第18話 戦わなくてもいい
薬草採取を終えた二人は、森の中をギルドへ向かって歩いていた。
「今日は思ったより早く終わりましたね」
フィオナが採取袋を見ながら言う。
「ああ。必要な量は十分だ」
「よかったです」
フィオナは嬉しそうに笑った。
昨日まで、一人で依頼を受けていた。
そのときは、依頼を終わらせることだけで精一杯だった。
けれど今日は違う。
アルベルトと話しながら歩く。
時々、周囲を確認する。
そして、自分の気づいたことを伝える。
それだけなのに――。
「……なんだか、楽しいです」
「そうか」
「はい」
「ならよかった」
アルベルトはそれだけ言って、前を向いた。
そのときだった。
フィオナが足を止める。
「……待ってください」
「どうした?」
「……音がします」
アルベルトも立ち止まった。
森の奥。
微かな物音。
枝が折れる音。
「何かいるな」
「……はい」
フィオナはじっと周囲を見る。
「でも……」
「うん?」
「一匹じゃないと思います」
アルベルトの目が細くなる。
「何匹だ?」
「……」
フィオナは耳を澄ませた。
右。
左。
正面。
少し離れた場所。
「……三匹」
「種類は?」
「まだ分かりません」
フィオナは地面を見る。
草が揺れている。
木の幹には新しい傷。
そして――。
「……ウルフ系だと思います」
「理由は?」
「爪痕が低い位置にあります。それに、さっきから風下側の草だけ揺れてる」
「なるほど」
アルベルトは頷いた。
「三匹で間違いないか?」
「……たぶん」
「分かった」
アルベルトは剣に手を添えた。
「じゃあ、フィオナはここにいろ」
「え?」
「俺が行く」
フィオナは反射的に言った。
「私も――」
「駄目だ」
「……」
「今のお前に、無理に戦えとは言わない」
アルベルトは穏やかな声で続ける。
「戦わなくてもいい」
その言葉に、フィオナは少し驚いた。
「でも……」
「お前には別の仕事がある」
「別の仕事?」
「ああ」
アルベルトはフィオナを見る。
「敵の位置を教えてくれ」
「……!」
「俺が倒す」
「私が……?」
「そうだ」
アルベルトは笑った。
「お前の目を、俺は信用してる」
胸の奥が、どくんと鳴った。
「……分かりました」
フィオナは頷く。
「任せてください」
アルベルトは森の奥へ進んだ。
数秒後。
茂みから魔物が飛び出した。
「右!」
フィオナが叫ぶ。
アルベルトが横へ跳ぶ。
直後。
一匹のウルフが、さっきまでアルベルトがいた場所を通り過ぎた。
「そこ!」
アルベルトが剣を振る。
一撃。
ウルフが地面に倒れた。
「残り二匹!」
フィオナが叫ぶ。
アルベルトは振り返る。
「左奥!」
一匹。
「……もう一匹は……」
フィオナは周囲を見る。
見えない。
だが――。
草が揺れた。
「上!」
アルベルトが頭上を見た。
木の陰から、もう一匹が飛びかかってくる。
「――なるほど」
アルベルトは身体を半歩だけずらした。
ウルフの攻撃をかわす。
そして、そのまま剣を振る。
二匹目が落ちた。
「あと一匹!」
フィオナは必死に周囲を見る。
「……どこ?」
音がない。
姿もない。
でも――。
「……待って」
フィオナは目を閉じた。
「音……」
微かに。
右後方。
土を踏む音。
「アルベルトさん!」
アルベルトが振り返る。
「後ろ、三歩!」
言われた瞬間。
アルベルトが前へ踏み込む。
その背後から飛び出したウルフが、空中を空振りした。
「最後だな」
アルベルトの剣が閃く。
ウルフが地面に落ちた。
静かになる。
「……終わった」
フィオナは呆然と三匹のウルフを見る。
アルベルトは剣を収めた。
「助かった」
「……え?」
「お前がいなかったら、最初の一匹はともかく、三匹目には気づくのが遅れたかもしれない」
「でも、私……何もしてません」
「何も?」
アルベルトは首を傾げる。
「敵を三匹見つけただろ」
「……はい」
「位置も教えただろ」
「……はい」
「俺が攻撃を避けるのにも役立った」
「……」
「十分だ」
フィオナは黙っていた。
「でも……」
「ん?」
「私は、戦ってません」
「だから?」
「冒険者なのに……」
アルベルトは少し考える。
そして、ゆっくりと言った。
「冒険者は、全員が剣を振らなきゃいけないのか?」
「……」
「魔法を撃たなきゃいけないのか?」
「……違います」
「そういうことだ」
アルベルトは倒れたウルフを見る。
「戦う奴がいて、敵を見つける奴がいて、危険を知らせる奴がいる」
「……」
「それぞれ得意なことが違う」
フィオナはアルベルトを見る。
「お前は、敵を見つけるのが得意だ」
「……」
「だったら、それを伸ばせばいい」
「私の……得意なこと」
「ああ」
アルベルトは頷いた。
「ランクと強さは、必ずしも同じじゃない」
「……Cランクなのに?」
「俺のことか?」
「はい」
アルベルトは苦笑した。
「まあ、俺は特殊だ」
「……やっぱり強いんですね」
「どうだろうな」
「三匹、あっという間でした」
「たまたまだ」
「絶対違います」
フィオナは思わず言い切った。
アルベルトが笑う。
「そうか?」
「はい」
少しだけ。
ほんの少しだけ。
フィオナは、自分のことも分かってきた気がした。
自分には剣の才能がない。
魔法も強くない。
だからといって――。
何もできないわけじゃない。
「……私」
フィオナは小さく呟いた。
「もう少し、この力を使ってみたいです」
「そうしろ」
「もっと見つけられるようになりたいです」
「うん」
「もっと……役に立ちたいです」
アルベルトは頷いた。
「なら、明日からそれを考えよう」
「はい!」
フィオナは笑った。
その笑顔には、昨日までの自信のなさが少しだけ薄れていた。
「アルベルトさん」
「ん?」
「今日、一緒に来てくれて……ありがとうございました」
「礼を言うのはまだ早い」
「え?」
「これからだからな」
「……はい!」
フィオナは元気よく頷いた。
森から出る二人の背中を、夕方の光が照らしていた。




