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転生したおじさん、目立ちたくないけど傾聴スキルでモテまくる  作者: なごやかたろう
娼館編

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第28話 最初のお客さん

 それから数日後。

 アルベルトは、再び《月の雫》を訪れていた。


「いらっしゃいませ」


 入口を入ると、受付にいたリリアが笑う。


「今日は早いわね」

「昼間に来るのは珍しいか?」

「珍しいわね」


 リリアは少し意味ありげに微笑んだ。


「……ミナに会いに来た?」

「話の続きを聞く約束をしたからな」

「ふふ」

「何だ?」

「別に?」


 明らかに何か言いたそうだったが、アルベルトは追及しなかった。


「ミナはいるのか?」

「いるわよ」


 リリアは奥の方へ視線を向ける。


「でも」

「でも?」

「今日は、久しぶりにお客さんを取る予定なの」


 アルベルトは少し驚いた。


「そうか」

「まだ少し不安そうだけどね」

「無理をしてるわけじゃないのか?」

「そこは大丈夫」


 リリアは真面目な表情になった。


「私も止めたのよ」

「でも『いつまでも休んでるわけにはいかないから』って」

「ミナが?」

「ええ」


 リリアは小さく息を吐いた。


「本人なりに考えて決めたみたい」

「そうか」

「ただね」


 リリアは少しだけ困ったように笑った。


「最初のお客さんを取る前って、誰だって緊張するものなのよ」

「まして、今のミナはね」


 アルベルトは黙っていた。

 リリアが続ける。


「無理に戻る必要はないと思うの」

「でも」

「戻りたいって思うなら、止めるのも違うでしょう?」

「ああ」


 アルベルトは頷いた。


「本人が決めることだ」

「そうなのよ」


 リリアは笑った。


「本当に、そういうところは変わらないわね」

「何がだ」

「人の人生を勝手に決めないところ」

「決められるほど偉くない」

「そういうことにしておくわ」


 リリアは肩をすくめた。


     ◇


「ミナ」


 アルベルトは休憩室の前で声をかけた。


「は、はい!」


 少し慌てた声が返ってくる。

 扉を開けると。

 ミナが鏡の前に座っていた。

 今日は仕事用の服を着ている。

 淡い色の布地で作られた、女性らしい衣装。

 普段より少しだけ大人びた雰囲気だった。


「アルベルトさん?」

「来たぞ」

「本当に来てくれたんですね」

「約束したからな」


 ミナが少し笑う。

 前回よりも表情は明るい。

 だが。

 鏡の前に置かれた手は、少しだけ強く握られていた。


「緊張してるな」

「……分かりますか?」

「分かる」

「隠してるつもりだったんですけど」

「隠すのは苦手そうだ」

「そうですか?」

「ああ」


 ミナは苦笑した。


「……今日」

「久しぶりにお客さんを取るんです」

「聞いた」

「リリアさんから?」

「ああ」


 ミナは鏡を見る。


「大丈夫だと思ったんです」

「昨日までは」

「でも」

「今日になったら、急に怖くなってきて」

「……」

「また前みたいになったらどうしようって」


 アルベルトは近くの椅子に座った。


「無理ならやめてもいいぞ」

「……」

「今日じゃなくてもいい」


 ミナは少し考えた。


「逃げるのとは違いますか?」

「違う」


 アルベルトは即答した。


「休むことと逃げることは別だ」

「……」

「ミナが今日やりたいならやればいい」

「怖いから絶対やらなきゃいけないわけじゃない」


 ミナは静かに聞いていた。


「でも」

「それでも、やってみたいなら」


 アルベルトは続ける。


「応援する」


 ミナは少しだけ笑った。


「……アルベルトさんって」

「何だ?」

「やっぱり、大丈夫って言ってくれないんですね」

「分からないからな」

「でも」


 ミナは小さく笑う。


「それが、少し安心します」

「そうか」

「はい」


     ◇


 少しして。

 リリアが部屋を訪れた。


「ミナ」

「はい」

「今日のお客さんのことなんだけど」

「……はい」


 ミナの表情が固くなる。

 それを見たアルベルトは、静かに立ち上がった。


「リリア」

「何?」

「今日の最初の客」


 リリアがアルベルトを見る。


「俺にできるか?」


 一瞬。

 部屋の空気が止まった。


「……え?」


 ミナが目を丸くする。

 リリアも数秒間、何も言わなかった。


「アル」

「何だ」

「あなた、何を言ってるの?」

「客になると言った」

「それは分かるけど」


 リリアは呆れたように額を押さえた。


「本当に、あなたは……」

「駄目か?」

「駄目じゃないけど」


 リリアはミナを見る。


「ミナは?」

「え?」

「アルベルトが最初のお客さんになること」


 ミナは慌てた。


「そ、それは……」


 顔が少し赤くなる。


「わ、私は」


 アルベルトが言う。


「嫌なら断れ」

「え?」

「これは仕事だからな」


 ミナを見る。


「客を選ぶのも、ミナの権利だ」

「俺だから嫌なら、それでいい」

「……」


 ミナはしばらく黙っていた。

 そして。


「嫌じゃ、ないです」


 小さな声で言った。


「むしろ」


 少しだけ視線を逸らす。


「……安心するかもしれません」


 リリアが微笑んだ。


「決まりね」

「いいのか?」

「ええ」


 リリアは笑う。


「ただし」


 アルベルトを見る。


「変なことしないでよ」

「客に変なことをするなと言うのか」

「あなたになら言うわ」

「信用がないな」

「信用してるから言うの」


 アルベルトは意味が分からなかった。

 リリアは楽しそうに笑っている。


     ◇


 客室。

 扉が閉まる。

 ミナとアルベルトが二人きりになる。

 ミナは少し緊張した様子で立っていた。


「……」

「……」

「座るか?」

「は、はい」


 二人でソファに座る。

 ミナは明らかに緊張していた。

 背筋が伸びすぎている。

 手も膝の上で揃えられていた。

 まるで面接でも受けているようだった。


「ミナ」

「はい」

「仕事の顔をしなくていい」

「え?」

「今日は客だぞ」

「……はい?」

「俺を満足させようとしなくていい」

「でも」

「ミナの仕事だろ?」

「そうですけど」

「なら、まず俺が何を求めてるのか聞け」


 ミナが目を瞬かせる。


「……何を、求めているか」

「ああ」

「お客さんによって違うだろ」

「はい」

「俺が何を望んでいるかも聞かずに、勝手に決めるのか?」


 ミナはしばらく黙った。

 そして。


「……そうですね」


 少しだけ表情が変わる。

 アルベルトは続けた。


「前のミナはどうしてた?」

「……」

「最初から、自分がどうすればいいかばかり考えてたか?」


 ミナの目が揺れた。


「……違います」

「じゃあ?」

「お客さんが」

「どんな人なのか」

「何を求めているのか」

「聞いてました」

「そうだろ」


 アルベルトは笑った。


「それをやればいい」

「……」


 ミナはゆっくり息を吸った。

 そして。

 アルベルトを見る。


「アルベルトさん」

「ん?」

「今日は」

「何を求めて来たんですか?」


 その声は。

 先ほどまでより少しだけ自然だった。

 アルベルトは少し考えるふりをする。


「そうだな」

「はい」

「今日は」


 ミナを見る。


「ミナと話したくて来た」


 ミナが目を丸くする。


「……それだけですか?」

「まずはな」

「……」

「他に何をするかは、話してから決める」


 ミナはしばらく黙っていた。


「それでいいんですか?」

「何が?」

「お金を払って、お部屋に入って、話をするだけでも」

「客が望むならな」

「……」

「ミナは、そういう客を接客したことがあるだろ?」

「あります」

「そのとき、嫌だったか?」

「……」


 ミナはゆっくり首を振った。


「いいえ」

「むしろ」

「話してくれるのが嬉しかったです」

「なら、それでいい」


 ミナの表情が。

 ほんの少しだけ柔らかくなった。


     ◇


「じゃあ」


 ミナが言う。


「今日は」

「私がアルベルトさんのお話を聞いてもいいですか?」

「もちろん」

「……」

「何だ?」

「少し、変な感じですね」

「何が?」

「アルベルトさんに話を聞いてもらうのは慣れてきたんですけど、私が聞くのは初めてなので」

「そうだな」


 ミナは少し笑った。


「じゃあ」


 少しだけ考える。


「最近、何か困っていることはありますか?」

「ないな」

「即答ですか?」

「ないものはない」

「……困りました」

「仕事だろ」

「意地悪ですね」


 ミナが頬を膨らませる。

 アルベルトが笑う。


「少しは慣れてきたな」

「あ」


 ミナが自分の表情に気づく。

 頬を膨らませていたこと。

 自然に笑っていたこと。

 そして。


「……」


 少しだけ、照れたように笑った。


「そう、ですね」

「じゃあ、質問を変えます」

「何だ?」

「最近」

「嬉しかったことはありますか?」


 アルベルトは少し考える。


「リリアが元気になった」

「……私もです」

「フィオナが一人で依頼を達成した」

「フィオナさん?」

「新人冒険者だ」

「へえ」

「後で紹介してやる」

「はい」


 ミナは自然に話を聞いている。


「それから」


 アルベルトが少し考える。


「ミナが笑った」

「……え?」

「前に会ったときよりな」


 ミナの顔が赤くなった。


「そ、それは」

「嬉しかったぞ」

「……」

「何で黙る?」

「……恥ずかしいです」

「そうか」

「はい」


 ミナは少し視線を逸らした。


     ◇


 気づけば。

 一時間近くが過ぎていた。

 二人はほとんど話をしていた。

 ミナは途中から、すっかり自然な表情になっていた。

 笑う。

 驚く。

 少し呆れる。

 時々、故郷の言葉が混じる。


「それ、本当ですか?」

「ああ」

「絶対嘘や」

「何でそう思う」

「顔です」

「俺の顔が信用できないと?」

「はい」

「即答か」

「ふふ」


 ミナが笑う。

 そして。

 ふと。

 ミナが黙った。


「……」

「どうした?」

「いえ」


 ミナは少し考える。


「私、今、楽しいです」

「そうか」

「はい」

「仕事なのに」

「仕事だからじゃないです」


 ミナは言った。


「……人と話すのが」

「楽しいんです」


 その言葉を口にした瞬間。

 ミナ自身が少し驚いたような顔をした。


「……」

「思い出したか?」

「……はい」


 ミナはゆっくり頷いた。


「私」

「こういうのが好きだったんですね」

「俺にはそう見えた」

「……」


 ミナはしばらくアルベルトを見ていた。

 そして。


「ありがとうございます」


 深く頭を下げた。


「何で?」

「今日」

「私のお客さんになってくれたからです」

「……」

「私」

「怖かったんです」


 ミナは顔を上げる。


「お客さんの前に出たら」

「また前みたいになるんじゃないかって」

「でも」


 少しだけ笑った。


「アルベルトさんが最初のお客さんでよかったです」

「そうか」

「はい」

「ならよかった」


 アルベルトは立ち上がろうとした。


「じゃあ、そろそろ」

「……待ってください」


 その声に。

 アルベルトが止まる。


「ん?」


 ミナは立ち上がっていた。

 頬が少し赤い。

 しかし。

 その目は、先ほどまでとは違っていた。


「今日は」

「私」


 少しだけ息を吸う。


「まだ、お仕事を終わらせてません」

「……」

「アルベルトさんは」

「今日、私のお客さんです」


 アルベルトがミナを見る。


「そうだな」

「はい」


 ミナは少し緊張している。

 だが。

 逃げてはいなかった。


「最初に、何を求めているか聞きました」

「うん」

「お話をしたいって、話しました」

「ああ」


 ミナはゆっくりと続ける。


「でも、私は……」


 少し恥ずかしそうに笑う。


「……アルベルトさんに、もう少し、満足して帰ってほしいです」


 アルベルトは少し眉を上げた。


「それは、ミナが決めたのか?」

「はい」

「誰かに言われたんじゃなく?」

「はい」

「無理してないか?」

「……してません」


 ミナは少し笑った。


「これは私がしたいんです」


 アルベルトはしばらくミナを見ていた。

 そして。


「そうか」


 とだけ答えた。

 ミナはほっとしたように笑う。

 そして。

 一歩。

 アルベルトへ近づいた。


「アルベルトさん」

「何だ?」

「……目を閉じてもらえますか?」

「なぜ?」

「秘密です」

「分かった」


 アルベルトが目を閉じる。

 次の瞬間。

 ふわりと甘い香りが近づいた。

 そして。

 胸元に柔らかな感触が触れる。


「……」

「目、開けちゃダメですよ」

「分かった」


 ミナの声が少し震えている。

 しかし。

 嫌がっている震えではない。

 自分で決めたことを。

 勇気を出して実行しようとしている震えだった。


「……アルベルトさん」

「ん?」

「今日は」

「私に任せてもらってもいいですか?」


 アルベルトは目を閉じたまま。


「ミナがそうしたいなら」


 と答えた。


「……はい」


 その声には。

 先ほどまでとは違う。

 小さな自信があった。


          ◇


 客室の扉の外。

 リリアは通りかかり。

 閉じた扉を見た。


「……」


 少しだけ笑う。


「上手くいってるみたいね」


 それ以上は何も言わず。

 その場を離れていった。

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