第20話 リゼとフィオナ
昼休み。
受付の仕事が一段落すると、リゼはいつものように食堂へ向かった。
「フィオナ、一緒に食べよう」
「はい!」
最近では、二人で昼食を取るのがすっかり当たり前になっていた。
「今日は何を食べる?」
「私はパンとスープにします」
「じゃあ、私も同じにしようかな」
二人で料理を受け取り、窓際の席に座る。
「いただきます」
「いただきます」
しばらくは静かに食事をしていた。
けれど――。
「それでですね!」
フィオナが突然、楽しそうに話し始めた。
「昨日、アルベルトさんが――」
リゼの手が止まった。
「……アルさんが?」
「はい!」
フィオナは嬉しそうに頷く。
「私が木の傷を見つけたら、すごく褒めてくれたんです」
「へえ……」
「それから、鳥の声が少ないことにも気づいたんですけど、それも褒めてくれて」
「……うん」
「あと、道の選び方も良かったって」
「……」
フィオナは次々と話していく。
「それだけじゃなくて、私が危険な場所へ一人で確認しに行こうとしたら、そこだけちゃんと注意してくれて」
「……ああ」
「十回褒めて、一回だけ直すくらいでいいって言ってました」
リゼは思わず笑った。
「アルさん、そういうところありますよね」
「そうなんです!」
フィオナが大きく頷く。
「私、冒険者になってから、あんなに自分のことをちゃんと見てもらったの、初めてで……」
その言葉を聞いて、リゼは少し黙った。
自分も同じだった。
仕事で失敗したとき。
怒鳴られて動けなくなったとき。
昼食を抜いてしまったとき。
アルベルトは、いつも自分のことを見ていた。
「……アルさんって、褒めるの上手ですよね」
「はい」
フィオナは笑った。
「すごい人だと思います」
「……うん」
「私、アルベルトさんに会えてよかったです」
その言葉に、リゼは箸を止めた。
「……フィオナ」
「はい?」
「アルさんのこと、すごく尊敬してるんだね」
「はい!」
即答だった。
「だって、私のことを役立たずじゃないって言ってくれたんです」
フィオナは嬉しそうに話す。
「それだけじゃありません。私が何を考えているのか、ちゃんと聞いてくれて……」
「うん」
「私自身でも気づいてなかったことを見つけてくれました」
「……そうなんだ」
「だから、もっと頑張りたいんです」
フィオナは拳を握る。
「いつか、アルベルトさんに『一人でも大丈夫だな』って言ってもらえるくらいに」
「……そっか」
リゼは微笑んだ。
けれど。
胸の奥が、ほんの少しだけざわついていた。
この感覚。
知っている。
誰かがアルベルトのことを嬉しそうに話しているときに感じる、あの感覚。
「……」
リゼは自分の胸元を見る。
そして、以前フィオナと話したことを思い出した。
「ねえ、フィオナ」
「はい?」
「前に話したこと……覚えてる?」
「何でしたっけ?」
「……胸の話」
「えっ」
フィオナの顔が一気に赤くなる。
「な、なんで今その話を……!」
「だって、最近ちょっと気になって」
「……私もです」
「やっぱり?」
二人は顔を見合わせる。
そして――。
「……もう少しだけ欲しいですよね」
「うん……」
「でも、アルベルトさんって、そういうところじゃなくて、ちゃんと人を見てくれる人ですよね」
「……そうだね」
リゼは少しだけ笑った。
「胸が大きいとか小さいとか、関係ないのかも」
「……はい」
二人は顔を見合わせて笑う。
しばらくして。
フィオナがぽつりと言った。
「でも……」
「ん?」
「アルベルトさんに褒められると、すごく嬉しいんです」
「……」
リゼは黙った。
「また褒めてもらいたいって思います」
「……そう」
「もっと一緒に依頼に行きたいって思うんです」
「……うん」
「これって……」
フィオナは首を傾げた。
「何なんでしょう?」
リゼは答えられなかった。
自分なら――。
もう知っている。
でも。
フィオナがそれを自分で気づくまで、余計なことを言うつもりはなかった。
だから、笑って言う。
「……大事な気持ちなんじゃない?」
「大事な気持ち……」
フィオナはその言葉を噛みしめるように呟いた。
「そうかもしれません」
「うん」
「ありがとうございます、リゼさん」
「どういたしまして」
二人はまた食事を始める。
ただ――。
少しだけ変わったことがあった。
フィオナはアルベルトの話をすると、以前よりずっと楽しそうに笑う。
そしてリゼも。
その笑顔を見ながら、自分の胸の奥に生まれた小さな警戒心に気づいていた。
――もしかしたら。
この子も、私と同じなのかもしれない。
それでも。
嫌いにはなれなかった。
むしろ――。
「フィオナ」
「はい?」
「これからも、一緒に頑張ろうね」
「はい!」
二人は笑った。
まだ二人とも知らない。
いつか同じ人を好きになるかもしれないことを。
そして――。
そのときも、きっと二人は友達でいることを。




