第23話 アルさん その2
翌日の昼。
「フィオナ、最近楽しそうだね」
受付を終えたリゼが言った。
「そうですか?」
「うん」
二人はいつものように、昼食を一緒に食べている。
「アルベルトさんと依頼に行くようになってから、前より笑うようになった気がする」
「……そうでしょうか」
フィオナは少し照れたように笑う。
「でも……確かに楽しいです」
「そっか」
「自分にもできることがあるって分かってから、依頼に行くのが楽しくなってきました」
「よかったね」
「はい」
フィオナは嬉しそうに頷いた。
そして、少し迷ってから口を開く。
「……リゼさん」
「ん?」
「一つ聞いてもいいですか?」
「もちろん」
「どうしてアルベルトさんのことを『アルさん』って呼んでるんですか?」
「えっ?」
リゼが固まった。
「……どうしてって言われても」
「仲がいいからですか?」
「そ、それは……」
リゼの顔が少し赤くなる。
「前に、アルベルトさん本人にお願いしたの」
「お願い?」
「もっと気軽に呼んでもいいかって」
「それで?」
「『好きに呼べばいい』って」
「……」
フィオナは少し考えた。
「私も……そう呼んでみたいです」
リゼの手が止まる。
「……そう」
「駄目でしょうか?」
「駄目じゃないよ」
リゼは笑った。
ただ、その笑顔の奥で――。
やっぱり。
少しだけ胸がざわついていた。
午後。
フィオナはギルドの入口でアルベルトを待っていた。
今日は依頼の日ではない。
ただ、昨日のお礼を言いたかった。
やがて。
「フィオナ?」
「……アルベルトさん」
「どうした?」
「少しだけ、お話してもいいですか?」
「ああ」
二人はギルドの端にあるベンチへ移動した。
「昨日……ありがとうございました」
「またそれか」
アルベルトが笑う。
「そんなに気にすることじゃないぞ」
「でも、私には大事なことなので」
「そうか」
「はい」
フィオナは一度深呼吸した。
「私、冒険者を辞めなくてよかったです」
「それならよかった」
「アルベルトさんが、私のことを見てくれたからです」
「俺は少し話を聞いただけだ」
「それが嬉しかったんです」
フィオナはまっすぐにアルベルトを見る。
「今まで、私のことを『戦えない人』として見る人ばかりだったから」
「……」
「でも、アルベルトさんは違いました」
アルベルトは何も言わない。
だからフィオナは続けた。
「私が何を見ているのか、何を考えているのかを聞いてくれました」
「うん」
「私にもできることがあるって教えてくれました」
「教えたというより――」
「それでもです」
フィオナは笑った。
「だから……」
少しだけ緊張する。
「一つ、お願いがあります」
「何だ?」
「私も……」
フィオナは顔を上げる。
「アルさんって、呼んでもいいですか?」
アルベルトが目を瞬かせた。
「アルさん?」
「はい」
「別にいいけど」
「本当ですか?」
「ああ」
フィオナの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「そんなに嬉しいか?」
「はい!」
フィオナは笑った。
「なんだか……少しだけ近くなれた気がします」
「そうか」
アルベルトは特に気にした様子もなく頷いた。
「じゃあ、これからはアルさんでいいぞ」
「はい!」
フィオナは嬉しそうに頷く。
「……アルさん」
「ん?」
「……」
呼んでみただけだった。
でも。
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「どうした?」
「いえ……」
フィオナは笑った。
「呼んでみたかっただけです」
「そうか」
「……アルさん」
「今度は何だ?」
「ふふっ」
「何がおかしい?」
「なんでもありません」
フィオナは笑いながら歩き出した。
その日の夕方。
「アルさん」
ギルドの受付でリゼが声をかける。
「おう」
「……」
その隣で、フィオナが立ち止まった。
「アルさん」
「ん?」
フィオナも同じように呼ぶ。
アルベルトは二人を見る。
「二人ともアルさんか」
「はい」
「……なんか変な感じだな」
リゼが笑う。
「すぐ慣れますよ」
「そうか」
フィオナも笑った。
「私も、アルさんって呼べるようになって嬉しいです」
「そんなに?」
「はい」
アルベルトは少しだけ困ったように笑う。
「まあ、好きに呼べばいいさ」
「はい!」
二人の少女が同時に返事をした。
その様子を見ていたマリアは、少し離れた場所から微笑んでいた。
「……また一人、増えたわね」
誰にも聞こえないように呟く。




