第24話 尊敬の先にあるもの
昼休み。
ギルドの裏手にある小さな休憩スペースで、リゼとフィオナは並んで昼食を取っていた。
「……それでですね」
フィオナはパンを片手に、楽しそうに話している。
「昨日の依頼でも、アルさんが『よく気づいたな』って言ってくれて」
「うん」
「それだけじゃなくて、『その判断で合ってる』って……」
「うんうん」
「それで私、もっと頑張ろうって思えて」
リゼは笑顔で相槌を打ちながら、内心では少しだけ苦笑していた。
最近のフィオナは、アルベルト――いや、アルさんの話をすると、本当に嬉しそうになる。
以前の彼女とは、まるで別人みたいだった。
「フィオナって、アルさんに褒められるの、好きですよね」
「……はい」
フィオナは少し照れたように笑った。
「すごく嬉しいです」
「そっか」
「自分ができることを見つけてくれたのも、アルさんなんです」
フィオナは胸元で小さく手を握った。
「私、ずっと自分には何もないと思ってました」
「……うん」
「剣も弱い。魔法も強くない。前のパーティでは、役に立たないって言われて……」
そこまで言って、フィオナは少しだけ視線を落とした。
「でも、アルさんは違ったんです」
「何が?」
「私が見ていたものを、ちゃんと見てくれました」
リゼは何も言わずに聞いた。
「足跡とか、草の倒れ方とか、鳥の鳴き声とか……そんなもの、冒険者なら誰でも見てると思ってたんです」
「アルさんは違うって言った?」
「はい」
フィオナの顔が明るくなる。
「『普通じゃない』って」
「……アルさん、そういうところありますよね」
「え?」
「人が気にしてないところまで、ちゃんと見てるんです」
そう言った瞬間。
リゼの胸が、ほんの少しだけ痛んだ。
それは、自分にも覚えのある感覚だった。
仕事で失敗したとき。
昼食を食べていなかったとき。
怒鳴られて動けなくなったとき。
アルさんは、いつも自分を見てくれていた。
「……そうなんですよね」
フィオナが小さく笑った。
「だから、アルさんに褒めてもらえると……もっと頑張りたいって思うんです」
「うん」
「もっと一緒に依頼にも行きたいです」
「……うん」
「もっと、いろんなことを教えてもらいたいです」
「…………うん」
リゼは相槌を打ちながら、少しだけ目を細めた。
なんだろう。
この感じ。
どこかで聞いたことがある。
いや。
聞いたことがあるどころじゃない。
自分自身が、同じことを考えている。
アルさんに会いたい。
話したい。
褒めてもらえると嬉しい。
他の女の人と一緒にいると、少し嫌な気持ちになる。
そして――。
「フィオナ」
「はい?」
「最近、アルさんが他の女の人と話してるときって……どう思います?」
「え?」
フィオナが固まった。
「どうって……」
「うん」
「……別に」
「本当に?」
「…………」
フィオナは黙り込んだ。
そして、頬が少し赤くなる。
「……ちょっとだけ」
「やっぱり」
「リゼさんは?」
「私も……ちょっとだけ」
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
「…………」
「…………」
先に笑ったのはフィオナだった。
「なんだか、おかしいですね」
「うん」
「私、アルさんのことを尊敬してるだけだと思ってたんです」
「私も最初はそうでした」
「でも……」
フィオナは自分の胸に手を当てた。
「アルさんに会えると嬉しくて」
「うん」
「褒めてもらえると、もっと嬉しくて」
「うん」
「他の女の人と話してると、ちょっと嫌で……」
「うん」
「もっと一緒にいたいって思って……」
フィオナは困ったように眉を下げた。
「これって……何なんでしょう?」
リゼは答えなかった。
すぐには、答えられなかった。
自分も同じことを考えていたからだ。
少し前なら、きっと「それは恋ですよ」と言えたかもしれない。
けれど。
自分自身の気持ちだって、まだアルさんに伝えられていない。
「……大事な気持ちなんじゃないかな」
「大事な気持ち……?」
「うん」
リゼは笑った。
「無理に名前をつけなくてもいいと思います」
「……そうですか?」
「だって、フィオナがアルさんをどう思ってるかは、フィオナが決めることだから」
「……」
「私が決めることじゃないです」
フィオナはしばらくリゼを見つめていた。
やがて、小さく笑う。
「リゼさんって……優しいですね」
「えっ?」
「アルさんみたいです」
「そ、それは……」
リゼの顔が一気に熱くなった。
「アルさんと一緒にしないでください!」
「ふふっ」
「もう……」
二人で笑う。
けれど。
リゼの胸の奥には、別の感情もあった。
フィオナはきっと、自分と同じだ。
アルさんを好きになり始めている。
それに気づいてしまった。
少しだけ、不安になる。
少しだけ、負けたくないと思う。
でも――。
フィオナを嫌いにはなれなかった。
むしろ。
自分と同じ気持ちを持つ相手だからこそ、応援したいとも思ってしまう。
「……フィオナ」
「はい?」
「私たち、これからも仲良くしましょうね」
「もちろんです」
フィオナは迷いなく答えた。
「私、リゼさんと話すの好きですから」
「私もです」
二人は笑い合った。
まだ、この気持ちの名前は分からない。
けれど。
二人とも、同じ人を見つめ始めている。
それだけは――なんとなく分かっていた。
「アルさん、お疲れさまです!」
その日の夕方。
ギルドに戻ってきたアルベルトに、リゼが声をかける。
「ああ、リゼ。今日も頑張ったな」
「はい!」
少し離れた場所では、フィオナもアルベルトを見つけていた。
「……アルさん」
自然と、笑顔になる。
その表情を見て。
リゼも、ほんの少しだけ笑った。
――やっぱり。
私と同じだ。
そう思いながら。
リゼはフィオナに向かって、小さく笑いかけた。
フィオナも笑い返す。
二人の間には、まだ敵意なんてなかった。
ただ一つだけ。
同じ人を好きになりそうだという、少し不思議な共通点が生まれていた。
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