第19話 十回褒めて、一回だけ直す その2
翌日。
「おはようございます!」
ギルドに入ったフィオナは、いつもより少しだけ明るい声で挨拶した。
受付にいたリゼが顔を上げる。
「あ、フィオナ。おはよう」
「おはようございます、リゼさん」
「今日は早いね」
「はい。アルベルトさんと依頼に行くので」
「……アルさんと?」
リゼの手が、一瞬だけ止まった。
「はい」
フィオナは嬉しそうに頷く。
「昨日、一緒に依頼へ行ったんです」
「そ、そうなんだ」
「はい。すごく勉強になりました」
「……そう」
リゼは笑顔を作る。
「よかったね」
「はい!」
フィオナは気づいていない。
リゼの笑顔が、ほんの少しだけ固くなっていることに。
「今日は少し遠くまで行く」
アルベルトが言った。
「分かりました」
二人は森へ向かう。
昨日と同じように、フィオナは周囲を観察していた。
「……ここ」
「どうした?」
「昨日より、草が踏まれています」
「うん」
「たぶん、大型の動物が通ったと思います」
「その通りだ」
「それから……」
フィオナは少し離れた木を見る。
「木の皮が剥がれています」
「何が分かる?」
「背の高い魔物……でしょうか」
「いい推測だ」
フィオナの顔が明るくなる。
「本当ですか?」
「ああ」
「やった……」
小さく拳を握るフィオナ。
アルベルトは笑った。
「昨日より周りを見るようになったな」
「はい。意識するようにしてます」
「いいことだ」
「ありがとうございます」
その後もフィオナは次々と気づいていった。
動物の足跡。
風向き。
鳥の鳴き声。
遠くから聞こえる枝の音。
「よく見てるな」
「ありがとうございます」
「さっきの判断も良かった」
「ありがとうございます!」
「道を選ぶのも正確だった」
「……はい!」
「ただし――」
フィオナの顔が少しだけ引き締まる。
「一人で先に確認しに行くのは駄目だ」
「……」
「危険かどうか分からない場所へ、一人で近づく必要はない」
「……はい」
「確認したいなら、まず俺に言え」
「分かりました」
「それだけだ」
「……それだけ?」
「ああ」
フィオナは首を傾げる。
「もっと、直すところがあると思ってました」
「例えば?」
「戦い方とか……」
「今日は戦ってないだろ」
「そうですけど……」
アルベルトは笑った。
「お前は昨日も今日も、ちゃんと仕事をしてる」
「……」
「だったら、できているところを先に伸ばせばいい」
フィオナは少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
「十回褒めて、一回だけ直すくらいでちょうどいいんだ」
「十回……」
「まあ、実際に十回数えてるわけじゃないけどな」
「ふふっ」
フィオナが笑った。
「なんだか、アルベルトさんらしいですね」
「そうか?」
「はい」
少しだけ。
フィオナは、アルベルトと一緒にいることに慣れてきていた。
依頼を終えた帰り道。
フィオナは、ずっと考えていた。
昨日から何度も褒めてもらった。
今日も褒めてもらった。
けれど――。
どうしても、一つだけ聞きたいことがあった。
「アルベルトさん」
「ん?」
「私……」
フィオナは足を止めた。
「ちゃんと、役に立ってるんですか?」
アルベルトも立ち止まる。
「……今さら何言ってる」
「でも……」
「今日一番役に立ったのは、お前だぞ」
「……え?」
フィオナの目が大きくなる。
「俺は魔物を倒しただけだ」
「……」
「でも、お前が周囲を見てくれていたから、危険を避けられた」
「……」
「お前が見つけてくれた道を選んだから、余計な戦闘もしなくて済んだ」
「……」
「それに、依頼の目的地を見つけたのもお前だ」
フィオナは何も言えなかった。
「だから――」
アルベルトは穏やかに笑う。
「役に立ってるかどうかなんて、もう悩まなくていい」
「……はい」
「お前には、お前にしかできないことがある」
「……」
「それを伸ばせばいい」
フィオナは俯いた。
目の奥が少し熱くなる。
「……私」
「うん?」
「冒険者を続けてよかったです」
「そうか」
「辞めなくて……よかった」
アルベルトは何も言わず、フィオナが落ち着くのを待った。
しばらくして。
フィオナは顔を上げる。
「もっと頑張ります」
「だから、無理はするな」
「……はい」
「頑張ることと、無理をすることは違うからな」
「はい!」
フィオナは笑った。
今まで。
「役に立たない」と言われた言葉ばかりが、自分の中に残っていた。
でも今は違う。
「役に立っている」と言ってくれる人がいる。
それだけで――。
もう一度、前を向ける気がした。
その日の夕方。
ギルドへ戻ったフィオナは、受付へ向かった。
「リゼさん」
「おかえり、フィオナ」
「今日もすごく褒めてもらいました!」
「……そ、そうなんだ」
「はい!」
フィオナは楽しそうに今日の出来事を話し始める。
リゼは笑顔で聞きながら、思った。
――やっぱり。
アルさんは、人を元気にするのが上手だ。
そして同時に。
少しだけ胸の奥がざわつく。
「……私も負けないから」
小さく呟いた声は、フィオナには聞こえなかった。




