


「よかったな、兄さん」


 と素直に祝福した。

 本当に。

 兄のことを嫌っていたわけではない。

 むしろ。

 兄は昔から自分によくしてくれた。

 だから。

 家を継ぐ兄に嫉妬することもなかった。

 ただ。

 その日。

 アルベルトは一つ理解した。

 自分は。

 いつかこの家を出る。

 兄が結婚する。

 子供が生まれる。

 家の跡取りが安定する。

 そうなれば。

 次男である自分の役割は薄くなる。

 もちろん。

 ずっと農作業を続けることもできる。

 だが。

 それは自分の望む人生ではない。


「……あと何年かな」


 夜。

 一人で空を見上げる。

 焦る必要はない。

 前世で焦って失敗したことは何度もある。

 今度は。

 時間をかける。

 準備する。

 その時が来たら。

 すぐに動けるように。

 


 十八歳。

 魔法の練習は続いていた。

 水。

 風。

 火。

 身体強化。

 どれも地味なものだ。

 攻撃魔法は使えない。

 大きな火球を飛ばすこともできない。

 雷を落とすこともできない。

 氷の槍を作ることもできない。

 できるのは。

 小さな火。

 少量の水。

 弱い風。

 そして。

 少しだけ身体能力を高める魔法。

 普通なら。

 大したものではない。

 だが。

 アルベルトは考えた。


「一回で大量に使えないなら」

「何度も使えればいい」


 魔力の流れを整える。

 必要な部分にだけ流す。

 無駄を減らす。

 少しずつ。

 少しずつ。

 何年も続ける。

 すると。

 他人が何回も使えない程度の魔法を、アルベルトは何度も使えるようになっていた。


「……まあ、地味だけどな」


 自分で言って笑う。

 派手ではない。

 英雄になれる力でもない。

 だが。

 アルベルトには十分だった。

 


 二十歳。

 兄が結婚した。

 家には新しい家族が増えた。

 義姉は明るい女性だった。

 アルベルトにもよくしてくれる。

 家族関係は悪くない。

 むしろ。

 恵まれている方だと思う。

 だからこそ。

 家を出る日が近づいていることを、誰も悲劇のようには考えなかった。

 長男が家を継ぐ。

 次男は別の人生を歩む。

 珍しい話ではない。

 アルベルト自身も。

 そのつもりだった。

 


 二十二歳。

 兄に子供が生まれた。

 男の子だった。

 父は泣いた。

 母も泣いた。

 兄は困ったように笑っていた。

 アルベルトは。

 生まれたばかりの甥を見ながら。

 少しだけ笑った。


「……これで、完全に必要なくなったな」

「何か言ったか?」


 隣にいた兄が聞いてくる。


「いや。可愛いなと思って」

「そうだろ」


 兄は嬉しそうだった。

 アルベルトも笑う。

 冗談ではない。

 本当に可愛かった。

 ただ。

 同時に。

 自分の立場も理解した。

 家を継ぐ者がいる。

 その次の世代も生まれた。

 次男として。

 家に残る理由はない。

 むしろ。

 これからは。

 自分の人生を考えるべきだった。

 


 二十五歳。

 その日。

 夕食の後。

 父が珍しく真剣な顔をしていた。


「アルベルト」

「何?」

「少し話がある」


 母もいる。

 兄夫婦もいる。

 アルベルトは。

 ああ。

 と思った。

 ついに来た。


「……俺のこと?」

「ああ」


 父は少し言いにくそうにしていた。

 冷たいわけではない。

 むしろ。

 申し訳なく思っているのだろう。


「お前も、もう二十五だ」

「うん」

「この家に、このままずっといるわけにもいかん」

「そうだな」


 アルベルトは頷いた。

 父が少し驚く。


「分かっていたのか?」

「何となく」


 十年前から。

 ずっと。


「兄さんには家がある。子供もいる」

「俺は次男だ」

「そろそろ、自分の人生を考える時だろ」


 父は黙った。

 母が少し寂しそうに笑う。


「ごめんなさいね」

「謝ることじゃない」


 アルベルトは笑った。

 本当に。

 恨んではいなかった。

 むしろ。

 ここまで育ててもらった。

 働かされた。

 兄との差もあった。

 それでも。

 虐待されたわけでもない。

 飢えさせられたわけでもない。

 十分だった。


「どこへ行く?」


 兄が聞く。


「都市かな」

「仕事は?」

「何とかする」


 実際。

 考えていた。

 都市なら冒険者という仕事がある。

 魔物を倒す。

 護衛をする。

 薬草を採る。

 危険はある。

 しかし。

 自分の働き方を自分で決められる。

 少なくとも。

 農家の次男よりは自由だ。


「心配じゃないの?」


 母が聞く。


「心配だよ」


 アルベルトは即答した。


「だから、準備はしてきた」

「準備?」

「少し貯めた金もある」


 魔法の練習も。

 体力作りも。

 十年間。

 誰にも言わずに続けてきた。

 もちろん。

 全てを話すつもりはない。


「大丈夫」


 そう言うと。

 父はしばらく黙っていた。

 そして。


「……そうか」


 とだけ言った。

 


 数日後。

 アルベルトは荷物をまとめた。

 大きな荷物ではない。

 服。

 道具。

 少しの食料。

 貯めた金。

 そして。

 十年間。

 自分なりに準備してきたもの。

 朝。

 家の前に家族が集まった。


「じゃあ」


 アルベルトは荷物を背負う。


「行ってくる」

「無茶するなよ」

「分かってる」


 父の言葉に頷く。

 母が目を潤ませていた。

 兄が肩を叩く。


「困ったら帰ってこい」

「その時は頼るよ」


 兄の妻も。

 甥もいる。

 アルベルトは笑った。

 ここは。

 嫌いな家ではなかった。

 ただ。

 自分の居場所ではなくなった。

 それだけだ。

 村を出る。

 一度だけ。

 振り返る。

 そして。

 前を向いた。


「さて」


 十五歳の時。

 前世の記憶を取り戻した。

 あの日から十年。

 準備してきた。

 今度の人生は。

 自分で選ぶ。

 無理はしない。

 働きすぎない。

 目立ちすぎない。

 そして。

 できるだけ。

 楽に生きる。


「まあ」


 アルベルトは小さく笑った。


「予定通りにはいかないんだろうけど」


 それでも。

 前世よりは。

 少し上手くやるつもりだった。

 アルベルトは都市へ向かって歩き出す。


 二十五歳。

 農家の次男。

 そして。

 これから冒険者になる男の。

 新しい人生が始まった。

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