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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
娼館編

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第31話 少しだけ、嫉妬

 その日の夜。

 アルベルトは、再び《月の雫》を訪れていた。


「いらっしゃい、アル」


 受付にいたリリアが笑う。


「また来た」

「来ると言っただろ」

「そうね」


 リリアは楽しそうに笑いながら。

 いつものように受付から出てきた。

 そして。

 そのまま、自然な動作でアルベルトの腕に自分の腕を絡ませる。


「……」

「何だ?」

「別に?」

「今日はやけに近いな」

「そうかしら?」


 リリアは首を傾げる。

 しかし。

 腕は離さない。

 むしろ。

 歩くたびに、柔らかな感触が腕へ触れる。


「近いだろ」

「気のせいよ」

「そうか」

「ええ」


 リリアは平然と答えた。

 しかし。

 アルベルトが納得した様子を見せると。

 なぜか少し不満そうな顔をする。


「……」

「何だ?」

「何でもないわ」


 どうやら。

 何かあるらしい。


     ◇


「ミナは元気にしてるか?」


 アルベルトが何気なく尋ねた。

 その瞬間。

 リリアの足が、ほんの少しだけ止まった。


「ええ」


 すぐに笑顔へ戻る。


「元気よ」

「今日も仕事をしてた」

「そうか」

「アルのおかげでね」

「俺は何もしてない」

「またそれを言う」


 リリアは少し呆れたように笑う。


「何もしてない人は」

「自信を失っていた女の子のために客になったりしないわ」

「本人が戻りたいと言ったから手伝っただけだ」

「分かってるわよ」


 リリアの返事は少し早かった。


「……」

「リリア?」

「何でもないって言ってるでしょう?」

「怒ってるのか?」

「怒ってないわ」


 言葉とは裏腹に。

 リリアの腕が少しだけ強く絡んだ。

 アルベルトは首を傾げる。


「……」


 何か。

 怒らせるようなことをしただろうか。

 考えてみるが。

 思い当たらない。


     ◇


 リリアの部屋。

 いつものように二人きりになる。

 リリアは扉を閉めると。

 振り返った。


「アル」

「ん?」

「座って」

「分かった」


 アルベルトがソファに座る。

 すると。

 リリアも隣に座った。

 いや。

 隣というより。

 ほとんど寄り添うような距離だった。


「……今日は本当に近いな」

「そう?」

「さっきからそればかりだ」

「気のせいよ」

「そうか」

「ええ」


 しかし。

 リリアは離れない。

 むしろ。

 身体を少し動かして、さらに距離を詰める。

 長い髪を耳へかける。

 何気ない仕草。

 だが。

 アルベルトの視線が自然とそちらへ向くことを知っているような動きだった。


「……」

「何だ?」

「アル」

「ん?」

「私のこと、ちゃんと見てる?」

「見てるぞ」

「本当に?」

「ああ」


 リリアはしばらくアルベルトを見る。

 そして。

 ふっと笑った。


「そう、ならいいわ」

「何がだ?」

「何でもない」


 アルベルトはやはり首を傾げた。


     ◇


 しばらく。

 二人で酒を飲んだ。

 他愛もない話をする。

 最近の街のこと。

 冒険者ギルドのこと。

 仕事の話。

 そして。

 自然な流れで。

 ミナの話になった。


「今日、ミナが嬉しそうだったぞ」

「ええ」


 リリアも笑う。


「見てたわ」

「本当に元気になったみたいだな」

「そうね」

「また仕事を頑張ると言ってた」

「ええ」

「良かったな」

「……」


 リリアの笑顔が少しだけ止まった。


「アル」

「ん?」

「あなた、本当に気づいてないの?」

「何を?」

「……」


 リリアは酒杯を置いた。


「最近、他の女の子ばかり構ってる」

「そうか?」

「そうよ」

「リゼ」

「フィオナ」

「ミナ」


 指を折りながら名前を挙げる。


「みんな」

「アルのことを特別に思ってるわよ」

「そうなのか?」

「そうなの」

「……」

「アル、鈍いわね」


 アルベルトは少し考える。


「相談に乗っただけだ」

「分かってる」

「困っていたから手伝った」

「それも分かってる」

「なら」

「だから困るのよ」


 リリアは少しだけ唇を尖らせた。


「……」


 アルベルトが黙る。

 リリアは視線を逸らした。


「アルが」

「そういう人だって知ってるもの」

「困ってる人を見たら放っておけない」

「話を聞く」

「手伝う」

「その人が自分で立てるようにする」


 小さく笑う。


「……そういうところが好きなんだから」

「リリア?」

「何でもないわ」

「今、何か言ったか?」

「言ってない」

「聞こえたぞ」

「聞き間違いよ」

「そうか?」

「そうよ」


 リリアは明らかに照れていた。

 しかし。

 誤魔化すように酒を飲む。


「……」


 アルベルトはしばらくリリアを見ていた。


「嫉妬してるのか?」


 その言葉に。

 リリアがぴたりと止まった。


「……」

「リリア?」

「……」

「まさか」

「してるわよ」

「……」

「悪い?」


 アルベルトは少し驚いた。

 リリアは普段。

 もっと余裕がある。

 他の女性の存在など気にしないように見える。

 だから。

 素直に認めるとは思わなかった。


「いや」

「悪くはない」

「そう」


 リリアは少しだけ笑う。


「私だって女なのよ」

「知ってる」

「そういう意味じゃないわ」

「分かってる」

「本当に?」

「ああ」


 リリアは少しだけ笑った。

 しかし。

 次の瞬間。

 その笑顔が消える。


「でもね」


 ゆっくりと。

 アルベルトの方へ身体を向ける。


「たまには」

「私のことも」

「ちゃんと見てほしいのよ」

「見てる」

「足りない」

「……」

「今日は、足りないの」


 そう言うと。

 リリアはアルベルトの膝の上へ身体を寄せた。

 距離がなくなる。


「リリア」

「何?」

「本当にどうした?」

「だから」


 リリアは少し笑う。


「今日は、アルに甘えたい気分なの」


 その顔には。

 いつもの妖艶な余裕がある。

 しかし。

 その奥には。

 少しだけ不安そうな表情も見えた。


「……」


 アルベルトはリリアを見る。


「分かった」

「何が?」

「今日はリリアの好きにしろ」


 その言葉に。

 リリアの目が少し細くなる。


「本当に?」

「ああ」

「後悔しない?」

「何をする気だ」

「秘密」


 リリアは楽しそうに笑った。


     ◇


「アル」

「ん?」

「少し」


 リリアが顔を近づける。


「黙ってて」

「……」

「いい?」

「分かった」


 次の瞬間。

 リリアの唇が重なった。

 最初は。

 軽いキスだった。

 触れるだけ。

 しかし。

 唇が離れた後。

 リリアはアルベルトの目を見つめる。


「……」


 何かを確かめるような目。

 そして。

 もう一度。

 今度は。

 先ほどよりも長く。

 強く。

 自分から求めるようなキス。

 リリアの腕が。

 アルベルトの首へ回る。

 離れる気配がない。


「……リリア」


 ようやく唇が離れた。

 アルベルトが名前を呼ぶ。

 リリアは。

 少しだけ潤んだ瞳でアルベルトを見ていた。

 普段の。

 余裕のあるナンバーワン娼婦の顔ではない。

 ただ。

 一人の女性として。

 好きな男を見つめていた。


「……今日は」


 リリアが小さく言う。


「私を選んで」


 アルベルトは黙った。


「……」

「駄目?」

「そんなことはない」

「じゃあ」


 リリアが笑う。


「もっと」


 再び。

 リリアの方から唇を重ねた。


     ◇


 その後。

 部屋の中から聞こえていた声は。

 いつしか途切れた。

 夜が。

 ゆっくりと更けていく。


     ◇


 しばらく後。

 静かな部屋。

 ベッドの上。

 リリアはアルベルトの隣にいた。

 身体を寄せ。

 その腕に自分の腕を絡ませている。


「……」


 普段なら。

 この後も余裕のある笑みを浮かべている。

 しかし。

 今のリリアは違った。

 頬は少し赤い。

 瞳はまだ熱を残している。

 どこか。

 ぼんやりとした表情。


「……リリア」

「ん……?」

「大丈夫か?」

「大丈夫よ」


 声も。

 いつもより少しだけ甘い。


「どうした?」

「何でもない」

「何でもないと言うことが多いな、今日は」

「……」


 リリアは少しだけ笑った。


「少し」


 アルベルトの腕へ顔を寄せる。


「このままでいたいだけ」

「そうか」

「うん」


 短い返事。

 そして。

 しばらく沈黙が続く。

 アルベルトも何も言わない。

 ただ。

 リリアの髪を撫でる。


「……アル」

「ん?」

「私のこと」


 リリアの声が小さくなる。


「好き?」


 アルベルトの手が止まった。

 リリアも。

 自分で言ってから少し驚いたようだった。


「……」

「今のなし」

「忘れて」

「無理だ」

「何でよ」

「聞いたから」

「忘れてよ」

「嫌だ」


 リリアが少しだけ顔を上げる。


「……意地悪」

「聞いたのはリリアだ」

「分かってるけど」

「……」


 アルベルトは少し考えた。


「好きじゃなければ」


 リリアがこちらを見る。


「こんな関係にはならない」

「……」

「リリアといるのは好きだ」

「一緒に飲むのも」

「話すのも」

「こうしているのも」


 リリアの表情が。

 ゆっくりと柔らかくなる。


「……」

「何だ?」

「ずるい答え」

「そうか?」

「そうよ」


 しかし。

 リリアは笑っていた。


「でも」


 再びアルベルトの胸へ顔を埋める。


「今日は」

「それで許してあげる」

「偉そうだな」

「ふふ」


 リリアは小さく笑った。

 その声は。

 とても満足そうだった。


     ◇


 翌朝。

 アルベルトとリリアは《月の雫》の廊下を歩いていた。

 リリアはすっかりいつもの姿に戻っている。

 余裕のある笑み。

 落ち着いた態度。

 誰が見ても。

 いつものナンバーワン娼婦、リリアだった。


「じゃあ」


 アルベルトが言う。


「そろそろ帰る」

「ええ」

「またな」

「ええ」


 しかし。

 リリアはなぜかアルベルトの腕に腕を絡ませたまま離さない。


「……リリア」

「何?」

「帰るんだが」

「ええ」

「腕」

「何?」

「いや、何でもない」

「そう?」


 そんなやり取りをしていると。


「あ」


 前方から声がした。

 ミナだった。


「アルベルトさん」


 嬉しそうに近づいてくる。


「昨日はありがとうございました」

「どういたしまして」

「それで」


 ミナが何か言いかけた。

 しかし。

 途中で止まる。


「……」


 視線が。

 アルベルトの腕へ向いた。

 そこには。

 ぴったりと腕を絡ませているリリア。


「……リリアさん?」

「何かしら?」


 リリアは満面の笑みだった。

 しかし。

 腕は離さない。

 むしろ。

 ほんの少しだけ距離を詰めた。


「いえ」


 ミナは何となく察したようだった。


「……何でもありません」

「そう?」

「はい」

「ならいいわ」


 リリアはにこやかに笑う。

 ミナも笑う。


「……」

「……」


 二人の間に。

 何とも言えない空気が流れる。


「じゃあ」


 アルベルトが言う。


「俺は帰る」

「ええ」

「またな」

「はい」


 ミナが笑う。


「また来てくださいね」

「……」


 その瞬間。

 リリアの笑顔が。

 ほんの少しだけ固まった。


「アル」

「何だ?」

「帰りましょう?」

「今、帰ると言っただろ」

「早く」

「何で急かす」

「いいから」


 リリアはアルベルトの腕を引っ張る。


「……」


 ミナは。

 そんな二人の後ろ姿を見送りながら。

 小さく首を傾げた。


「……リリアさん」


 少し分かりやすいような気がした。

お読みいただきありがとうございます。

モチベーションに繋がりますので、

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